一年生たち、戦う
サリスは一人嬉々とした様子で突っ込み、クルスは追う。
ビギナもそうだが、妖精の血を引くものは、少し好戦的なところがあるのかもしれない。
「それぇーっ!」
サリスは左腕を薙いだ。五指にまとわせた魔力が軌道に沿って、鋭い刃を形作る。
それは目前のムカデを一瞬でバラバラに切り裂いた。
(無詠唱でああも魔力を自在に使うか。さすがは妖精だな)
サリスの実力に感心しつつ、クルスもまた腰から短剣を抜き、ムカデの掃討に取り掛かる。
白刃は正確にムカデの継ぎ目を切り裂き、一撃必殺。フェアとの戦闘訓練の賜物である。
「あは! おじさん、いいうごきしてんじゃん!」
「君もな。しかし!」
サリスの頭上から迫ったムカデをクルスは短剣で切り裂く。
しかし鋭い牙を持つ頭部は生きていて、クルスの腕に噛みついた。
ちくりと痛いが、それ以外の問題はない。
「ちょ、ちょっとだいじょぶ!? 毒! 毒!」
「ん? ああ、毒があったか。問題ない」
クルスはあっさりと腕からムカデの頭をを叩き落とした。
本来ならば牙から分泌される“刺激毒”で激しい痛みを感じるはず。しかし“状態異常耐性”を持つクルスにとっては、かすり傷程度である。
「おじさん、痛くないの?」
「それなりには痛いな。しかし我慢できない程ではない」
「あは! なにそれ へんなの! おもしろ!」
そんな会話をするクルスとサリスの脇をムカデの集団が過った。
ムカデの軍団は、オーキスと彼女の背中に隠れたリンカへ迫って行く。
「ううっ! 怖い……!」
「大丈夫! リンカはあたしが守るんだから! 絶対に守ってあげるんだから!」
「オーキス……」
「絶対にあたしから離れたらだめだよ?」
「うん!」
「よぉーし! 魔法付与! 力!」
オーキスはどこからか拾ってきた長く太い木の棒へ、緑の輝きを帯びた手を滑らせた。
「はぁっ!」
魔力を帯びて攻撃力が強化された木の棒は、ムカデの頭を一撃で粉砕する。
オーキスの身のこなしはサリスと比べて素早くはない。しかしリンカを守りつつ、接近するムカデを一匹一匹正確に叩き潰していた。
オーキスは将来的にパーティーの攻防を担う“闘術士”に向いているのかもしれない。
クルスはそんなことを考えつつ、サリスと共にオーキスと合流するのだった。
「ッ!? 皆、気を着けろ! 親玉が来るぞ!!」
クルスは靴底で微弱な地鳴りを感じ取り、声を上げる。瞬間、目前の木々が吹っ飛び、そこから見上げるほど巨大なムカデが姿を現す。
多数の兵百足を従える親玉――隊長百足。危険度はCである。
「あは! おっきい! サリス様、おっきいの大好きぃっ! オーキス行くよぉ!」
「う、うん!」
「だからサリス待てッ! オーキスも!!」
またまたサリスはクルスの言うことを聞かずにオーキスを伴って、巨大ムカデ突っ込む。
サリスは指先に纏わせた魔力で刃を形作って放ち、オーキスは緑に輝く木の棒で黒光りする甲殻を叩いた。
予想通り“キンっ!”といった鈍い金音のようなものが響き渡る。
「あ、あれ? 切れない……?」
刃が弾かれてサリスはぽかんと口を開け、
「つぅー! か、固い!!」
オーキスは棒を伝って手のしびれを感じている様子だった。
隊長百足は怒ったかのように体を大きく振る。あえなくサリスとオーキスは突き飛ばされるのだった。
隊長百足の甲殻は非常に硬い。故に斬撃や打撃は有効とは言いずらい。だからこそ渾身の力を込めた槍で貫くか、至近距離から甲殻の継ぎ目へ矢を打ち込むのが有効である。しかしそれも周囲が敵の気を引くのが前提条件としてある。
(今動けるのは俺だけか。どうするか)
伸びてしまったサリスとオーキスが起き上がるの待って、矢を打ち込むか。それまで持ち堪えられるのか。
もしくはロナやセシリーに助けを求めるか。いずれにせよ考える時間は少ない。
隊長百足は顎を僅かに震わせる。これはきっと顎でかみ砕くために頭を落としてくるための動作。
ならば回避を、と、後ろで怯えて蹲っているだろうリンカを抱きかかえようと身構える。
その時、人の耳では聞き取れない声が背中に響いた。眩い輝きが後光のように差し込んで来る。
踵を返すと、そこには“凛と咲き誇る華”の如く、強いまなざしで隊長百足を見上げるリンカの姿があった。
「ク、クルスさん! 伏せてください! やりますっ!」
リンカから発せられる圧倒的な魔力の気配を気取り、素直に身を伏せる。
刹那、小さな身体が巨大な力の気配が発せられる。
「ギガサンダーっ!!」
百足へ落ちたのは雷帝の一撃。
竜の轟きを超え、獅子さえも怯ませる、偉大な御業――もっともこれは天空に住まう神の一撃ではなく、あくまで地上人が生み出し、発現させた上位の雷属性魔法”ギガサンダー”でしかない。
激しい稲妻を脳天から浴びた隊長百足は体表に皹が行き渡り、乾燥した泥人形のように瓦解を始める。
ついでに稲妻の余波はそこら中にいた兵百足さえも激しい電撃で焼き潰す。
圧倒的なリンカの魔法攻撃にクルスは言葉を失う。
「はうあぁー……」
と、背中で情けない声が聞こえてくるの同時に、ドサリと倒れる音がした。
「だ、大丈夫か?」
声をかけるが地面へうつぶせに倒れこんだリンカは、なぜか首だけをコクコク動かす。
「ご、ごめんなさい……まだ魔力がうまくコントロールできないんです……。強い魔法使うとこうなっちゃいます……」
危機は去った。しかし、魔法学院の一年生たちはそれぞれ地面に突っ伏していて動けそうもない。
(ロナなら受け入れてくれるよな……?)
このまま放置するわけには行かない。
クルスはようやく目覚めた、オーキスへ駆け寄って行くのだった。




