魔物たちといっしょ
「ねえ様もどったのだぁー! 肉も獲ってきたのだぁー!」
ほんの少し茜色に染まった空へ、ベラの元気な声が響き渡る。
そんなベラの声を聴いて、背中を向けていたアルラウネのロナがにゅるりと振り返った。
「お帰りなさい。クルスさんも」
「ただいま。なんだ、その、どうしてそこが焦げている?」
クルスの指さす先にはフレアスカートのように見えるロナの下半身に相当する茎がある。
そこの一部が、まるで火であぶったかのように、煤けていた。
「あっ! え、えっと、これはぁ……」
「まさかまた冒険者に!? どんな奴だ!? 特徴は!? それ以外の怪我は無いだろうな!?」
「だ、大丈夫ですっ! これは、えっと、違いますからっ!! 心配しないでくださいっ!」
「そ、そうか……」
なんとなく自分の早とちりだと思ったクルスは黙り込む。
しかしロナは苦笑いを浮かべているだけで、それ以上何も口にしない。
「ねえ様! せっかく肉を持ってきたんだから早くするのだ!」
「あ、そ、そうだね! うん、そうしよう。クルスさん、ちょっと失礼しますね」
ロナはベラからこぶ肉を受け取ると、そそくさと背を向けた。
スカートのようにみえる茎の下から根を伸ばして、近くの木の間へ消えてゆく。
こうしてほんの僅か移動できるようになったのは、本人曰く“勇者フォーミュラ=シールエット”から吸収した魔力のおかげらしい。
クルスは一人残されて、少し寂しい気持ちになった。それに今日は良く動いたので、瞼が重い。
彼はロナ特製のハンモックへ向って寝そべった。冷たい秋風を防ぐべく、人面樹の怪人になる時装備するマントへ包まる。
風が通らないだけで身体は温まり、それは重い瞼を余計に重くした。
目をつむってしまえば瞬時に寝られそうな微睡の中、懐かしさを感じさせる食事の匂いが鼻をくすぐってくる。
貧しい少年時代を過ごしたクルスにとって、この料理の匂いが香った日は、決まって良いことや嬉しいことがあった時。
なによりも、今は亡き、彼の母親が得意とする料理でもある。
(シチューか。懐かしいな……)
「お待たせしました! ごはんできましたよ!」
懐かしい香りの中に、弾んだロナの声が響く。
「まさか……!」
ハンモックから飛び起きると、ロナの後ろでは寸胴の鍋があって、ホカホカと暖か気な湯気を浮かべていた。
「ねえ様が一生懸命作ったのだ! 早くこっちへ来るのだ!」
ベラは鍋の近くに腰を据え、スプーンを持って準備万端。今にも鍋へ飛びついて、頭を突っ込みそうな雰囲気さえ感じられる。
クルスもまた鍋の中を覗き込み、そして喜びが込み上げてきた。
色とりどりの根菜類と、きっとこれは先ほど狩ったゴッドラムゥのこぶ肉。立ち上るシンプルな香りが生唾を誘う。
「このシチューをロナが?」
「はい! 以前、クルスさんがお話してくれた内容と、ベラが手に入れてくれた料理本を参考にして作ってみました!」
そう語るロナの笑顔は眩しかった。
彼女は人間のように見えるが、れっきとした植物系魔物。故に“火”が弱点であり、最も忌避すべきものである。
だけども彼女はたとえ自分の身体を少し焦がしてでも、クルスのためにシチューを作ってくれた。
その気持ちに、彼の胸は打ち震える。
「ありがとう、ロナ」
「どういたしまして。さっ、食べましょ?」
「ああ!」
「どう、クルス? 似合うでしょ?」
と、シチューを頂こうとした途端、背後の木々の上からラフレシアのセシリーが颯爽と舞い降りてくる。
身に着けている赤いドレスの中で露出していた部分にはふわふわとした毛が取り付けられていた。
どうやらゴッドラムゥの毛は、ファーへ加工されたらしい。
「ふふ! どうどう?」
「似合っている。それに暖かそうだ」
「でしょでしょ? まぁ、本当はこの毛で一着分欲しかったんだけどねぇ」
「申し訳ありません。予想以上に毛が少なくこのような形になってしまいまして……」
いつの間にか現れていたマタンゴのフェアは、すごく申し訳なさそうに頭を下げた。
「まぁ、良いわ。頼んだの私の方だし。早く渡して!」
「はっ! クルス殿、ベラに、ロナさん、よろしければこちらをお納めください」
フェアが差し出してきたのは、ふわふわとした毛で編まれた、三本のマフラーだった。
「フェアが作ったのか?」
「ええ。お嬢様のご依頼で急遽造りました。あまり時間がなく、少々雑な出来ではありますが、暖かさには自信がります」
きっとセシリーは、このマフラーを作ってもらうために、自分の耐寒服を諦めたのだろうとクルスは思った。
「ありがとうセシリー、フェア。ロナとベラの分も感謝する」
「喜んでもらえたのなら良かったわ!」
セシリーはまるで自分が作ったかのようにふんぞり返り、その後ろでフェアは苦笑いを浮かべるのだった。
「せっかくだし貴方たち――えっと、今はセシリーとフェアさん、でしたっけ? そちらを作ってくれたお礼に暖かいシチューはいかがですか?」
ロナの提案に、セシリーとフェアはにっこりと頷く。
今クルスの周りにいるのは人ではなく、魔物。しかしそれがなんだというのか。
こうして誰かが傍に居る幸せを噛み締める。
思い出の味であるシチューは、クルスへまた新たな思い出を刻むのだった。
●●●
「では行ってくる」
「はい! 行ってらっしゃい!」
あくる日の朝、クルスはいつものようにロナの見送りを受けて出かけてゆく。
冬もそろそろ近いので、備えとして保存食になりそうな、木の実などを採取するためだった。樹海は相変わらず静かで、人の気配を感じさせない。
「うぇ、えっぐ、ひっく……」
木々に中に、童女の鳴き声のようなものが響き渡った気がした。
クルスは一瞬自分の耳を疑った。聖王国で、今では危険地帯とされている樹海に、人間の童女が入ってくるなど考えづらい。
しかし念のためにと、クルスは息を殺して、耳をそばだてる。
やはり、うめきのような、鳴き声のようなものが相変わらず聞こえてくる。
彼は気配を殺しつつ、その声へと近づてゆく。
「ほ、ほらリンカ泣かないで。大丈夫、きっと大丈夫だから……」
「オーキス……ありがとう……ぐすん」
「よっしやぁ! 木の実大量ゲットー! ねぇ、サリス様すごいでしょ? ねぇねぇ?」
木々の向こうに居たのは、灰色のマントを羽織った、三人の童女だった。
*大変永らくお待たせしました。
次回より前作【パーティーを追い出された元勇者志望のDランク冒険者、声を無くしたSSランク魔法使い(美少女)を拾う。そして癒される」通称:DSSのキャラが登場し、深くかかわってまいります!
この機会に是非完結済みのDSSもご覧頂ければ幸いです!




