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アルラウネ


 他人に優しくできるのは、自分に余裕がある時だけ。言葉ではどんなに綺麗ごとを言おうとも、結局は自分が可愛い。他人のために自らを捨てて困難に挑む存在など、戯曲かおとぎ話の中にしか存在しえない。

 諦めなければならない。これが人の世の真実。決して平等ではない底辺の存在に突き付けられる現実。


 目標も、仲間も、何もかもをも一瞬で失った。


 もはや彼には何も残されてはいなかった。やはり彼は底辺に近い、貧しいEランクの冒険者でしかなかった。

今までのことはすべて夢の中の出来事だったのではないかとさえ思った。


 クルスは開店したばかりの雑貨店へ飛び込んだ。そこで少ない有り金をカウンターへ叩き置き、アクアビッテを一瓶購入する。

そして薄い琥珀色を呈した高い酒精を誇るソレを喉へ流し込む。

 ツンとしたアルコールの刺激臭が鼻を抜け、舌が焼けるような熱さを得た。


 感覚はすぐに鈍り始め、昇ったばかりの太陽が恨めしいほどに眩しい。


「くそっ……!」


 彼は悪態を着き、もう一口酒を煽って歩き始める。ふらふらと人の間を抜けて、進んでゆく。過行く人たちが、みな楽しげに笑っているように見えた。幸せそうに見えた。だからこそ辛かった。このまま人の中にいては、狂ってしまい、今にでも暴れだしそうだった。しかし彼には未だそうした衝動を抑え込む理性がわずかばかりあった。

 

 クルスはおぼつかない足取りでどんどん道を行く。酒を煽りつつ、人の中から脱しようと歩き続ける。


 やがて一人になった。いつの間にか陽は傾いていて、朱色が世界を支配していた。そして目の前に黒々とした大きな塊が見えた。

 人の存在を感じさせない、その黒い塊にクルスは興味を持った。彼はそこへ向けて気持ち足早に踏み込んでゆく。


 黒い塊の中は、青々とした香りが世界を支配していた。朱色の輝きは頭上を覆う陰に遮られ、まるで夜のように暗い。

足元はぬかるんでいて、何度か転げそうになった。しかしそのたびに、緑の苔が表面にびっしりと生えた木にぶつかって事なき終える。


 そういえば、この辺りには人の存在を拒否する“樹海"が存在していたと思い出す。ここには人を狂わす“マンドラゴラ”や、命を吸い取る【アルラウネ】もいるという。


――今の自分にはおあつらえ向きの場所、だとクルスは思った。


 もはや人の中に戻ったところで絶望しかない。一片の希望もあり得ない。


 だったらこの人の気配を感じさせない樹海ここで、過ごすのも悪くはない。このままここで朽ち果てるのも悪くはない。

酒精に支配された精神は、普段なら絶対下さないだろう答えを容易に決断させた。


「……?」


 ふと、黒々とした樹海の中から、白を思い起こさせる声のようなものが聞こえてきた。

まるで上等な楽器のような音に、酒精で昂っていた気持ちが、落ち着いてゆく。

未だに世界はわずかに霞かかっている。それでも彼の耳は、美しい音をはっきりと捉えていた。彼の足は知らず内うちに、音の方向へ向けて進んでゆく。


 そして樹木の間に美しい女の姿を見た。


 背中まである長い髪と、遠目からでもはっきりと確認できる豊満な胸。腰も綺麗にくびれていて、空へ伸ばした腕は細く繊細さを感じさせる。頭に乗っている真っ赤な花はアクセサリーのようにも、生えているようにも見える。何故、こんなところに、しかもほぼ何も着ていない女がいるのか。しかし視線をわずかに下へ向けると、そこに答えがあった。


 彼女の下半身は地面に根付いていた。腰から下に五枚ほどの赤い花弁のようなものが生えている。


 上半身は美しい女、下半身は地面へ根付いたグロテスクな植物――この奇妙な生き物に心当たりがあった。


(コイツが【アルラウネ】か……)


 樹海で人を待ち、惑わせ、そして生命を吸い取る危険度SSの魔物。魅入られたら、それは人としての最期を意味する。その怪異を人は【アルラウネ】と呼ぶ。

 いますぐこの場から引き返さねば、命はない。しかし未だに美しい歌声で歌い続けているアルラウネに、惹かれている感覚はあった。


 丁度いいのかもしれない。


 クルスはつま先を蹴りだした。


 どうせ最期を迎えるつもりでいた。一人で寂しく野垂れ死ぬよりも、この上半身だけは女神のように美しい魔物に喰われて散るほうが良いのかもしれない。

 この判断が酒精に由来するのか、アルラウネの歌声の効果なのかはわからない。しかしいずれにせよ、この場から立ち去るという選択は無かった。


「獲物、来ましたね……?」


 アルラウネは歌を止め、冷たく光る青い瞳を向けてくる。その美しい顔立ちを見られたことにクルスは強い幸福感を覚える。

しかし瞳の色は、獲物を捕らえた狩人のソレだった。

たぶん、喰われて終わる。そう直感する。末路は明確。


そうであったとしても――こんなに美しい魔物に喰われるならば悪くないかもしれない。

ここまで色んな事に耐えて、頑張って生きてきてよかったと思いながら、彼は美しい魔物の下へ歩んでゆくのだった。



……

……

……



「うっ……」


 視界がわずかに赤く染まっていた。爽やかな草木の香りが鼻を掠める。

 目を開くと、遥か頭上の枝葉の間から、銀の輝きが降り注いでいた。空気は独特の冷たさがあって、感覚的に“朝”であると認識できる。


「お、おはようございます……」


 少しおっかなびっくりな様子を含んだ、美しい声が耳元でささやかれる。


「――ッ!?」


 何故かクルスの隣には髪の長い、ほとんどなにも身に着けていない女がいた。


「良く眠れましたか?」

「あ、ああ」


 彼女は柔らかな笑みを浮かべて聞いて来たので、とりあえず答えた。

しかし次の瞬間に息を飲む。


 美しい女の下半身――そこはまるで巨大な花のような植物になっている。


(どうして俺の隣にアルラウネが!?)

 

*続きが気になる、面白そうなど、思って頂けましたら是非ブックマークや★★★★★評価などをよろしくお願いいたします! 

こちらは執筆を終えている100%完結保障の作品です。

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