冒険者殲滅戦――<ブリーフィング(フォーミュラside)>
まだ日が昇り切らない明け方。樹海は眠りの中にあった。
しかし眠りを妨げるように無数の足音が樹海へ近づいてゆく。
やがて日が昇り、朝陽が冷たい装備の数々を煌びやかに照らしだす。
七隊に別れた総勢36名の大冒険者集団。
それを率いるは先日、冒険者の最高峰“勇者”に任じられし、魔法剣士のフォーミュラ=シールエット。
集団の中で最も強く、最も優秀な彼が統率をするのは自然の流れだった。
冒険者一党は樹海の前に達する。フォーミュラは停止の号令を出す。
35名もの人間が、わずかな合図だけで指示に従うことに、フォーミュラは喜びを覚える。
しかしその様子を悟られないように心掛けて、踵を返した。
「諸君、いよいよこの日が来た! 今一度確認するが、皆の命が最優先だ! これは依頼主のバグ=カロッゾ殿も了承してくれた! くれぐれも無理をせず、自分の命を最優先に考えてことにあたって貰いたい! そのために魔法使い以外のみんなには誰でも“退避魔法”を受信できる、魔石を用意させてもらった!」
ヘビーガは背負っていた麻袋を下ろし、マリーはそこから紫色をした魔石をはめ込んだペンダントを取り出した。
冒険者たちが感嘆の声を上げる中、フォーミュラの仲間――基、“手下”である勇者パーティーメンバーは、魔石をはめたペンダントを配布してゆく。
「各隊に随行する魔法使いは、隊が危機に陥った時迷わず“退避魔法”を発動させてくれ。そうすれば各隊員は取り残されることなく、樹海から無事に脱出することができる。万が一、魔法使いが倒れた時も、同じ状況が発生するよう仕込んであるから安心してくれ!」
フォーミュラの言葉に、再び感嘆の声が上がった。
「正直、この依頼は途方もないものだ。広大な樹海で、立った二人の、しかも死んでいるかもしれない人間を探し出すという、極めて困難なものだ。しかし! どんなに困難な依頼であっても、請け負った者として、やるべきことはやろう! それが我々冒険者というものだ! だからといって命を投げ出す必要はない!」
結局誰もが、フェアとセシリーを発見できるとは思っていなかった。ほぼすべての冒険者が、バグ=カロッゾの提示した基本報酬に目がくらみ、更に魔法使いのバックアップの下、樹海で安全な狩りができることしか考えていなかったのである。
「最善は尽くす! しかし最も大事なのは皆の命だ! だから俺は、皆にために魔石を配布した! これでより安心・安全に樹海の探索ができる! その範囲で精一杯頑張ろう! バグ=カロッゾ殿の願いをかなえるべく、フェアとセシリー嬢を探そうではないか!」
黄金の鎧を身に纏う、新米勇者の、勲功よりも命を優先するといった姿勢の言葉が、参加した冒険者の胸を打つ。
全てはフォーミュラの計算通りだった。所詮、下賤の輩など、声を張り上げ、立派なことを繰り返し述べれば、簡単にその人を“いい人である”と思い込むもの。それが最高峰である勇者の言葉であれば、尚のこと。
本音を言えば、自分以外の誰かの命などに興味はない。しかしここで多くの被害が出てしまえば、指揮を誤った勇者として、無能の烙印を押されてしまう。そんなことをしてしまえば、評判はがた落ちになり、実家の父親に激しく叱責されるのは目に見えている。
たとえ依頼が未達成になろうとも、こんなバカげた依頼など、そうなっても仕方ないと誰もが思ってくれるはず。
ならばここは自分の有能さをアピールしたほうが良い。多くの人間を儲けさせて気持ちよくし、自分はそんな下賤の輩にまで気を配る、心優しい勇者であると売り込んだほうが、よっぽど今後のためになる。
彼は立派な勇者。
彼は高潔な人物。
もし魔神皇が復活したら、彼の下で戦いたい。
彼にこの命を捧げる。
彼のためだった戦える。
彼こそ、魔法剣士フォーミュラ=シールエットこそ、真の勇者!
そんな想いの視線を受けてフォーミュラは内心で、邪悪な笑みを浮かべる。
しかしその中にいて、おそらくただ一人、魔法使いのビギナは彼に嫌悪感を感じながら顔を俯かせていた。
誰もが騙されている中、彼女だけはフォーミュラのわがままで、邪悪な本性を知っていた。
しかしそれを今ここで暴いたところで、不要な混乱が生み出されるだけ。
死者や怪我人が増えるだけである。
誰も得をしない。
(先輩も、こういうことに耐えてきたんだ。私も先輩みたいに……!)
クルスのように振舞うことで、彼を身近に感じられる。
彼がどこかできっと見ていてくれる。そう思えば、不快感など忘れられる。
フォーミュラを心の中では嫌悪しつつも、一人の冒険者として、魔法使いとしての務めは果たすことができるはず。
「よし! 行くぞぉ!」
「「「「おおー!!」」」
フォーミュラの声に数多の冒険者は呼応し、進撃を始める。
朝日が昇り切り、そして樹海の静寂は破られた。




