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強襲! マタンゴ


「行ってくる」

「はい! いってらっしゃい! 気を付けてくださいね!」


 いつものようにアルラウネのロナの見送りを受けて、クルスは依頼を探すためにアルビオンへ向かってゆく。


(ちびロナも良いが、普通サイズの方がやはり魅力的だな)


 そんなことを考えつつ、ロナの咲かせてくれた赤い花を目印に森を進む。

 ここ二か月ほど、ロナと森を抜ける最短ルートを検証し続け、今や一時間程度で森が抜けられるようになっていた。


「――ッ!!」


 突然、背後に鋭い気配を感じた。いつも道中で感じる野生の獣のものとは明らかに違う。


 クルスは素早く踵を返し、明らかな敵意へ向けて矢を放つ。

しかし矢は、木の上にわずかに見えた煌きに弾かれ、明後日の方向へと飛んで行く。


 敵意が樹上から舞い降り、そのまま突っ込んできた。


「ちっ!」


 クルスは腰から短剣を抜き、下からの長剣の斬撃を受け止めた。相手の力が思いのほか強く、手に痺れが生じる。

このままでは危険と判断し、可能な限り後ろへ飛んで距離を置く。

 すると“赤い傘を被った敵”はサーベルを構えなおし、地面を滑るように距離を詰めて来る。


 長いサーベルと、短い短剣が交わり赤い火花を散らす。

 刃渡りは圧倒的にサーベルの方がある。短剣では距離を測りながら、受け流すのが精いっぱいだった。

 もっと距離さえ置ければ、弓で応戦ができる。しかし敵はクルスが下がるたびに、サーベルの適切な距離へ踏み込んでくる。

 

 迷いのない澄んだ太刀筋は自信がなせる業か、はたまた別の理由があるのか。


 ふと、気づくと短剣に伝わっていた衝撃が失せていた。


「カハッ!」

「ぐおっ!?」


 次いで奇怪な声と共に、クルスの真正面へ激しい圧力が襲い掛かった。彼はそのまま正面へ吹っ飛び、芝生の上を転がる。

 周囲には不思議な“黄色い粉”が舞って視界を霞ませる。

起き上がろうとするが、身体にまるで力が入らない。


(麻痺毒か!?)


 かすんだ視界の中に浮かび上がる女のシルエット。


弓使アーチャーいの職業ジョブで我が剣を受け流し続けるとは見事だ。だが我が“麻痺胞子弾パラライズシュート”にはさすがに抗えまい!」


 赤い茸の傘を被った、冷たい印象の女騎士――【マタンゴ】はクルスを見下ろしていた。


「お前へ放ったのは身体の動きを奪うだけの胞子だ。口は動くはずだ」

「……そんな器用なことはできるのだな」

「当たり前だ。それに黙られては元も子もないのでな!」


 マタンゴは、研ぎ澄まされたサーベルの刃をクルスの首筋へ当てがった。


「さぁ、答えよ。お前何者だ。何の目的があって樹海に住みつく?」

「先日も言ったが、何故そんなことをいちいち答えねばならん」

「お嬢様と私は樹海に危機が迫っていると感じ、誕生した。我らは守護者として異物を排除せねばならん」

「俺が異物だと? 昨日ロナとベラが俺の弁明をしてくれたはずだが? お前の主も俺を異物ではないと判断したはずでは?」

「お嬢様はアレで、寛大すぎるきらいがあるお方なのでな」


 厳しい内容の言葉の筈なのに、どこか慈しみがあるような。

マタンゴの言葉を聞いてクルスはそう感じた。

 悪人ではなく、むしろまじめすぎる位の武人――マタンゴという茸型の魔物が寄生している人間の死骸は、元々高潔な騎士だったのかもしれないと思った。


「今一度問う! お前はあのアルラウネとマンドラゴラを操り、樹海へ災いを持ちこもうとしているのではないか!? 答えよっ!」


「何度も言わせるな。ロナとベラ……アルラウネとマンドラゴラが言ったことが真実だ。俺は魔物を操る力なんて持ってはいないし、操ろうとも思ってはいない。俺はただあの二人とこの森で静かに暮らしたい。それだけだ」

「世迷言を! 人間風情がアルラウネの毒と、マンドラゴラのバインドボイスの中で共に生きるなどできようか!」


(言葉ではだめか……)


 今の段階で手の内を晒すのはどうかと思ったが、タイミングは今しかない。

 幸い、身体にはもうほとんど違和感がない。


 クルスは指を動かし、そして思い切って地面へ手を付いた。


「な、なんだと!? なぜ私の麻痺毒を食らってお前は!?」


 平然と立ち上がったクルスを見て、マタンゴは明らかに動揺していた。


「これが今の俺にある力の全てだ。逆にいえばこれ以外何にもないし、するつもりもない。誓ってだ」

「貴様は一体……?」

「俺はクルス。ただの人間の冒険者だ!」


 クルスは素早く弓を上げた。

 マタンゴは素早くサーベルを構えようとするが、やや遅い。

ほどなく弓から矢がマタンゴへ向けて鋭く放たれた。


「びぃぎぃっ!!」


 矢はマタンゴの顔の脇を過り、彼女の背後にいた毒蜂キラービーを射殺す。

 彼女は一瞬何が起こったのか分からなかったのか唖然としたまま、立ち尽くしていた。


「あとは少しばかり弓が得意だ。俺の存在に固執する前に、自分の背中くらいには注意を払え。前ばかり見ていては、お前が護衛しているお嬢様とやらを守ってやれんぞ」

「くっ……!」


 マタンゴは傘の下で悔しそうに歯噛みする。


 剣術は一級品だが、型どおりで、ほとんど実戦経験は無い様子。

貴族令嬢に付き従う高潔な侍女騎士にありがちなことだが、マタンゴが寄生している騎士もそういう輩らしい。

そう思うと、どことなくマタンゴへあどけない印象を抱くクルスなのだった。


「もう一度言う。俺は樹海の脅威ではない。しかしお前がまだ襲ってくるつもりなら、こちらにも考えがある。そのことだけは忘れるな」


 クルスは再び弓を構え、マタンゴへ鏃を向ける。


「おのれぇっ! この屈辱忘れんぞっ!」


 マタンゴは跳躍し、姿を消す。気配はあっという間になくなり、森には静けさが戻った。


(これで信じてくれればいいのだがな……)


 少し面倒なことになったと思いつつ、クルスは道を急ぐのだった。



●●●



 相変わらず、アルビオンのペガサス区にある冒険者ギルドは、数多くの冒険者でごった返しになっていた。

 この様子では今日も、クルスにとって都合の良い依頼にありつけそうである。


「先輩っ!」


 掲示板へ向かおうとしてた時、弾んだ声が耳に届いた。


 その少し甲高く、幼さを感じさせる声に、心臓がドキリと音を鳴らす。

 そんな彼へ、小柄な彼女は、人ごみを謝りながらかき分けて近づいてくる。


 白いローブに、銀色の長い髪。赤い瞳とわずかにとがった耳は、彼女が妖精の血をわずかに引いている証拠。

彼女は手にした金の錫杖を鳴らしながら、人ごみをかき分けてやってくる。


「久しぶりだな、ビギナ」

「はい! お久しぶりです、先輩! ようやく会えましたっ!!」


 クルスがそう声をかけると、魔法使いのビギナははにかんだ笑顔を見せる。


「突然なんですけど、先輩にいい依頼の話があるんです! 一緒に来てくださいっ!!」


 クルスは有無を言う間もなく、ビギナに手を取られた。


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