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マンドラゴラの童女


「どっせい! どっせい! どっせぇぇぇーいっ!!」


 尻もちを着くクルスの前では、地面から突然現れた“童女”が奇妙な叫びを上げ続けていた。


 頭には紫の花。髪は長く、顔つきはどことなく奥にいるアルラウネに似ているように見えた。

凹凸の少ない体に麻で繕ったワンピースのようなものを着ていて、ところどろ泥や砂にまみれている。

まさかこの少女は、本当に土の中から現れたのか否か。


 興味本位で色々と聞いては見たかった。しかしそんな雰囲気ではなかった。

何故ならば、頭に紫の花を咲かせた童女は、目の前に現れてからずっと、奇怪な「どっせーい!」という叫びを上げ続けていたからである。


 聞き始めた当初こそは、やかましいを超えて、身体に不快感と異常を感じていた。どうやら童女の叫び声には何かしらの“状態異常”の効果が含まれていたらしい。しかし時間が経てば経つほど、異変は感じなくなり、ただ甲高い叫びが聞こえるだけになっていたのだった。


 クルスがそんな状態だとは露知らず、童女は未だに顔を真っ赤にしながら、元気いっぱいに「どっせーい!」と叫び続けている。

さすがにそろそろ何か声をかけて叫びを止めさせたほうが、童女の喉に良いと思った。


「お、おい、大丈夫か? あんまり叫び続けると喉を傷めるぞ?」

「はぁー、はぁー、ぜぇ……なんでだ! なんで僕の声が効かないのだ!?」


 彼の心配を一蹴し、童女は鋭い視線を投げかける。そしてトテトテと数歩かけて、ぽかんとしているアルラウネの前へ行き、小さな身体を目いっぱい開いて立ち塞がった。


「ねえ様にげて! この人間、僕の声が効かない、あぶないのだ! ねえ様は僕がまもるのだ!」


 童女は鬼気迫る形相でそう叫ぶ。そんな童女の後ろで微笑ましそうにアルラウネは笑みを浮かべて、紫の花が生える頭をあやすようになで始めるのだった。


「ふぇ……な、なんなんのだ!? いきなりなにするのだ!?」

「守ってくれてありがとうね。でも、大丈夫。こちらの人間さんはわたしに何もしないから大丈夫だよ?」

「ならさっき何をしていたのだ! ねえ様押し倒されてたのだ! 人間におそわれてたのだ!」

「あ、え、えっと、あれは……」


 突然アルラウネの人の上半身が真っ赤に染まって、周囲の蔦がうねうねと不規則な動きを見せる。

 どうやらこのリアクションはなにかしらの“羞恥心”を感じた時のものらしい。


「ねえさま、身体が変なのだ! やっぱり人間になにかされたのか!?」

「べ、別に、まだ何も……」

「何も? じゃあなにをしようとしていたのだ!」

「えっと、それは……」

「ねえ様、おかしいのだ。やっぱり!」


 童女は騒がしく踵を返す。そして丸い瞳に敵意を宿らせて、クルスを睨みつける。

麻のワンピースの裾から“蔦”がにょろりと現れた。針のように鋭い先端がクルスへ向けてキラリと輝く。

 やはりこの童女もアルラウネとおなじく“魔物モンスター”のようだった。


「ちょ、ちょっと!」

「ねえ様安心するのだ! ねえ様を守るのが僕の役目なのだ! 人間は僕が殺してやるのだ!」


 甲高い声に乗った明らかな敵意。さすがのクルスも油断はできないと身構え、腰に差した短剣の柄へ手を伸ばす。


「あのさぁ……」

「ひぃ!」


 童女が短い悲鳴を上げた。背後のアルラウネは満面の笑みを浮かべつつ、ガッシリと童女の頭をつかんでいる。


「ね、ねえ様……?」

「物騒なものは仕舞おうね? 大丈夫だって言っているでしょ?」

「だけどだけ……はひっ!」

「心配ありがとう。でも、今は帰ってくれるかなぁ? 邪魔しないでくれるかなぁ?」


 アルラウネは笑顔を仮面のように張り付けて、穏やかな声で冷たくそう言い放つ。


「ひーッ!! ねえ様のばかぁー! 狩られちゃえぇー!!」


 童女は顔を引きつらせ、アルラウネの手を振り払うと一目散に駆け出してゆく。

 小さな背中は森の中に消え、クルスはようやく短剣の柄から手を離すのだった。


「申し訳ありませんでした、お騒がせして」


 先ほどとは打って変わって、アルラウネはすごく申し訳なさそうにそういい腰を折る。

やはりさっきはかなり本気で“怒っていた”らしい。さすがは危険度SS。怒気だけで気圧されるものがあった。


「いや、構わない。それよりもさっきの少女は何者なんだ?」

「あの子は、えっと――人間さん達の間でいう“マンドラゴラ”です」


 マンドラゴラ――根が人の形をしていて、頭に紫の花を咲かせる危険度Bクラスの魔物ことである。

 普段は地面に埋まっているが、誤って引き抜いてしまったら最期。“錯乱とスタン効果”のある悲鳴バインドボイスで釘付けにされ、毒を注入されたり、蔦で絞め殺しされたりなどされてしまう存在だった。


「花が咲いた段階で地上に出るとマンドラゴラ、そのまま花を成長させて私のように出てくるのがアルラウネ――つまり私のようになるんですよ。種の出身は同じですけど、私の方が良性個体だったようで。だからあの子にはマンドラゴラになって貰って、色々と外の用事をお願いしているんです」


「ほう、君たちにそんな生態があったとはな。初耳だ」

「このことをお話したのは貴方が初めてですから」


 やはり人間がこの世界で知っていることなどほんのわずかでしかない。クルスは改めて世界の広さを身にしみて感じる。

そうした知的充足感は先ほどまで目の前のアルラウネに抱いていた熱情を奪い去っていた。むしろ、夜も遅いのでそろそろ眠い。


「じゃあ、俺はこれで」

「お帰りに?」

「ああ」

「分かりました……ありがとうございました」


 今朝と同じくアルラウネは切なげな視線をクルスへ送ってきた。どうにも気持ちがこの場に縛り付けられる感覚を得た。眠たく気だるいが、この森から出たところで野宿か安宿に泊まるのが関の山だった。帰るべき家がない彼がこの場を離れるメリットは少ない――というか、アルラウネの切なげな視線がやはり気になって仕方がない。


(まぁ、良いか。この様子だとこのアルラウネは本当に俺のことを食べなさそうだし……)


 よく分からない論理だったが、不思議と納得のゆく答えだった。


 決めたならば即行動へ。クルスは周囲へ視線を泳がせ、いい寝床がないかどうかを探し始める。


「何をなさっているのですか?」

「いや、なんか良い寝床はないかなと」

「寝床……も、もしかして、今夜もここに居てくださるのですかっ!?」


 アルラウネは声を弾ませて、翡翠色の瞳に彼を写し、頬を緩ませる。


「あ、ああ。どうせ帰るところなんて無いからな」

「寝床ですね! だったらお任せくださいっ!」


 嬉々とするアルラウネの根本では無数の蔦が地面から生えていた。

その内2本が長く伸び、近くにあった木と木の間にぴんと張られる。

次いで伸びた無数の蔦が、ピンと張られた長い2本の蔦の間を縦横無尽に駆け巡った。そうして、


「できました!」

「おお!」


 クルスは木の間にあっという間に出来上がった“蔦のハンモック”を見て感嘆の声を上げる。


「もし眠るのでしたらこちらをお使いください」


 ハンモックを押してみると、適度で心地いい反発を感じた。蔦で出来ているため仄かに“草原”のような爽やかな香りが、気持ちをすぐさま緩ませる。

 思い切ってハンモックへ飛び乗ってみると身体がぴったり収まって、何とも言えない安心感があった。


「これいいな、はは!」

「良かったです」


 ハンモックの上で少年のように笑うクルスを見て、アルラウネは穏やかに頬を緩ませる。そんな彼女へもうだいぶ昔に他界した母を重ねてしまう。幾つになっても男にとって母親とは忘れがたい存在だと改めて思い知る。

安心感が沸き起こって、寝ようと思えばいつでも寝られる筈だったのだが、


「あの……」

「?」

「なんでずっと俺をみてるんだ?」

「いえいえ、気にせず。私に構わず眠って下さい」

「いや、申し訳ないが、見られていると寝ずらいのだが……」


 気恥ずかしかったためにそう言うと、 


「分かりました……」


 アルラウネはしょんぼりした様子でハンモックから離れて行く。やはりあの切なげな顔はどうにも慣れず、胸の内がうずうずとしてしまう。


「なぁ」

「?」

「おやすみ。また明日な」

「!!」


 途端、アルラウネは分かりやすい笑顔を浮かべた。やはりこの子にはこういう明るい表情の方が良く似合うと思う。


「おやすみなさい、人間さん。また明日ゆっくりお話ししましょう……」


 彼女の腰から生えている五枚の花弁が逆立った。そして美しい人間の上半身をすっぽりと隠す。


 確かに彼女は魔物なのは間違いない。

 だけどもまた明日、顔を合わせて話をしたい。

そん不思議な想いを感じつつ、クルスの色々とあった一日はあっという間に終わりを告げるのだった。


【注釈】


 アルラウネとマンドラゴラの生態に関しては本作独自の設定です。あらかじめご了承ください。


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