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7 舞踏会を抜け出して


 大広間を出ると一気に人の波が少なくなり、寄せ合うように歩いていた四人は一息付いた。大広間を出た場所は前室になっており、ここでも控室のように色々な人が居た。しかもこちらは男性も多くいる。

 それぞれの侍女を伴い、二人が前室を出ようと扉に近づいた時、城の従者が近寄って来た。


「お帰りになるのでしょうか?」

「あぁ……いいえ、外は少し寒いと思いましたのでコートは着ていますけれど、この先のテラスへ参りたいと思ったのです。良いでしょうか?」


 アリシアがそう言うと従者は少し怪訝な顔をした。


「テラスには花はまだ咲いておりません。枯れ枝と整えられた常緑樹しかございませんが……何をするために行かれるのでしょうか?」


 警戒しているのがストレートに伝わってくる。それを見たアリシアは従者にニコリと笑った。


「リナレス城ではテラスでも多くの植物が植えられていますね? テラスは石で出来ているのに、それがどのような形態で植えられているのかをこの目で見たいと思っているのですが……見せていただく事はできませんか?」


 行く理由を明確にした事で従者はホッとしたように笑う。


「あぁ、そう言う事でしたらどうぞ。私がご案内いたしましょう。失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「えぇ、わたくしはアリシア・フィリス・ドゥール・パルストですわ」

「私はブルーナ・リアス・ド・ルドヴィーグです」

「あぁ……パルスト辺境伯とルドヴィーグ伯爵のご令嬢でしたか……これはこれは、お二人共このような素晴らしい御令嬢が居られるとは、存じませんで……」


 従者は更に笑みを深めた。素性を知ってホッとしたのと丁寧に接しなければならないと肝が据わったのだろう。そこには安堵の表情が見えた。


 パルスト辺境伯と言えば侯爵に次いで力のある、広大な領地を持つ貴族だ。そのアリシアからはローズのような偉そうな態度は微塵もない。

 アリシアはブルーナと目が合うとニコッと笑った。この物怖じしない性格と大らかさと人懐こさは、パルスト辺境伯領で培われたものなのだろう。


 従者は先に立ち扉の向こうへ歩き出した。廊下は幾人かの人は居たが、ちらりと視線を送るだけで誰もこちらを気にするものはいなかった。


 暫く廊下を行くと今度は直角に従者は曲がった。リナレス城の廊下を行きながら高さのある窓から差し込む陽射しを浴び、ブルーナは横を歩くアリシアを見た。アリシアはリナレス城の壁に掛かる装飾を興味深げに見ていた。


「……こんなに優美なのにシンプルで無駄がない……人の心に何かを感じさせるなんて……さすがですわね……」


 呟いたアリシアの声が少し響いて、従者が振り向いた。


「それがリナリス城の利点なのですよ。一五〇年前の王が築城したのですが、未だにセンスが衰えません。我々王族に仕える者にとっても誇りある城でございます」

「えぇ、分かりますわ」


 深く頷いたアリシアに従者は気を良くしたようだ。


「この窓に()められたガラスは築城当時大変貴重な物でした。ガラス自体は遥かな昔に(さかのぼ)っても造られていましたが、このように無色透明で広く板状に成形する技術はありませんでした。まぁ、今でもガラスが貴重な事に変わりはありませんが、当時、この技術は遠い異国にしかない技術でした。貿易が盛んな隣国のリングレントにもこの技術を持つ者は居なかったと言います」


 従者の言葉にブルーナは首を傾げた。


「何故、遠い異国にしかなかった技術がこの国にももたらされたのかしら?」

「それは、その遠い国から来たガラスの技術者がその技術を、我がルガリアードに伝えたからです」

「貴方はその話に詳しいのですか?」

「城に勤める者には、その理由を代々伝えられますから……」


 ブルーナとアリシアの瞳が輝いた。


「聞きたいですわ。もし宜しければ話して下さらないでしょうか?」


 令嬢二人の瞳の輝きを見て従者は微笑んだ。


「では少しお話し致しましょうか……」


 言いながら従者は少し誇り高げに胸を張る。


「当時、貿易は陸路と海の航路の二つがありましたが、この国には海がありません。当然、航路を通って入って来る物は、海のあるリングレントからしか入っては来ません。ですが海の貿易はまだ航路としては不安なものがありました。勿論、対岸にある大陸や分かっている島々などについては航路は大変便利です。こちら側から行くのも、あちら側から来るのも、天候の荒れで難破しない限り、分かっている国々との交易は心配ございません」


 そこで従者は一息付いた。彼の目の前のご令嬢二人は一言も聞き漏らさないようにと、熱心に彼の話を聞いている。その様子を彼は嬉しく思った。


「その異国の技術者の乗る船が、彼の国を出港し大海原へ漕ぎ出して一ヶ月目の事、嵐に遭遇し難破したのです。そして彼は隣国のリングレントに流れ着きました。彼は言葉も通じず、居場所のない国からどうにかして自分の国に帰ろうと、陸路でこのルガリアードに入りました。ところが……彼はこのルガリアードで病に倒れてしまいました」


 技術者の彼は長い船旅の疲れと、通常ではない栄養状態のまま、また旅に出ようとしたのだ。彼の身体は限界を迎え倒れた。気が付いた時には彼は慎ましい老夫婦の家に寝かされていた。言葉は通じなかったが、彼らは懸命に旅人を看病した。彼等夫婦はお金持ちではなく、至って普通の家庭環境の者達であった。


 敬虔(けいけん)なキリスト教徒であった夫婦は、彼を家族と同様に親身になって世話をした。医者を呼び旅人を診せ、栄養状態が不安定だと言われれば、美味しい料理をこしらえ、美味しい作物や果物や肉を食べさせた。そう毎日ご馳走を食べるわけではないが、旅人には努めて美味しい物を食べさせた。


 数週間が経ち、旅人は体力が回復し元気になった。彼は今までよくしてくれた夫婦に恩返しがしたいと思った。そして、彼は山へ入ったのである。


「山には何があったのか想像がつきますか?」


 ブルーナとアリシアは顔を見合わせた。そして首を振る。


「ガラスの元になる石を探しに行ったのですよ。そうしてガラスを作る技師であった彼は、その石を見つけました。ガラスを作るための原料の石はこの国にもあったのです。そこからは秘密の話になるので多くは語れませんが、そうして彼は素晴らしい無色透明のガラスの皿を作ったのです」

「ガラスは石から出来るのですか?」


 ブルーナが驚いて尋ねると、従者は微笑んだ。


「意外に思われるでしょう? でも、そうなのですよ」

「とても不思議ですわ……あのような硬いものからこのような透明な物が出来るなんて……」

「今はギリシャ、ローマ時代に比べると科学が進んでいますからね。あの時代ではここまで美しいガラスは出来なかったでしょう……そしてこれからも進歩と共にもっと美しい物が生まれるのです」


 ブルーナは従者の言葉を聞きながら窓ガラスを見上げた。ガラスの向こうに曇りのない青い空が見えている。何故だかそのガラスの向こうに未来の希望が見えているように思え、ブルーナは少し高揚した。そのブルーナの隣で同じように窓を見上げていたアリシアが口を開く。


「きっとこの国も、進歩と共に更に発展するのだわ……そしてその後ガラスの技師はどうしたのですか?」


 アリシアが従者を見ると、従者は思い出したように笑い、話を続けた。


「彼は結局、自分の国には戻らなかったのです。彼は老夫婦の娘と恋に落ちました。この国で恋に落ち、家族を得てガラスの技師として、当時の王に仕えたのです。そして彼はガラス加工の技術をこの国の者に伝えました。ガラスを加工する技術は、恋のなせる技でこのルガリアードの特別な産物となりました。『恋はガラスを磨く』といういわれはここから来たものなのです」


 従者は静かに話を終えた。ブルーナとアリシアはまた窓ガラスを見上げる。


「素敵な話ですね……『恋はガラスを磨く』……曇りの無い心で人を思えば、伝わるのだと言われているように思います」

「ほぉ……ルドヴィーグ伯爵令嬢はこの話からそこまでを読み取りますか……」


 従者は少し驚いてブルーナを見た。ブルーナは人に褒められるのに慣れていない。どうしてよいのかわからず頬を染めた。


「聞かせてくださってありがとうございます。学ばせて頂きましたわ」


 ブルーナは従者に丁寧にお礼を言った。


「滅相もございません。私の方こそ長々と話してしまい、大変失礼を致しました」


 従者は恐縮し二人に礼をした。そして、間を置いてテラスの花壇を見るために、再び従者は二人を案内し始めた。




 その様子を少し離れた場所で見ている者がいた。


 濃い茶色の癖のある髪、切れ長の目に青色の瞳をした彼は、小部屋から出た所で友が来るのを待ちながら、壁にもたれ掛け、腕組みをし、ジッと彼女等を見ていた。舞踏会の会場は反対方向であるのに、何故長い廊下の途中で話をして居るのか……舞踏会に来た者はお相手探しで大広間にいるものではないのか? 始めはそれが気になっただけであった。


 だが、他には誰もいない廊下で話す彼等の声は、小声ではあるが彼の居る場所まで聞こえていた。男性である従者の言葉はハッキリとはしなかったが、ガラスという言葉が聞こえ、話す合間に窓を見上げる彼女等の様子を見るにつけ、ガラスの説明をしていた事が窺い知れた。耳を傾ける彼女等の様子には、従者の言葉を聞きたいという熱心な意思が見えていた。彼はそれに好感を持った。舞踏会が開かれているというのに、それには見向きもせず、従者の話に耳を傾ける彼女等はいったい何者なのか……。


 そして彼女等は誰も彼がそこに居ることを気付いてはいない。彼は傍にいた側近の男に声を掛けた。


「コルト、あの娘達の素性を調べる事は出来るか?」


 コルトと呼ばれた側近は目線を廊下の奥に向けた。


「この距離ではよく分かりませんが……ご興味がおありですか?」

「あぁ、まあね……お前は興味が沸かないか? あの二人は舞踏会の最中に会場から抜け出しているのだ。この舞踏会の意味を分かってない事はないだろうに……」

「まぁ……気持ちは分かりますが……まだ興味がない子供なのかもしれません」


 渋るようにそう言う側近を、彼は鋭い目線で見遣った。


「調べる事は出来るのか? 出来ないのか?」

「勿論、出来ます。が……良いのですか? 身分は明かしますか?」

「いや……隠しておけ」

「分かりました。私の代わりにキリアスを付けます」

「うむ、頼んだ……」


 コルトは一旦小部屋に入ると中に声を掛け、廊下を行く女性達を追いかけた。小部屋からは別の側近が出て来た。


「コルトはどこへ行ったのです?」

「私の用事を頼んだのだ。暫くは、キリアス、お前が私に付いていてくれ」

「はい。それは勿論ですが……」


 彼はコルトの行った方向を眺めながらキリアスにそう言い、すぐにキリアスに向き直るとニヤッと笑う。その時、後に気配を感じ、彼は名を呼ばれた。


「ディオニシス、すまぬ、待たせたな……」


 待っていた友が側近を伴い彼の前に漸く現れたのだ。


「ラディウス、舞踏会の最中だと言うのに物好きなものだ……それで? 執務の方はもう良いのか?」

「あぁ、一応は問題なかろう。しかし、まだやらねばならぬ事はあるのに、こんな時に舞踏会など……面倒で叶わん……」


 ラディウスはディオニシスに向かうと小さく呟いた。ディオニシスは横目で友を見るとニヤリと笑った。


「妃探しをしないと無理にでも結婚をさせられるのだろう? だが、ここでは女性陣が多すぎて叶わぬ。一向に性格が見えんしな、まぁ、そうだな……手っ取り早く、君は諦めたらどうだ? オルファ王の選んだ三人の娘で良いではないか」


「馬鹿を言え。自ら探さねば(えら)い目に遭うのは分かり切っている。私は宮廷内の取り繕う関係など御免だ。王が選んだ三人のいいところは家柄のみ、たまたま年頃の娘が居ただけの話だ。それが何を意味するのか、君だってわかるだろう? だから君もわざわざルガリアードまで足を伸ばしたくせに……私にだけそれを言うな」


 不服そうに小さな声で言うラディウスにディオニシスは飄々(ひょうひょう)とした表情でチラリと廊下の奥を見た。


「それは君がなかなか動かぬからだろう? 私の国も君の国も我等が先に行かねば後が(つか)えるからな」

「だからこうしているではないか……気は進まぬが、そうとも言ってはおられん」


 二人は大広間へ向けて歩き出した。中ではまた大勢の女性たちが待っている。その中で自分たちの妃を見つけるのだ。だが二人は気が重かった。仕方のない事であるのも分かっている。自分達が見つけないと後に続く兄弟達がまた大変なのだ。


 ラディウスは近々相手を見つける事が出来なければ、父であるオルファ王の決めた妃候補の中から選ぶ事になっている。それは無理に約束させられた事だった。だがこれが一番厄介な事だ。


——今日こそ見つけなければ……。


 ラディウス自身、並々ならない気概でこの舞踏会に参加していた。ここで結果を出さなければ三人の妃候補の誰かを選ぶ羽目になる。


 三人の妃候補とは大広間で接したが……ラディウスが心を惹かれる者は居なかった。彼女達は皆一様に着飾り、表面を繕い、魅惑的に見えると思われる視線でラディウスを見ていた。

 その中でもリルデンシュ侯爵の娘であるローズは一際(ひときわ)美しい娘だった。ラディウスは一瞬心を惹かれたが、彼女とは会話が成り立たなかった。

 自分の知る様々な話をしても、会話は最後まで成り立たず、次第にラディウス自身どうしたものかと辟易し始めた。妻に迎えるとなると、会話が成り立たねば何もならない。それは友である隣国リングレントの王太子のディオニシスも同じように感じたらしく、ローズとは相対せず、何かに付け二人から離れようとしていた。


 そのディオニシスが大広間の扉を開ける前にラディウスに囁いた。


「実はな……私は目ぼしい女性を見つけたのだ」


 それを聞いたラディウスは驚愕しディオニシスの顔を覗き込んだ


「……いつ? どこで?」

「君を待っている最中にな。興味を惹かれた者がいた……今、どこのご令嬢なのかを調べさせている。悪いなラディウス、私は先に終わらせるぞ」


 含みを持たせたディオニシスの言葉はやけに自信ありげに聞こえた。ラディウスは大きな溜息をつく。


「その人物の何を見て興味を惹かれたのだ?」

「……言っても良いが、私の感じ方と君の感じ方は違うだろう? 参考にはならぬと思うが……」


 ラディウスはディオニシスを軽く睨んだ。ディオニシスには先に見付けた余裕のような物が漂っている。たかが一時間程の間に見つけるとは、運が良いとしか思えない。

 ラディウスはどうしようもない焦りを感じ始めた。オルファ王の提示した期間までに見付けないと、己の人生は最悪なものになる。


「まぁ……期間延長を願い出てはどうだ? 今日で決着を付けようと思えば、焦るだけでろくな事にはならぬ……」

「分かっている……分かってはいるのだ……」


 ディオニシスはラディウスの肩を宥めるように叩いた。ディオニシスはラディウスに宣言をしたものの、自身も気になった二人の女性と話せるのかどうかも分からないのだ。二人の王太子は溜息を吐き、開かれた大広間の扉の中へ笑顔を取り繕い入って行った。


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[良い点] 『恋はガラスを磨く』良い言葉ですね。僕には出てこない言葉です。僕なら『恋はならず者を磨く』ですが、ならず者はいくら磨いてもきれいなガラスには成れそうもありません。 やっと幸せへの道が見えて…
[良い点] この作品を読んで。とても感心してしまうのは物語の世界観です。世界がよく書けている。それはよく聞く言葉です。どう、よく書けているのか。それは歴史は勿論ですが、交易だと思います。いつの如何なる…
[一言] おお、王太子さまも大変なんだね((((;゜Д゜))))))) ローズは会話が出来なかったのか……。この回は、運命の出会いのようなものを感じる(≧∀≦)恋はガラスを磨く、という言葉も出てきたし…
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