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62 報告書


 夏の暑い空気が一掃され、秋の気配を感じるようになった頃、ルガリアードのリナレス城内の奥にある一室で、エマ王妃に調査報告書がもたらされていた。


 エマ王妃は厳しい表情で報告書を読んだ後、黙ったまま目を伏せた。

 その報告書には第一王子であり、次の王となる事を許されたラディウスの事が書かれてある。彼が選んだ婚約者の事が少しと、彼の行動が詳しく書かれてあった。


 ラディウスの婚約者の事は既に聞かされている。息子が正妃にと選んだ五歳の少女にエマ王妃は驚き呆れたのは確かだ。

 だが、オルファ王の選んだ侯爵家の三人の娘達との縁談には異を唱えていた。彼らがこれ以上力を持つと、この国の根幹に彼らは食い込む事になる。そうなれば正妃に選ばれた誰かの家がこの国の権力を最大限に利用するのは目に見えていた。

 それだからラディウスの主張する少女の成長を待つと言う意味の大きさを理解し、待つことに決めたのだ。


 ラディウスは危険回避能力が高かった。良く学び、知識と存在を家臣達に示している。そして一番大事だと思われる王としての片鱗は見え始めていた。彼の道は既に決まっているのだ。

 だが国の運営に関して力を付けているラディウスに、ここへきて心配な点が見え始めた。その確認のためにエマ王妃は側近に指示を下した。


「これは事実なのですね?」

「はい……ルドヴィーグ伯爵家に使用人として送り込んだ者からの報告ですので……間違いはないかと」

「……そうですか」


 エマ王妃はもう一度報告書に視線を戻し、そこに書かれてある名をジッと見つめた後、口を開いた。


「……分かりました。もう下がってよろしい」

「はっ……失礼いたします」


 従者が去った後、侍女が静かにお茶を入れテーブルに置くとエマ王妃だけを残し部屋を出て行った。


 ラディウスは現在二十歳になっている。本来なら、一人くらいは子を得ていてもおかしくはない歳である。

 現にオルファ王は十七歳の時に二歳年上のエマ王妃と結婚をし、十八歳の時にラディウスを得て、次の歳にはエリウスを得ていた。その後もエマ王妃との間には、亡くなってしまった一人娘以外にも二人の王子が生まれている。


 エマ王妃は婚約者の話を聞いた時、自分の息子が何を考えているのかわからなかった。

 いい歳をしておきながら五歳の少女と婚約をするなど、子を成す気があるのだろうか? そう思っていたのは事実だ。


 それでもラディウスのやりたいようにさせていたのは、妾妃(ひしょう)を設ければ良いと思っていたからだ。正妃が嫁いで来るまでの間、妾妃をつけておけば何ら問題はないだろう。誰かがラディウスの子を身籠れば良いのだ。


 そう思うもののやはり溜息は出た。


 オルファ王はエマ王妃だけを愛し、妾妃を持たなかった。それはエマ王妃自身が多くの子を産んだからだろう。もしも、生まれた子がラディウス一人だけであれば、きっとオルファ王も妾妃を持ったに違いない。自分に降りかかるとすれば……仕方のない事だと分かっていても、妾妃の存在は嫌なものだと思ったに違いない。


 四代前のルガリアードの王は妾妃を八人持っていた。それぞれが子をなし、四代前の王の血を受け継ぐ貴族は数多くいる。それだけにその王が崩御した後、次期国王の座を巡っての争いが絶えなかった。

 オルファ王の前の王はオルファ王の兄である。年の離れた彼は五人の妾妃を持っていたが、正妃以下誰にも子はできなかった。


 自分の子を成すのは王族であれば義務だと言っても良い。

 幼い頃からラディウスは、オルファ王とエマ王妃のように親密な関係を築けるような妃を探すと豪語していた。幼い頃は親のようにありたいという少年の言葉として、微笑ましく思っていた。だがもう二十歳になっているのだ、いまだにそれを言うのは現実が見えていないという事だろうか?


 ラディウスがルドヴィーグ伯爵家に通う理由……それは五歳の少女に会いにいくだけではないだろう。それほど頻繁に通う理由は何なのか? だから探らせたのだ。


 また溜息がついて出た。


 報告書にはルドヴィーグ伯爵家のもう一人の娘であるブルーナの事が添えられている。

 ラディウスの選んだ少女のルドヴィーグ伯爵家は実直な文官の家柄だ。そしてエマ王妃はルドヴィーグ伯爵自身を知っている。彼なら大丈夫だろうとどこかで思っているのも確かだ。

 エマ王妃は手元の報告書を見た後、暗い夜空を見上げた。遠縁の美しい娘レティシアの姿が思い出される。


 二年前の『すずらん祭り』の舞踏会に現れた少女、レティシアにそっくりだったあの少女が彼女の娘であるのは自己紹介の時にわかった。見た瞬間驚いたが、表情には出さなかった。レティシアがそこに立っているように思える程ブルーナは彼女に似ていたのだが、かろうじて動揺は抑えた。

 線の細さ、滑らかな白い肌、美しいアーモンド型の目と緑にも見える瞳には芯の強さが見えていた。まさにレティシアそのもののように思えた。


 そのブルーナの事をラディウスは気に入っているようだ。『書庫での密かな逢い引き……』報告書にはそう記されている。

 婚約者エレーヌの姉であるブルーナ。ラディウスがブルーナを気に入っているのなら、なぜ幼いエレーヌとの婚約を破棄し、年頃の彼女と婚約し直さないのか。そう思ったのだが……後半、その理由も記されていた。


『ブルーナ嬢は身体が弱い』


 その文字を見た時、残念な気持ちが心を吹き抜けた。


——レティシアも身体が弱かったわね……。


 ラディウスが気に入る年頃の娘なら、横槍を入れてでも彼女を手に入れたかもしれない。だが身体が弱いというなら話は別だ。その点ラディウスはブルーナの妹である五歳の少女を婚約者とした。これはきちんと物事を見ていたと言って良いのだろう。


 エマ王妃は報告書を畳むと机の引き出しに入れた。


「残念だけれど、縁がなかったわね……」


 エマ王妃は息子が気に入っていたらしいブルーナの事は知らないフリをすることに決めた。ラディウス自身も諦めているものを自分が穿(ほじく)り返す意味はない。放っておけば良いだろう。

 ラディウスは賢い。あの侯爵家の三人の娘達も退けたのだ。彼は自分にとって何が最善であるのかを分かっているはず。そう思うものの、少しの不安もある。わかっているのなら何故ルドヴィーグ家に通うのか……書庫で何やら話をしていると言うが、何を話しているのか……。


 何か決定的な事があれば苦言を呈する事もできるが、まだ何もない状態では言うに言えない。




 夜の空気は一段と温度が下がるようになった。

 ふとエマ王妃は東の空を眺めた。

 エリウスは今どこの空の下に居るのだろう。東ローマにはもう着いているだろうか? 彼の事だ、何事にも上手く対応するだろう。

 ただ、戦いには勝ち進む必要がある。戦いに勝つことで彼だけではなく、カトリックの世界でのこの国の功績にもなる。勝ち進めばの話ではあるが……小さな国が生き残る手段を思えば、それもまた仕方のない事なのだ。


「私は幸せなのだわ。ラディウスも、エリウスも己のやるべきことをよく分かっているのだから……」


 小さく呟き、エマ王妃は東の空の星に祈りを込めた。

 ルガリアードはこの突然湧いて出た戦乱の世の中で生き残っていけるだろう。だがそれにはラディウスの近辺を整理しなければならない。


「誰かいますか?」


 エマ王妃は声を上げた。暫くすると侍女が駆けつけてきた。


「お呼びでしょうか?」

「美しく健康な女性を探しなさい。できれば男爵家以上の女性がいいけれど、数人見つけたらわたくしが面接をします。絶対に必要な条件としては健康である事と美しい事、それから性格が穏やかである事、それだけは守って頂戴。頼みましたよ」

「……はい、承知いたしました」


 侍女は部屋を出て行った。

 健康で美しい女性が夜伽係としてつけば、流石のラディウスも断る事はないだろう。次に繋げるためにはどうしても必要な事であるのだから……。


ラディウスの母であるエマ王妃。

彼女の存在は大きいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なるほど…なるほど!唸りました!こういう墨の落とし方ですか!どう広がるか…楽しみです(唸り) [気になる点] 気になり過ぎです [一言] また伺います!
[一言] そうか…。 レティシアさんも公爵令嬢、しかもエマさんの親戚。 ふたりに面識があってもおかしくないですよね。 きっとブルーナの体さえ丈夫なら、ラディウスの妃として迎えるのに何の問題もなかった…
[一言] 健康な女性…( i _ i ) 仕方ないとはいえ、エマさまの立場ならそういう娘がいいよね。ブルーナは体が弱く、エレーヌは幼すぎる。うーん、しかしラディウスに夜伽係がつくのは嫌だあああ(´༎ຶ…
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