48 余話——セロアの街
誤字報告、感謝します!
今後も精進してい来ますので、よろしくお願いします!
エリウスは十字軍に選ばれた精鋭部隊の五十人を連れてセロアの街へ入った。
この街の北門は東ローマへ続く街道からは少し離れている。だが、中間地点であるこのセロアの街に寄る者は多かった。来るとすればここしかない。
エリウスがセロアの街に到着すると、西門の前に大勢の人が立っていた。市長以下彼らの瞳に宿るものは期待だ。
セロアの街は街道に近くて大きく活気があるが、至って平和な街だった。街道が近いために商人達は途中の停泊地としてここを訪れる。だが、先には大国の西ローマ、逆側は東ローマ帝国がある。そのため、ここでの商売は最低限行うだけで彼等は先へ進む。セロアはそんな街である。
羨望の眼差しで見られながらエリウスは馬を降りた。
「エリウス様、ようこそおいでくださいました!」
セロアの街の市長が笑顔で迎えた。民衆十字軍が来るとの知らせは、彼を不安にしかさせなかったのだろう。彼の笑顔には安堵の色が濃く出ていた。もしこの街の者が民衆十字軍に大量に参加したら……もし民衆十字軍がこの街に入ったら……もし食料を奪われたら……考える事は山のようにあったはずだ。
エリウスはその笑顔に応えるべく頷いた。
「出迎え、痛み入る」
「いいえ、私達は皆様を歓迎いたします。先ずは身体を休めて頂きたい。エリウス様は我が家にお泊まり下さい。そして他の皆様は街一番の宿を準備しております。どうぞこちらへ」
歩き出した市長について行きながら、エリウスは状況を聞いた。
「現状は今のところどうなのだ? 何か動きはあったか?」
「はい。まだ民衆十字軍については音沙汰はありません。このままここを通らず、街道を行ってくれたらと思うのですが……」
「それはなかろう……持ち出した食料がなくなる頃だ。ここで調達するのが一番良い」
「……そうですね」
市長は町の中心の方を見遣った。街の広場の中央には慎ましやかな教会が建ち、遥か昔から旅人の祈りの場となっていた。その周りには、旅人の疲れを癒すのに適した料理を出す宿屋や食事処が並ぶ。
「実際の所、街の住人は少し怯えております。十万人などという人数がここに押し寄せたことはありませんもので……」
「あぁ……そこは任せて欲しい。決してこの街に被害が及ぶような事はさせない」
エリウスの自信たっぷりの言葉に市長は頷いた。
「はい、勿論でございます。さぁ、参りましょう。まずは家へご案内いたします。少し身体をお休め下さい」
「いや、できれば先に門の様子を見ておきたい」
エリウスは馬の様子を見ながらその首元を軽く叩いた。
「そうですか、分かりました……では案内をさせましょう」
街の群衆を押し退けると、市長は近くにいた青年に声をかけた。
「エリウス様と御一行を北門まで案内を頼みます」
「はい」
部下の者は少年から大人になったばかりの線の細い青年だった。彼は真っ直ぐに信頼と情熱を持った茶色い瞳でエリウスを見つめている。
「北門は少し遠いので馬に乗っていかれた方がよろしいかと思うので、馬を取って参ります」
彼はキビキビとした態度で建物の方へ行こうとする。
「待て。君は私の部下に乗せてもらうと良い、セグルス!」
エリウスは後ろの部下に合図を送った。セグルスと呼ばれた側近は「はっ!」と声を上げると同時に少年にも指でこちらへ来いと合図を送る。
「では市長、悪いが先に北門の様子を見てくるので、失礼する」
エリウスはひらりと馬に跨ると部下の背に乗った少年の案内で北門へと急いだ。街の中は多くの人が出歩いて居たため、川沿いの道へ入りそこから大通りは通らず北門までの道を急いだ。
「あれが北門でございます」
しばらく進むと少年が前方を指差した。見ると北門が前方に小さく見えていた。
近寄ってみると北の門は意外と大きく、頑丈な石灰石を積んだもので、中には控えの門番の部屋もあった。
門の上から見ていた衛兵が慌てたように降りた。エリウスたちが到着すると護衛団の彼らはずらりと並んで開けた門の前に立っている。体が大きく腕っぷしの強そうな男が、一歩前に出ていた。
「ようこそおいで下さいました! 我々が北門の番をしている護衛団です。私は隊の長を務めさせて頂いている、リグスと申します!」
リグスは兵士間の挨拶の胸に手を当てた状態で、ビシッと背筋を伸ばした。しかし、緊張しているのか口を一文字に結び、鼻の穴が膨らんでいる。エリウスはそれをクスリと笑った。
「リグス、緊張せずとも良い。我らは君達と共にこの街を守ろうと思って来たまでだ」
「はっ! もったいなきお言葉——!」
リグスは完全に緊張していた。声が裏返る事は予期してなかったのだろう。本人は真っ赤になっている。エリウスは爆笑した。
「だから緊張するなと言っている」
大笑いをした後、震えながらいうエリウスに、リグスは赤くなったまま情けない顔を向けた。
「は……はぁ……も、申し訳ありません! 王族の方がこのセロアの街にいらっしゃるのは十数年振りなものでして……緊張が、こう、何と申しますか……頂点に達したと申しますか……」
「あっはっはっは!!」
エリウスはまた笑い出した。リグスは体躯は大きいが素直な人物らしく、情けない表情のままエリウスの前に立っていた。
一頻り笑った後は場の雰囲気が和やかになった。そんな中エリウスは一瞬で表情を変えた。
「現状を把握したい。門へ上がらせてもらいたいのだが……」
「はっ! こちらです!」
リグスは直ぐに真後ろにある階段を案内した。リグスはその階段を上がり始めた。その後を先にエリウスの側近が立ち、次にエリウスが続く。
門の上部は気持ちの良い風が吹いている。そこから眼下を見ると、野原に続く道が遠くまで見えていた。左側前方が西へ続き、右側が東へと続く。中央には道があり、その先の遠くの山裾には森がある。
「随分と遠くまで見えるのだな……」
「はい! こちらの地形が少し上がっておりますので、見晴らしは良いかと……」
「あぁ、休む必要のある者は草地で野営をさせれば良い。ここまで来たのだ、それ位の用意はあるだろう」
「はい、水瓶は門の外に並べますか?」
「そうだな、それが良かろう」
慣れてきたのだろうか? リグスはこれからやらなければならない事を、エリウスと打ち合わせ、部下に伝えていった。的確に部下に指示を出すリグスは、実に気持ちの良いさっぱりとした男のようだ。
それを目の端に留めつつ、エリウスは西の先を見つめたまましばらく動かなかった。近いうちに民衆十字軍はここへ来る。果たして彼らは暴動を起こさずに済むのか。
その日のうちにエリウスは二人の偵察隊を出した。実際に民衆十字軍がどのような状況なのかを知る必要がある。彼らは直ぐに西へと向かった。
その二日後、エリウスにラディウスからの手紙が届いた。民衆十字軍の数は言われているよりずっと少ない可能性があるという内容だ。
エリウスは眉を寄せた。何のために民衆十字軍の人数を増やして伝えたのか? その根拠も書かれてあり、納得はするものの偵察隊が戻らないと本当の所はわからない。今はただ待つしかなかった。
だが、確かに手紙の内容通りだとも思う。北フランスからここまでの各国の領民が出て行くとして、十万という人数になるためには数千人規模で動かなくてはならない。それを領主が許すだろうか?
エリウスは手紙をもう一度見た。ラディウスの周りにはこの事に気づいた者がいるわけだ。実に頼もしい限りだ。
「その人物を貸してはもらえぬかな……」
十字軍遠征にそのような人物がいれば遠征をうまく回すことができる。エリウスはそう思い、ここでの仕事を終えた後、ラディウスを訪ねることに決めた
それから三日後、偵察に放ったエリウスの部下の一人が戻って来た。民衆十字軍がどこまで来ているのか報せに戻ったのだ。
「民衆十字軍は明日の日没、ここに到着すると思われます。先導者はロバに乗った隠者ピエールという者です」
「隠者ピエール?……どのような者だ?」
「はい、北部フランスで司祭をしていたとの情報があります」
「司祭……司祭にしては行動が浅はかだと思うが……」
「噂なのでよく分からないのです。ただ、言えるのは元は修道士の服だと思われるボロを着ておりまして……事実は定かではありません」
エリウスはしばらく考えていたが、セグルスを見た。
「民衆十字軍の人数はどうだ?」
「一日走り、行列を見ましたが、後方はレウス山の麓まで長く続いておりました。ざっとした見立てでは十万もの人数はいないようにも思えましたが……わかりません。街道にも伸びておりましたので……」
「分かった。ご苦労だった……しばらく休め」
報告を聞きエリウスは部下と街の護衛団のリグスに、倉庫内のパンを移動させるように命じた。大量のパンは北門の中に運び込まれた。門から一番近い家々の住人達も移動させ、その建物にも大量のパンが運ばれる。
パンは毎日他の街から大量に送られてくる。これだけあれば、いかに十万人と言えども全ての人の手に渡るだろうと思われた。
それを見ていた街の住人達もいよいよ民衆十字軍が来たのだと緊張していたが、誰かれとなく手伝い始め、夜遅くまでその作業は続けられた。
次の日の朝には今度は大きな瓶が大量に門の外に並べられた。水瓶である。並んだ瓶に湧き水がなみなみと注がれ、準備は着々と進んでいる。そしてエリウスはもしもの場合を考え、セロアの街の女性や小さな子供、そして老人達は教会や修道院に避難させた。
いよいよ十万人の民衆十字軍がこの街にやって来る。そこ知れぬ不安は街の人々の心に宿っていた。
民衆十字軍は実際にあった事です。
興味がありましたら、調べてみてください。




