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4 舞踏会の様々な人々


 ブルーナは窓の外を見ていた。窓の外にはテラスがあって、そこにも植物が植えられているのが見える。

 あの場所は石のテラスのはずだ。そのテラスにどんな仕組みで植物があるのか興味が湧いた。ここからは花壇になっているのか、大きな鉢なのかもわからない。横に見えているという事は、大広間から出て、城の中を暫く歩く必要がありそうだ。それでも、ブルーナにはこの控室よりテラスに注ぐ春の光は暖かく見えている。

 

 暫くすると扉の開く音がした。そして数人の人が部屋に入って来た気配がする。ドレスの擦れる音と椅子に座る音。座った所で、お喋りが始まった。


「ねぇ、ラディウス殿下をご覧になった?」

「わたくしの所からは見えませんでしたわ。どのようなお方でしたの?」

「とてもとても素敵だったわ。涼しい目元の端正なお顔立ちが……あぁ、あのブルーの瞳で見つめられたら、わたくしなにもかも許してしまいそうになるわ」

「まぁ、そんな事……他の人の前では言っては駄目よ。破廉恥に思われるわよ」

「だって、本心ですもの。ラディウス様のお相手にわたくしを選んでくださらないかしら……」

「無理ではなくて? どうせあのローズ様がお相手なさると思うわ」

「……ローズ様ねぇ、あの方、見てくれは宜しいのだけど、性格に問題があるでしょう? あのような方と一日を共にすると……ラディウス様は嫌になると思いますわ? ご自分が有力貴族の出だから、自慢ばかり繰り返しお話しなさるんだもの」

「まぁねぇ、我儘ですしね。聞いていると本当に嫌になりますわね。誰かあの方にそのままでは鼻つまみ者だと教えて差し上げたらよろしいのに……」

「……誰も損な役割をしたがらないでしょうよ。自分に被害がなければ見ている方が面白いですもの」

「あら、貴女そんなこと言って、意地が悪いわ」

「何をおっしゃるの? お互い様でしょう?」


 二、三人のご婦人方は陰口に花を咲かせている。ブルーナは聞いていて辟易してきた。これが宮廷なのだ。人の事を言う前に、自分の姿勢を正せば良いものを……そう思わずにはいられないが、ブルーナは黙ってそれを聞いていた。聞いていると言うより、声が大きすぎて聞こえてしまうのだ。


——……うんざりだわ。


 窓の外のテラスを眺め、ブルーナは小さく溜息をついた。カーテンの向こうの人々は中々広間へ出ていこうとしない。ここを出て行きたくても、今ここから自分が出ていくと、彼女達の悪口を聞いていた自分が何を言われるのかわからない。今はジッとしていよう。そう思いながらも彼女達の甲高い声を聞いていると、ブルーナの気持ちは苛々としてくる。


——あぁ、嫌だ……。


「ねぇ、今日はラディウス殿下だけじゃなくて、エリウス王子もいらっしゃるし、リングレントのディオニシス王子もいらっしゃるのでしょう? 三人共ご自分の妃としてのお相手を探すのだそうよ。そろそろ広間に戻った方がよろしいんじゃ無いかしら?」

「まぁ、隣国からもいらしているの? それじゃあ、選ばれるのは三人という事?」

「そうよ、もしも……と言う事もありますものね。わたくし達も行きませんこと?」

「えぇ、こうしてはいられませんわ。行きましょうよ」


 三人のご婦人方は連れ立って出て行った。一気に静寂が訪れる。ブルーナは心底ホッとした。

 もしも、三人の王子達があの中の誰かを選んだら……ブルーナは天井を見た。見る目がない王子についていく家臣達は大変だろうと思う。国の崩壊にも繋がるかも知れない。それでも自分にはそうならないように祈るだけしか出来ないのだが……。


——私には関係ないから、どうでも良いけれど……。


 静かになった控室の中で、ブルーナはまた窓の外を眺めた。




 どのくらいそうしていたのかわからないが、気が付くと一人、二人と控室に入ってくる音がし、そのうち控室の中がザワザワと人の出入りが多くなってきた。


——……いけない、少しぼんやりし過ぎたわ。


 声を発する事なく、ブルーナは緊張してその長椅子に座っていた。エルダはどうしたのだろう。先程からどのくらい時間が経ったのだろう。気を抜き過ぎた自分を悔しく思いながらブルーナはそのままジッとしていた。


 その時、カーテンが引かれた。


「あら、ごめんなさい。人がいらしたなんて……」


 着飾った少し年配のご婦人が一人、そこに立って居た。


「座る場所がもうなくて……こちらに何かあるのではないかと思ったのだけど……」


 困ったように笑うご婦人にブルーナは貼り付けた笑顔を向けた。


「私も座りたくてここに居るだけですから……よろしければどうぞ」


 そうして席を立ったブルーナに少し年配のご婦人はニッコリと笑った。


「あら、貴女も一緒にお座りになって、カーテンは部屋の中が全部見えるように隅に引いてしまいましょう」


 そうして部屋の外にいた侍女に声をかけると、ブルーナが隠れるように居たカーテンを端の方まで引いてしまった。そこにあった二つの長椅子が(あらわ)になった。

 ブルーナはもうここが自分の場所ではなくなったのを感じ、少し端に寄った。それでもエルダが来るまではここから動けない。


 カーテンが引かれると、その窓側の二つの長椅子に気付いたご婦人方が次々と座り始める。ブルーナは端の方で居心地悪く座っていたが、先程の年配のご婦人が声を掛けて来た。


「貴女はこの舞踏会は初めて?」

「……はい」

「そう、だからそんなに緊張していらっしゃるのね」


 言葉は優しいが、夫人はブルーナを値踏みしているような目をしていた。さっきのエマ王妃と同じだ。


「そんなに緊張しなくても良いのよ。これから何度でもこの舞踏会に参加をなさって、ご自分のお相手を探さなくてはならないでしょう? 初めは誰でも緊張するものよ」


 いかにも面倒見が良いような言葉だが、ブルーナは嫌なトゲを感じた。何度でも……彼女はそう言った。今の自分では誰の目にも止まらないとそう言っているのだろう。遠回しの嫌味のように聞こえる。だがブルーナは従順を装い小さく「はい」とだけ返事をした。先程の三人のご婦人方の事もある。ご婦人方は怖い。何もかも噂するのだから……。


「可愛らしい方ね。大丈夫、貴女に似合う方がいつか現れるわ」


 ブルーナは心理を悟られないように少しだけ微笑んで見せた。

 誰もが誰かと結ばれることだけを考えて生きている訳ではない筈だ。それなのにこのご婦人はそれを強要する。彼女だけではないだろう。ある一定の年齢になると、老いも若いもお相手を探しに必死になるのだ。


 それを思うと、自分はもしかすると幸せなのかもしれないとも思う。父も義母もブルーナの好きにさせてくれていて何も言わない。別な方向から見ると、干渉しないという名の放置、または無視ではあるが、強制されるよりはずっとマシだ。


 その時また扉が開き、(きら)びやかな女性が控室に入って来た。その人を中心に取り巻きと思われる者達が周りを取り囲んでいる。


「あら、ローズ様だわ……」


 隣のご婦人が小さく呟いた。その名前を聞いたブルーナは、その女性が先程控室にいたご婦人方の話していた人物だろうと想像出来た。

 成程、美しい黄金色の髪を高く結い上げ、髪飾りを使って華やかに装い、他の者より一際目立っていた。服装も……ブルーナには流行りがよく分からないが、似合っていると言って良いのだろう。


 彼女は入って来るなり控室の中を見渡した。一部の座っていた者が立ち上がり、ローズの前へ行くと席を譲った。ローズは当然というようにその席へ座る。

 その姿から立ち振る舞いは気品があるが、力で人を捻じ伏せる人物のように思えた。

 

——この人がラディウス王子の妃候補かしら?


 疑問が湧き上がったが、他人はこのような女性を好むのかもしれない。


「あの方はリルデンシュ侯爵のお嬢様なのよ。お綺麗な方でしょう?」


 隣に居たご婦人がブルーナに耳打ちをした。


「えぇ、驚きました……」


 ご婦人はブルーナの答えを聞いて微笑んだ。別な意味での驚きだったのだが、ご婦人は勝手に良いように取ったようだ。

 ブルーナ自身は彼女を魅力的とも思えない。だが今この控室にいる者達の恐らく半分は感嘆の目で見ているようだ。


「ここのお水は果物の味がするのかしら?」


 みんなが見ている前でローズが取り巻きに声を掛けた。その声はコロコロとした涼やかな響きをしていた。


「どうでしょう? お飲みになります?」

「えぇ、お願い出来まして?」


 ローズがそう言うと一人が水差しからカップに水を注いだ。


「どうぞ、ローズ様」

「ありがとう、ごめんなさいね、貴女を使ってしまって……」


 ローズはそう言いながらカップを受け取りその水を飲んだ。何と言う嫌味たらしさなのか。多分彼女は自分の言葉が嫌味たらしいと言うのも気付いていないだろう。自分以外の者は全て下だと言わんばかりの態度と言葉。このような人が宮殿内に居るのだとブルーナは感心した。


「今度わたくしの家でお茶会を致しますの。その時に貴女もいらっしゃいな」

「嬉しいですわ、ぜひ伺わせてくださいませ」


 ローズとその取り巻き達が話をする中、ブルーナは下を向いたまま顔を上げる事が出来なかった。


「貴女もお茶会の参加をお願いして見たら如何(いかが)?」


 その時、隣で声がした。先ほどから隣に座っているご婦人だ。


「あ……いいえ、私はお茶会にはちょっと……」


 ブルーナはやんわりとご婦人に断りを入れ、隅の方で小さくなった。


 そのまま少しの時間、控室の中は人で一杯だったが、徐々に人が少なくなって来た。次のダンスが始まるのだろう。隣のご婦人も十分な休憩を取った後、ブルーナに挨拶をして大広間へと戻っていった。


 ローズはと言えば、関係なく取り巻きの者達と話していたが不意に立ち上がり、鏡の前で身嗜(みだしな)みを整え始めた。


 鏡は控室の入り口近くにある。大広間へ出る前の身嗜みのチェックのためだ。そのためローズがそこで陣取ると、入って来る者も出る者も邪魔でしかない。大きく迂回しないとならなくなるが……ローズは気にせず鏡の前から動かなかった。


 鏡の中の自分を色々な角度で確認し、ドレスを撫でつけ、髪を撫でつけ、化粧を確認し頬に赤みが指すように手で押さえつけている。この人は一体何をしているのだろうと思っていると、開いた扉から女性が一人入って来た。


 彼女は明るい金色の髪を美しく結い、白い肌を優雅なドレスで包み、美しいローズと対等に並ぶ程美しい顔をしていた。彼女は部屋に入るなり道を塞ぐローズに少し驚き、辺りを見廻すと柱を大きく回って来た。そして少し鏡の方を覗き込みローズが動かないのを確認すると、小さな溜息をついて水を置いてある方へ一歩足を進めた。

 その時、ローズが叫んだ。


「わたくしのブローチがありませんわ!」


 その場に居合わせた物が全て一斉にローズを見た。ローズは顔色を青くし胸元を抑えている。


「ローズ様?」


 取り巻きの一人が近付くとローズは振り向いた。


「今わたくしの一番近くにいたのは誰なの?!」


 その声にみんなの目が水差しに近づこうとしていた女性に注がれた。


「貴女! わたくしのブローチを返してくださらない?!」


 突然ローズは攻撃的にその女性に向かって言い放った。女性は目を丸くしたまま動かない。それはそうだろう。入って来たばかりだというのに泥棒呼ばわりされているのだ。


「わたくしのブローチを取ったでしょう? 鏡を見ていた時にはここにあったの!」


 ローズは自分の胸元を叩き、攻撃はなおも続いた。


「いったいいつ取ったのかしら? 返して」

「……わたくしは今入って来たんですもの、貴女のブローチなんて知りませんわ」

「嘘おっしゃい! 一番近くに居たでしょう? 貴女しかブローチに手が届かないじゃないの」

「わたくしはその柱を回ってここに来たのですよ。多分、貴女のブローチがなくなった時は一番遠くにいたのがわたくしだと思いますわ……」

「でもすぐに後ろへ来たではないですか! 返して頂戴。あれはお祖母様に貰った大切な物なの」


 女性はローズの攻撃を受けながら、周りを見廻し全ての目が自分に注がれているのがわかると大きな溜息をついた。


「皆さん、見ていらしたでしょう? わたくしがこの方に近づくことが出来まして?」


 ブルーナは同意しようとしたが、周りのご令嬢は賛同をせずにザワザワと囁き合うだけだった。


「ほうら見なさい。貴女に賛同する者はいなくてよ。わたくしのブローチを返して下さらないのなら衛兵を呼びますわ!」


 控室にローズの大きな声が響いた。


ブルーナは賢く機転の効く主人公ですが、少し頑固でもあります。

その彼女がどう変化していくのかみてくれたら嬉しいです。


そしてもし面白いと感じていただければ、評価をいただけると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] これから先どうなっていくのだろう。賢いブルーナはどういう風にこの場を裁くのか興味は尽きません。ブルーナに少しずつ惹かれていくアドリアン。きっとどこかで作品の中に登場するでしょう。
[良い点] この作家さんと作品の素晴らしいところ。それはこの舞踏会の場面からも充分に伝わります。なんとも華やかな舞踏会の場面においても。作者も主人公も雰囲気にのまれて踊らされてはいないこと。しっかり腰…
[一言] ローズうううううう!!!!なんて憎たらしい子!しかしこういう子がいるから盛り上がる…!!
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