3 すずらん祭の舞踏会
ついに舞踏会の日がやってきた。
朝の空気はまだ肌寒く冷たい風が吹いているが、陽の光は春に満ちている。この様子だと午後には気温も上がるだろう。
ブルーナはエルダが直してくれたドレスに着替え、髪を整え、化粧を施し、宝石を身につけると、知らない自分が鏡の中にいた。それなりに着飾ったエルダがブルーナの背後で溜息をついた。
「お嬢様……素敵です、とっても……」
エルダが目を潤ませながら呟き、ブルーナはその嘘のない褒め言葉に真っ赤になった。そんなに称賛を浴びる程の事ではない。ただ母のドレスを身にまとい、色々な宝石を身に付けただけなのだ。
エルダもレティシアのドレスを一枚、自分の為に直していた。これもルドヴィーグ伯爵の心添えだ。エルダは自分の薄い茶色の髪色に合わせ淡い藤色のドレスに身を包んでいる。
「エルダこそ綺麗だわ。女性らしいし、ドレスが本当に似合っているもの」
「私よりお嬢様の方が数段お綺麗です」
ブルーナとエルダはお互いを見ながら嬉しそうに微笑んだ。やはり心が浮き立っているようだ。
「出発前にルドヴィーグ伯爵様にご挨拶に行きましょう」
その言葉を聞いて、ブルーナは眉間に皺を寄せた。
「……行かなければ成らないのかしら?」
「それはそうですよ。伯爵様がご用意してくださったのですから。さぁ……お披露目をしてから出かけましょう」
気の進まないブルーナとは対象的に、エルダは少し嬉しそうに準備をしている。部屋を出るとエルダはブルーナの背後についた。
父の居る書斎へ続く廊下がいつもより短く感じる。それを不思議に思いながら微笑むエルダを尻目に、ブルーナは逃げ出したい気持を抑え扉を叩いた。
部屋へ入ってきたブルーナの姿を見た時、手紙を書いていたルドヴィーグ伯爵は持っていたペンを落としてしまった。その様子だけでも彼が驚いたのだとわかる。ブルーナは少し恥ずかしくなって下を向いた。
「ブルーナ……今日は顔色がとても良く見える……お前がそのドレスを選んだとはね……」
何度も瞬きをした後、伯爵はやっとそれだけを口にした。ブルーナのその姿を心から嬉しく思ってくれているのは目が潤んでいることで一目瞭然だ。
「父上……ドレスをありがとうございました……」
「お前によく似合っているよ……」
ブルーナの言葉に微笑んで頷き、伯爵は我慢が出来ずに目頭を抑えた。
「今日は舞踏会の雰囲気を楽しんでくるがいい……エルダ、後はよろしく頼んだよ」
「はい、お任せ下さいませ」
出口に向かう二人の後ろ姿に、伯爵が声をかけた。
「二人とも、もし誰かにダンスを申し込まれた場合は受けるのがマナーだよ。クルクル回って手を取るのだ。忘れるな」
その声は何処か楽しんでいるようにも聞こえ、振り向いたブルーナに父は笑いかけていた。
マナーの本にはクルクル回って手を取るなど書いてはいなかったはず。
ブルーナは、ふと幼い頃の父との時間が戻ったような感覚になった。真面目な顔をして冗談を言う父に、真意がつかめず、嘘だとわかるとよくしかめ面をして見せたものだ。
不意にブルーナがしかめ面をして見せた。その途端、書斎に朗らかに笑う父の声が響く。それは久しぶりに聞く父の笑い声だった。距離を置くようになってから、父がブルーナの前で笑い声を立てた事は殆どない。
不思議と今までになく心が弾んでる。
(舞踏会から戻ったら、舞踏会での出来事や思った事を沢山報告しよう……)
ブルーナは父の笑う顔を思いながらそっと母のドレスの袖口を握りしめた。
玄関に差し掛かると、小さな妹のエレーヌを連れたリリアナと出会した。上の階から降りてきた所のようだ。驚いたようにブルーナを見つめ、リリアナは何も言わない。だが、妹のエレーヌはブルーナの装いに喜びの声を上げた。
「お姉ちゃま! お姉ちゃま、綺麗!」
そして、リリアナの手を解くと、覚束ない足取りで階段を降りてこようとする。
「駄目よ! エレーヌ! 危ないわ!」
直ぐにリリアナがエレーヌの手を取り、その行為を止めた。
「いや! お姉ちゃまのところへ行くの!」
エレーヌはそれでも持てる力で掴まれた手を離そうとし、ブルーナの側に行こうと踠く。
「いけません!」
リリアナはエレーヌを抱き上げると、そのまま二階へ戻って行った。
泣き叫ぶエレーヌの声が玄関ホール一杯に響く。ブルーナはいたたまらない気持ちになり、玄関を出た。妹を近付けないように必死になるリリアナの気持ちが、何とも恨めしい。
(あの人は、私を毛嫌いしている)
折角膨らみかけた気持ちが、萎んでいくのを感じる。
「お嬢様の美しい装いをエレーヌ様が汚しては大変だと……リリアナ様は思われたんでしょうね」
エルダが俯き加減になるブルーナに声をかけ、外行きの厚手のコートを肩にかけた。
「……違うわ」
ブルーナはそれ以上言わなかった。今ブルーナは母レティシアのドレスを身にまとっているのだ。だからリリアナは気に入らないのだ。ブルーナは大きく深呼吸をした。これ以上嫌な思いでレティシアのドレスを穢したくない。
美しく装飾された外出用の馬車は、ブルーナとエルダを乗せ、一路王宮への道を進んだ。
ブルーナは窓の外を眺めながら、前回の外出の事を思い出していた。
あれはどのくらい前の事だろう。ブルーナはまだ幼く、馬車の中で父の膝に座り、たまに現れる灯りを目で追っていた。何の御用で暗い時間に出かけたのか覚えてはいないが、不安な心を忘れるように流れ去る松明の灯りに目を奪われていた。
片手で数える程しか外出の経験のないブルーナに取って、外の世界は不思議な空間に見えた。
今日は昼間の明るい陽射しの中を馬車は進んでいる。だが、心は平静を取り戻そうと苦労していた。
父が楽しんでおいでと言うのなら、その言葉に従おうと思いながら、ブルーナは溜息をついた。
木で造られた通りの支柱が、次第に石の洗練された支柱に変化して来た頃、エルダがブルーナに声をかけた。
「お嬢様、お城が見えて来ました」
反対側で窓の外を見ていたエルダが、カーテンを少し開け外の様子を見せてくれた。城には至る所に旗が掲げられ、ブルーナの瞳に映し出された城は幻想的な佇まいを見せている。
「綺麗ですね」
外の光が差し込む中、明るい陽の光に照らされたエルダの顔が輝いて見えている。
それを見ながらブルーナはふと自分の姿を思った。
エルダは女性らしい丸みを帯びた身体つきをしていて、豊かな胸元から腰のラインは曲線的で均整が取れている。それに比べて自分は……身長だけは伸びたが、痩せっぽちで胸元から腰までのラインもエルダに比べると平坦で直線的だった。
エルダが上手い具合にドレスのヒダをたっぷりと取ってくれたおかげで、痩せぎすな感じには見えなかったが、エルダの横に並ぶと貧弱な自分の身体が目立つような気がした。女性らしい体型を持つエルダとの五歳の開きは、おおよそ女性らしさに欠ける体型のブルーナには羨ましく映る。
(私ももう少し大人になれば、エルダの様に成るのかしら?)
ブルーナはまた小さく息を吐いた。
「フゥ……」
小さくついた溜息にエルダが振り向いた。
「緊張されていますか?」
「少しね……」
「嫌になれば控え室へ下がっていればいいのです。経験するだけで良いと言われていますから、気を楽にしていいのですよ」
ブルーナは苦笑いした。エルダはそう言いつつも真面目な顔になる。
「ただ……お薬はちゃんとお持ちですか? もう一度確かめて下さい」
エルダはブルーナのドレスに、もしものためにと小さなポケットを付けてくれていた。ブルーナがそのポケットをそっと抑えると、薬を入れている小さなケースの感触がある。掴んで振ってみると微かな音がした。
「大丈夫、ここに入ってる」
「私も持っていますから、安心ですね」
エルダの笑顔が救い主のようにブルーナの気持ちに寄り添って居る。それを感じながら、ブルーナは改めて城の姿を眺めた。
馬車の窓から見える城は、巨大な絵画のようで、ブルーナの住む世界とは別の世界の物のように感じ取れた。明るい陽射しの中、馬車は城内へ導かれるように入って行く。
城内にはすでに何台もの馬車が到着しており、城の大きな建物の玄関の前に整然と並んだ馬車から、着飾った客達が順々に降りていくのが見える。ブルーナは武者震いをして身体に力が入ったが、大きく息を吐くと静かに目を閉じた。
城の警備兵が御者に乗車して居るのはどこの誰なのかを尋ねる声が聞こえ、許可を得たブルーナの馬車のドアが開かれた。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「えぇ……」
エルダの声が聞こえた時、ブルーナの緊張は少し緩んでいた。どう繕っても自分は自分と言い聞かせて、ブルーナは馬車から降りた。
城に入るといたる所に召使が立っており、迷うことなく大広間に辿り着くことが出来た。
大広間は天井が高く彫刻で飾られ、薄暗い高い場所には昼間にかかわらず蝋燭が灯され明るい。宮廷に入る事が初めてだったブルーナは、物珍しげに見上げていた。
天井近くの明り取りの窓から陽射しが入ってくる。柱に施された美丈夫の彫刻は猛々しく、その隣の天使の彫刻はここからは小さく見えているが恐らく大人の男性の倍程の大きさに違いない。それらの幾つもある真っ白い石の彫刻は、陽の光で面白い影を見せている。
「お嬢様、こちらです……」
先を歩いていたエルダが振り向いた。夢中で見上げていたブルーナは感嘆しながらも落ち着いた様子でエルダの後につく。大広間に続く部屋が幾つかあり、その所々で先に来ていた参加者達が談笑し、城の従者達が動き回っているのが見えた。
「先に控室の確認をいたしましょう」
広間に入ると参加者の熱気を感じ、ブルーナは少し眉を寄せた。この中にずっといるのは苦痛だ。控室の状態によっては広間に出る事なく過ごしても良いのでは無いだろうか。エルダが従者の一人を捕まえ控室の場所を尋ねている。その姿を眺めながらすぐにでも家に帰りたい気持ちになっていた。
周りの着飾っている人々は優雅に微笑みながら談笑しているが、とてもその中に入る気にはならない。また小さな溜息が口から漏れた。
「お嬢様、こちらの先に控室がある様です」
控室は直ぐにわかった。扉を開くと程よい広さの部屋には誰もおらず、椅子とテーブルがいくつか並んでいる。壁側のテーブルの上には水差しとコップが並び、いつでも使えるようになっていた。
入って直ぐの側壁には鏡が設置されており、身嗜みを整えるようになっている。その奥にはカーテンが掛かり、覗いてみると長椅子が二つ置いてある。
成る程、ここで気分が悪くなった者が横になれるようになっているのだ。控室とはいえ、多くの人が利用するのだから、具合が悪くなる者が横になるのを、見るのも見られるのも双方が気が引ける。そこは配慮されているようだ。
「お嬢様、お水を少し頂きますか?」
顔を覗き込んだエルダがブルーナに声を掛けた。余程不安げな顔をしていたのだろうか……ブルーナは微笑んだ。
「まだ要らないわ。ここで休む事が出来るなら、早々に退出しても気にする人は居ないでしょうね」
エルダも笑った。
「だからと言って、気分も悪くないのにここに居るのはいけませんよ。舞踏会の様子を見てくるように言われているのですから」
ブルーナは肩を竦めた。本当はそう考えていたのだ。
「わかっているわ」
それから程なくしてルガリアードのオルファ王の挨拶と共に舞踏会が始まった。
招待された者は一人一人王と王妃の前に進み出て、お祝いの挨拶をするのだ。
ブルーナは初めての事に戸惑いつつも、習った宮廷の挨拶をこなした。
オルファ王とエマ王妃は威厳のある美しい人達だった。オルファ王は厳しくも優しげな眼差しでブルーナの挨拶を見ていたが、エマ王妃は微笑んではいるものの何かを図るような眼差しでブルーナを見ていた。
エマ王妃には息子である王子が四人いる。年頃の娘達をこうして舞踏会に呼んでは、自分の目で見て彼等の相手になる妃候補を吟味するのだろう。
ブルーナはエマ王妃の眼差しを視線を床に向ける事で躱す。
——私は、ただ失礼のない様に静かにしていればいいわ……。
そう思いながらブルーナは宮廷での挨拶を行った。
「ブルーナ・レティス・ド・ルドヴィーグに御座います」
エマ王妃は微笑んだ表情のまま、数秒間ブルーナを見つめている。その瞳の奥に何かが見えるような気がしたが、それを読み取る前にエマ王妃は次の娘の方へ顔を向けた。緊張が一気にほぐれていく。
「お嬢様、きちんと様になっておりましたよ。この一ヶ月で身に付けたとは思えません」
エルダが耳元で囁き、ブルーナは一つ難関を乗り越えた様な気持ちになり微笑んだ。
暫くすると、室内に音楽が流れ始めた。大広間の角の方に楽団がいるのだ。緩やかな流れの音楽が始まると、殿方はお目当の女性を探し始めるだろう。
ブルーナは出来るだけ壁に近い所へ下がると一息ついた。出来るだけ目立たないように、隅の方に身を置こうと動く。エルダは静かにブルーナの後を付いて来た。
「控室へ行きますか?」
「まだいいわ……広間の方々の踊る姿を見ているから」
広間の中心付近ではダンスが始まっている。色とりどりのドレスが舞う姿は壮観だった。
「……綺麗ね」
「そうですね……花畑のようですね」
二人は広間の中央辺りで踊る人々を遠くで眺めていたが、その踊りの輪が端の方まで広がり始めた。
「場所を変えた方が良いかもしれないわね」
そっとブルーナがエルダに言った時、一人の若者がエルダに手を差し出した。
「踊って頂けますか?」
「あ……いえ、私は……」
断ろうとしたエルダをブルーナは押し出した。
「断るのは罪よ、行ってらっしゃいな」
エルダは真っ赤な顔をしたまま引っ張られていった。誰もエルダが没落貴族の娘であるなど知らないのだ。少し愉快な気持ちになりつつエルダと目があうとブルーナは笑った。エルダの女性らしい仕草は、遠くからでもよく見える。
もしも許されるのであれば、エルダを見染めてくれる人が現れたら良い。ブルーナは素直にそう思っていた。
本来ならエルダだって参加して良いのだ。
少しの自由を自分の代わりにエルダに味わって貰いたい。恋心なんてまだ自分には分からないけれど、エルダは遅いくらいなのだ。
エルダは上手にお相手の人と踊っている。
エルダは綺麗だった。揺れるドレスが回る度にフワッと広がる。綺麗な腰の曲線に相手の男の人の手が添えられ、俯き加減のエルダは可憐な花の様に見えた。
——お相手の方は夢中になるわね。
そう思いながらもブルーナはエルダに見える様に控室の方を指差した。エルダがターンをした時ブルーナは首を振り手を挙げて見せる。一人で大丈夫。その合図をエルダは慌てた様子でブルーナを見ていたが、ブルーナは構わず歩き出した。
いつも付き添ってくれるエルダへのお礼の気持ちだった。折角着飾って出向いたのだ、ブルーナのお守りを少し外れて楽しんで欲しい。
広間の中央で踊る人達とは別に、隅の方では話をしている人達も多く、控室への道は遠く感じた。それでも人の間を抜け、漸く辿り着いた時には少し疲れが出た。
「混み合う中を行くのは疲れるわね……」
独り言ちてそっと控室へ入ると、誰も居なかった。始まったばかりの舞踏会から抜け出す者はまだ居ないようだ。
ホッとして壁際のテーブルの水差しからコップに水を注ぎ、椅子に座るとブルーナは一口二口水を飲んだ。
音楽が小さく聴こえていて、さっきより軽快な音楽に変わっている。コップをテーブルに乗せ、深く座り直すとゆっくりと目を閉じた。
舞踏会の雰囲気は確認出来た。後は時期を見て帰れば良い。暫くそこに座っていたが手持ち無沙汰に陥ったブルーナはカーテンの陰の長椅子へ移動した。
そこには窓もあり外の様子が見える。窓の外は城の中庭になっている様で、芽吹き出した草木が春の色に染まっていた。陽光も気持ち良く、音楽も心地いい。
舞踏会は忙しいけれど、こんな時間が持てるなら年に一度ここへ来るのも悪くは無い。もし来年も招待状が届くのなら、今度は本を持って来よう。
そう思いながらぼんやりしていると控室のドアが勢いよく開く音がした。
「ブルーナお嬢様!」
エルダの声だった。
「長椅子に居るわ」
声をかけるとエルダは勢いよくカーテンを捲り入ってきた。
「お嬢様! 私を一人置いて行くなんて……酷いです」
エルダは涙目になっていた。
「もう、どうして良いやら分からなくて、曲が終わったら逃げて来ました」
「あらまあ、お相手は置き去り?」
「知りません!」
余程慌てたのだろう、エルダの呼吸は早くなっていた。
「はい、ゆっくり息を吸って、ゆっくり吐いて」
ブルーナが悪戯っぽく声をかけると、エルダは言う通りに大きく深呼吸をした。そして恨めしそうにブルーナを見る。
「もう二度とあの様な事はやめて下さいね」
「ふふ……ドレスがフワッとしてエルダはとても綺麗だったのよ。貴族のご令嬢そのものだったんだから」
「止めてください、お嬢様」
「冗談では無いの。本当に綺麗だったわ……私は今日のエルダを忘れないわよ」
「……お嬢様」
エルダは複雑な表情になった。本来なら自分はただの付き人で、ブルーナが踊らなくてはならないのだ。壁の花となるだろう事を考え、エルダにもレティシアのドレスを着用するようにとルドヴィーグ伯爵に言われていなければ、決して着る事はないドレスなのに。
「エルダは私の侍女をしているけど、本当は男爵家の娘だもの。本来の貴女は今の貴女なのよ。それは決して忘れないで」
ブルーナの目が真剣にエルダを見ていた。エルダは俯いた。自分の家の事はもう忘れようと思っている。いくら思い出そうとしても、記憶の中の家族像はルドヴィーグ家の人々になってしまう。幼い時の別れは家族の恋しさを塗り替えていた。
「ねぇエルダ、ここから外が見えるでしょう? あの中庭へはどうすれば行けるのかしらね。建物の中より外の方が気持ち良さそう……」
不意に口を開いたブルーナは窓の外を見ていた。
「……壁伝いに行けば出口があるかも知れません」
「そうね……でも、探して歩くのは疲れてしまうわね……」
「庭へ出たいですか?」
「えぇ、でも寒いし……良いわ、ここで大人しくしている」
笑うブルーナにエルダも笑顔を向けた。
「コートを着れば外へ出ても大丈夫だと思います。外への扉を探して参ります。少しここにいて下さい。動いては駄目ですよ」
エルダはそう言い残すとブルーナが声を掛ける間も無く、カーテンの向こうへ行ってしまった。