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01 勇者召喚


 魔王城、とある一室……


 魔王は四天王を集め、召喚の儀式を執り行おうとしていた。


「それでは始めます」


 魔王……羊の角が頭に付いた美しい女性は、魔法陣の前に立ち、呪文の詠唱を始める。

 その詠唱は歌のように優雅で、皆を魅了する。


 四天王の一人、牛の角を持つ巨大な男はうっとりと聞く。

 四天王の一人、ライオンの(たてがみ)を持つ大男は惚れ惚れと聞く。

 四天王の一人、蛇の目を持つ細身の男は体を揺らして聞く。

 四天王の一人、卵の殻を被った男はウトウトして聞く。


 それから十分ほどが経ち、魔法陣から光が放たれると魔王は詠唱を止めて叫ぶ。


()でよ、勇者。そして魔族を救いたまえ〜」


 その言葉を最後に、部屋の中が強烈な光に包まれる。


 その時……


「キャ〜〜〜!」


 魔王から悲鳴があがった。

 四天王は何事かと目を開けるが、光に目を眩ませ、確認がとれないまま時が流れる。


「ちゅ〜〜〜」

「いや……やめてください……」


 光が収まって目にした光景は、全裸の男が魔王にのしかかってキスを迫っている最中であった。


「魔王様を助けろ〜!」


 四天王は呆気にとられたのも束の間、魔王の救出を急ぐ。

 しかし、男の力が強い。なかなか魔王から男を引き離せないでいる。


 そうして四天王が頑張っている中、魔王はある事に気付いたようだ。


「ちゅ〜〜〜」

「あの……いつになったら、私はキスをされるのでしょうか?」


 そう。男はキスを迫っていたが、ぜんぜん進んでいなかったのだ。


「すぐにだ。サシャと、ちゅ〜〜〜」

「えっと……誰かと勘違いしていませんか? 私はサシャと言う人じゃないですよ?」


 魔王の発言で、ようやく目を開けた男は顔をマジマジと見て、だらしない顔になる。


「俺がサシャの顔を見間違えるわけがないだろ。かわいいな〜。ちゅ〜〜〜」

「だから違いますって! それと、その……胸から手をどけて欲しいのですけど……」

「むね??」


 男は魔王の胸を、モミモミとしてから飛び退く。


「だ、誰だ! お前はサシャじゃないな!!」


 男の言葉に、この場にいる全ての者は、こう思ったらしい。


 それでわかるの?


 と……



 トラブルはあったものの、魔王は気を取り直して、マントを羽織った男に語り掛ける。


「勇者様。突然の召喚で混乱しているようですね。勇者様には魔族を救っていただきたく召喚した所存です。私の名は、第三十三代魔王の……あの? 聞いていますか?」

「サシャ、サシャ〜!」


 魔王が丁寧に挨拶をしていたが、勇者はサシャと叫び続けてまったく聞いていなかった。


 それからも、やっと魔王を倒してサシャと結婚できるところだったと泣き出したと思ったら、サシャ自慢を小一時間聞かされて、魔王達は「こいつ、本当に勇者か?」と、疑いを持つ。


 ようやく言葉が切れたところで、勇者の話に疑問に思っていた魔王が割り込む。


「ちょ、ちょっと待ってください。サシャさんって妹さんですよね? 勇者様の世界では、兄妹で結婚できるのですか?」

「いや、今回は特例だ。フフン。魔王を倒した報酬で王様がしてくれるってなったんだ〜。でも、もう会えないんだ……うわ〜ん」


 勇者は饒舌(じょうぜつ)に話をしていたが、現実を思い出して号泣する事となった。

 魔王はその姿を哀れみ、優しく語り掛ける。


「愛するサシャ様と引き離してしまい、本当に申し訳ありません。朗報になるかわかりませんが、魔法陣に魔力を溜めれば五年後には帰れるので、一生の別れにはならないかと……」

「本当か!? でも、五年も……」

「申し訳ありません! 勇者様にはお詫びになるかわかりませんが、偶然、私はサシャ様に似ているのですよね? ですので、魔族を救ってもらう代わりに、私が五年間、勇者様の妻を務めさせていただきます。勇者様の好きなようにしてください」


 魔王の言葉に四天王が大反対する。それも、結婚を申し込みに来た男を追い返さんばかりのお父さんのような怒りよう。

 魔王はその反対を、魔族の為を思って強引に黙らせ、四天王は怒りから涙に変わる。

 そうしていると、何やら空気を揉んでいた勇者が誰にも聞こえない声で呟く。


「と言う事は……巨乳で優しい理想の妹が手に入るのか……」


 かなり不穏な考えであったが、心は決まったようだ。


「わかった……」

「本当ですか!?」

「その代わり、俺の事はお兄ちゃんと呼べ!!」

「「「「お兄ちゃん??」」」」


 すぐに結婚の話になると思っていた皆は、一斉に首を傾げる事となるのであった。




 いちおうは、勇者が魔族を救ってくれる事となったので、会議は明日に開くと宣言して解散となった。

 ここ、魔王城と呼ばれるログハウスには、魔王と勇者だけとなり、さっそく魔王は勇者に()くそうとする。


「お兄ちゃん……あ〜ん」


 新婚夫婦のように甘々な雰囲気で夕食が始まり、勇者も口を開けて食べ……


「あ〜……あ! やっぱり自分で食べる!!」


 魔王から食べさせられるのは好みじゃなかったようなので、ガツガツと食べる勇者。

 食事が終わればお風呂。勇者から一緒に入ろうと言われて魔王は恥ずかしい気持ちを押し殺して入る。


「あの……私はそんなに、見るに()えない体なのでしょうか……」

「そ、そんな事ないよ〜。いいお湯だな〜」


 まったく目を開けようとしない勇者に、涙目でお腹をプニプニする魔王。

 なんとかお風呂を済ませた二人は、勇者の提案で寝室も一緒なのだが……


「どうして床で寝ているのですか……」

「こっちの方がよく眠れるんだ。おやすみ〜」


 思ったよりヘタレな勇者は早々と眠りに就き、魔王は自分に女の魅力が無いのかと自信を無くして眠りに就くのであった。



 その深夜、勇者は目を覚ます……


(眠れない!)


 いや、どうやら一睡も出来ずにいたようだ。その理由も、本物の妹とは違うが、最愛の妹に似た魔王と距離が近く、緊張してしまって眠れないようだ。

 緊張のせいで、自分の思い描いていた妹生活が出来ない事も、眠れない理由のひとつのようだ。


 それから勇者はなんとか朝方に眠りに就き、すぐに魔王の起床となった。


「きゃっ」


 魔王はいつものように目覚めたのだが、足元にある何かを踏んで驚いた。


「サシャ〜!!」


 勇者だ。勇者の顔を踏んでしまって驚いていたのだが、何故か名前を呼んで起きた勇者に、魔王は不思議に思う。


「おはようございます。でも、朝からどうして叫んでいるのですか?」

「ん? あ、ああ……サシャがたまに俺を起こしてくれる起こされ方をしたから、嬉しくてな」

「嬉しい? ……まさか、妹さんに踏まれて起こされていたのですか?」

「おう!」


 恍惚(こうこつ)な表情で返事をする勇者。ドン引きの魔王。それでも魔族の為に、乗り越えなければならない試練だ。


「では、毎朝踏ませていただきます……」

「う〜ん……揺すって起こしてもらうのもいいかもな〜。あ! あと、口調!」

「口調ですか?」

「ちょっと、『ウチは最強だしぃ!』って言ってみてくれないか?」

「う、うちは…最強だ……しぃ」

「何かが違うな〜……敬語もかわいいから、それでいっか」

「は、はぁ……」


 勇者の要求は、結局自分で却下していたので、魔王は空返事しか出来なかった。



 それから二人で朝食をとるのだが、勇者には不満があるようだ。


「昨日の夜も野菜ばっかりだったけど、獣の収穫量が少ないのか?」

「いえ。魔族は基本、野菜を好んで食べるので、お肉の消費量は極端に少ないのです」

「そうなのか。でも、ライオンみたいな魔族がいたじゃないか。そいつには足りないんじゃないか?」

「レオンさんも野菜が大好物ですよ。そもそも……」


 魔王は魔族がベジタリアンになった理由を語る。その話は千年前にも(さかのぼ)り、当代の魔王が勇者に倒された事から始まる。

 その勇者は、魔王を倒した後、当時戦争をしていた魔族と人族の和解に走り、魔王の娘と結婚したらしい。

 その過程で、肉ばかり食べている魔族に野菜を勧めたら、気に入って生産を始める。しかも野菜を食べる事によって、魔族は穏やかな生き物に変貌したようだ。


「ふ〜ん……じゃあ、サシャは勇者の子孫なんだ」

「サシャ?」

「あ、名前はなんて言うんだ?」

「お兄ちゃんがサシャがいいなら、サシャと呼んでください」

「わかった!」

「えっとそれで……あ、私は勇者様の子孫です」

「子孫でも、角は健在なんだな」

「角は魔王の威厳を出す為に被っているだけですので取れますよ。ほら」


 魔王は羊の角を取って見せる。


「あ! 本当だ……サシャはコスプレ姿もかわいかったんだな〜」


 勇者は驚くどころか、褒めちぎっているけど、それでいいのか?


「まだ少し特徴は残ってますが、他の魔族や魔物も、人族と似たような姿になってますよ」


 特徴と言っても、ゴブリンは肌が若干緑がかった小男で、オークも豚鼻なだけで人族とさほど変わりはない。



 それから魔王が魔族の事を説明していると、四天王がダイニング兼会議室に入って来て、魔王に挨拶をしてから円卓に着く。


「それでは、会議を始めます」


 魔王の開始の合図で魔族の苦難を勇者に説明する。


 この土地は海に囲まれた楕円形の形をした島で、東を人族が住む人界。西を魔族の住む魔界。その中央には大きな森があり、両者は接触もなく住み分けがされている。

 千年前に結ばれた不可侵条約に(のっと)り、魔族も人族も、どちらの土地にも侵入した事は無かったのだが、三ヶ月前、突然人族が魔界に攻め込んで来た。

 魔族は戦う事もせずに逃げ惑い、湖を挟んだ向こうにある町をみっつも落とされてしまった。

 そして現在、最前線の町に、二万の魔族を配置して、数の優位でなんとか進軍が止まったようだ。



 魔王をうっとりした顔で見ていた勇者であったが、ちゃんと話を聞いていたのかと言われ、慌てて質問する。


「ま、魔族はどうして戦わなかったんだ?」

「先ほどお話した通り、私ども魔族は穏やかな種族となって、千年平和に暮らしていたので戦い方を忘れてしまいました。ですので、勇者様には先頭に立って戦ってもらい、なんとか和解に漕ぎ着けて欲しいのです」

「え……」

「どうしたのですか?」

「俺も戦うのか?」

「はい。その為に召喚したのです」


 魔王から役割を聞いた勇者は、意外そうな顔をして、次の言葉を発する。


「実は攻撃が出来ないんだが……」

「「「「は??」」」」

「魔王を倒す旅でも、敵は全て妹が倒していたから、俺は何もしていないんだ」

「「「「ええぇぇ〜〜〜!!」」」」


 勇者の発言で、一同、驚愕の声をあげる。

 そりゃ戦えない魔族が呼び出した勇者が攻撃の出来ないハズレなのだから、叫ばずにはいられないのであろう。


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