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名もなき国 国なき民  作者: 三土余暇
第二章 国なき民
9/14

6 祈り


「この家は単純な拒否の意志で守られている。ゆるい結界だが、お姫様が手勢を連れていたら、迷うどころか近づけなかったはずだ」

「え、なにそれ試したの?」

「当たり前だ」


 明日も来ると言っていたシオンだが、さらに翌日の夕刻になっても現れなかった。

 一度兵舎へ戻ろうと思ったランブレッタが裏庭へ出たところで、柵の向こうの細い路地に、馬を引きながらしょんぼり歩くシオンを見つけたのだった。


「いいんだラブ、こうして迎え入れてもらえたのだから、合格という事なのだろう?遅くなったが約束通り、ここや君たちの事は伏せた上で父に話を聞いてきたのだが…」


 シオンは、まだ眠ったままらしい怪我人のほうを見て、カマロに言外の問いを向けた。。


「かまわない、聞かせてもらおう」

「――あの方はマドゥカの王ロメオ殿。母君がわが国の王女なので、私には従兄弟にあたる。祖父である国王に会うためにキュージーンを訪れていた」


 ロメオ王は床に寝かされていて、自分たちも一昨夜のようにダイニングに移動することはなく、居間に直接腰を下ろしている。行ったことはないが、戦場の野営のようだとシオンは思った。


「これは父にも知らされてはいなかったそうだが、国王はマドゥカの王家に残る伝承により、かの国の民こそがヒラギの民の末裔であると確信しておられた。そして、マドゥカを併合することで、その異能の力を新たな戦力として取り入れる――それこそが本当の目的だったとの事だ」

「なるほど、領土が欲しいだけならとっくに攻め込んでいるだろうからな」


 カマロの言い方に少しムッとしながらも、話を続ける。


「しかしロメオ王は異能についてしらを切り、併合に同意しなかった。支援を受け、和平を望みながら協力はできぬというのだから、反意ありと受け取る他はない」

「そちらの理屈はそうだろうが――」

「決裂した以上どのような反撃を受けるか知れない相手だ。容赦なく打ち滅ぼす必要があったのだ!」


 全く同じ言葉をシオンは昨夜、王太子から聞かされていた。言い訳めいているとそのときも思いながら、仕方がないと納得した。

 ただ、いま話しているのも、その”容赦なく滅ぼすべきヒラギの民”であるということには思い至っていない。


 カマロは少し間をおいて、静かに口を開いた。


「反撃などしない。逃げるだけだ。

毒矢をくらっていても仲間に危険を知らせるくらいは出来る。なのにマドゥカという国はみすみす滅ぼされた。

わからないのはそこなんだ、王様―――」

「―――?!」


 カマロの視線を追って、シオンもランブレッタも横たわるロメオ王を見る。



「……信じて頂けなかったのだ。

私も、我が民たちにも、特別な力など何も…そなわっていないと、申し上げたのだが――」

「ロメオ様っ!」


 かすれて途切れがちな声で話しながら起き上がろうとするロメオのもとへ、ランブレッタが駆け寄って行く。


 手助けを、と伸ばしかけた手を途中で止めて、手近にあったブランケットをロメオに被せ、その顔を隠した。



「すまない…、すべて夢であればよいと思っていた…」



          ◇



 謁見の間には、きらびやかに並ぶ近衛騎士の陰に潜むように、毒矢を装備した暗殺部隊が配置されていた。

 ロメオもマドゥカの武官たちも、その気配には気付いていたが、まさか自分たちを狙うものとは思っていなかった。

 剣は前室で預けたまま、騎馬はカレンの宿屋に置いたまま、何より逆賊として追われる確たる理由もわからぬままに逃げ、朦朧として覚束無いが、おそらく山づたいに南を目指していたはずだ。

 そして、十日ほども経ったころ従者が、ようやく”神域”の山の煙が見えたと言い出した。


 王宮から、王都から出る時と更に何度か、従者たちは身を挺して、あるいは追手を逸らす囮として、ロメオのもとから一人ふたりと減っていき、このとき残っていたのは医術の心得があるという青年文官がひとりだけだった。

 彼は、別れた者たちとも合流して皆で故郷へ帰れるのだと、嬉しそうに何度も何度もくり返し言いながら息を引き取った。どうやら体をかすめた小さな矢傷に気付かず、すでに全身を毒に侵されていたらしい。

 そこはまだ、往路で立ち寄った宿場町の少し手前で、山の向こうの荒野の、さらに果てにある火山の噴煙が、見えるはずもなかったのだから。


 越えられぬ山の中で従者を看取りながら、ロメオは国を預けてきた異母弟(おとうと)ルミエルを想った。

 神はいないとルミエルは言うから、神ではないものに祈る。


 我が民らとともに、我が魂も、我が国へ―――。




 祈りにはすぐに応えがあった。


 どこからか現れた黒髪の少年カマロによって、この”家”に連れて来られてからのことは、おおかた夢として覚えている。

 なぜか従姉妹の姫騎士シオンがいて、隣室でカマロと話していたことも聞こえていたし、カマロの妹ラブが自分に何かを施すのも、目は閉じていたのに見えていた。

 ラブは自身の左の小指を小刀で傷つけ、その血で右手のひらに何かの文様を描いた。その手をロメオの胸のちょうど心臓の上に押しあてる。すると、見たことのない何処かの風景が、まるで今その場にいるかのようにロメオの瞼に浮かび上がった。


 見渡すかぎり熊笹の生い茂るなだらかな山の頂を、強い風が吹き抜け、背後に目を向けると、紺碧の空には雪を冠した急峻な峰がそびえている。

 冴え冴えとして美しく、少しおそろしいような景色にしばらく見入っているうちに、いつの間にか矢傷や全身の痛みがあとかたもなく消えているのだった。


 キュージーン国王の言っていた異能の民とはこの子たちのことなのだと、得心しながらも現実のこととは思えなかった。


 ――いや、現実と認めたくなどなかったのだ。



          ◇



「つまり、マドゥカは俺たちと同じ祖先を持つ同族には違いないが、チカラを持たない。おそらくはずっと昔に失われてしまっているということだろうか…」

「国王の誤解だった…!あるいはヒラギの民の秘匿体質がもたらした、とんだ行き違いじゃないか!」

「他民族の生き方にケチをつけるな!たとえ脅されようと、俺たちはどこの国の戦にも加担しない!」

「ずいぶん打ち解けたよね。ふたりとも」

「「はぁ?!」」


 とくに意図したわけではなかったが、三人の掛け合いを見たロメオの表情が少し和らぎ、それぞれが安堵の息をついていた。


「とにかく、これ以上ロメオ殿が追われる理由はない。父に保護を求めて、陛下との仲立ちをしていただくのが良いと思う」

「それはできない」

「何故―――!」


 何故かと問うてしまってからシオンは、キュージーン王がロメオにとって(かたき)でもあることに気付き、言葉をとだえさせた。


 だがロメオは、そうではないと首をふり、穏やかに続ける。


「私は帰らねばならない。

国を任されながら、守るどころか失ってしまった。その罪から逃れることはできない」


 即位の日からひと月後…ルミエルの十八歳の誕生日までには必ず帰ると約束した。

 その証にと持って来た髪飾りは、丈夫な組紐に通して今も首から下げている。着ていた衣服やその他の装飾品はまとめて枕元に置いてあるが、それだけは外されていなかった。


「うん、行こうロメオ様!今ならまだ間に合うし」

「待て、ラ―――」


 ランブレッタは服の下にぶら下げている巾着袋から、中のものを取り出し指に嵌めた。


 それは表面に小さく模様を彫り込んだ翡翠の指輪で、ロメオが持つルミエルの髪飾りによく似ていた。


 

 


 

 












  



 



          





 





 

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