5 キュージーン
マドゥカの王ロメオは、初めて目にする他国の事物に圧倒されるばかりだった。
一日半ほどの船旅を終え上陸したハノーラという港町は、降り立った地面に敷かれた石畳から建物の壁や屋根の色まで、一定の基準をもって統一されているし、居並ぶ出迎えの兵士達にしても見事に統率がとれていて美しい。
港から、町の北辺の丘に建つ城までは、馬車数台が並べる程に広い大通りが真っすぐにのびていて、それを中心に街並みは規則的に展開している。
ただ、温暖な気候ながら雨が少ないらしく、町の半分以上が軍事施設ということもあってか、花や緑がほとんど見られないのが寂しく思えた。
唯一、心を慰撫するに足りるのは、船旅の間もずっと見ていた”神域”の山――こちらでいうポンティアック火山――が、方角や距離は違えど今も健在な姿を見せていることだろうか。
見知らぬこの地も、”神域”から祖国へつながる同じ大地の上にあるのだし、こちらの人々も祖国の民と同様に、自分とは半分血がつながっているのだから。
「私の母も、元は同盟国ファルーダの出なのです」
そう明かしてくれたのは王太子の三女である女性騎士だった。
「王族の身で騎士などしていては、いずれ輿入れ先で恥をかくなどと姉たちによく言われます。でも、この町を守る騎士団の仕事には誇りをもっていますし、ドレスや茶会よりこのほうが好きなので」
今は剣を差していないが、腰の剣帯をポンと叩きながら彼女は語る。
「いやいや、茶会ではいつも主役だと聞いておるぞ、シオンよ。王宮の侍女の中には近衛騎士よりわが娘の嫁に来たいと言い出す者もおる始末で」
「また、そういう余計な事を…」
横やりを入れてきたのは彼女の父であり城主である王太子、ジル・キュージーン。
豪胆かつ知的、国に並ぶ者なき剣豪で、戦においてもいまだ負けなしの名将だと聞いていたが、目尻を下げて娘と小競り合いを演じているところなどは、いかにも良い父親といった風情である。
「だからの、ロメオ殿ほどの美男子であれば、シオンの取り巻きのおなご達も文句のつけようがないと思うのだが」
「申し訳ないロメオ殿!すべて父の妄言ゆえ聞き流してもらえると有り難い!」
「そうですね…、今の私では若輩に過ぎましょう。 シオン様にはご自身の志に従って進まれる先に、きっとふさわしい方との出会いもある。例えば、御父君のような」
「おお!そう言われると、照れてしまうなぁ」
「やめて下さい…」
晩餐会はロメオの従者達や、王都へ同行するハノーラ騎士団も交えた立食形式にて、なごやかに行われた。
ハノーラの城は居城ではなく、今回のように客があるときや、王太子が滞在中にのみ使われるそうで、王太子にはシオンの他に二男二女があるが、長女と次女はそれぞれ嫁ぎ、長男一家は領地の政務を担って領都ブランに、まだ幼い次男と王太子妃は王都に暮らしているとのことだった。
ハノーラの西門から出るとすぐ目に入るのは大河の河口、その対岸にあるのが王太子領の領都ブランだが、王都へは大河沿いの街道をまっすぐ北上するだけなのでそちらへは寄らず、翌日より騎馬二十五騎を従えた馬車の旅となった。
途中、王太子領に属する三つの町と、王領の都市に宿を取り、王都へ着くのは五日後になるという。
二つ目までの町は、国の東の端に位置するために守りに重きを置いているのだろう、手前には関所があり、ハノーラと同様に外壁を巡らせた、ものものしいつくりになっていた。
町の外は所々に丘や雑木林などがあるだけの荒野だが、河の向こうに目を転じると、緑豊かな農地に集落の点在するのどかな風景が広がり、その違いがはなはだしい。
三つ目の町は、西へせり出したヒラギ山脈によって荒野が途絶え、山と河とに挟まれた自然の関所のような所を越えるとすぐの、賑やかな宿場町だった。
街道はここでいくつかの方面へ分岐し、河には橋や船着き場に市場もあって、交通や物流の要所になっているようだ。
そして、これより先は王領の広大な穀倉地帯がつづき、大河に沿ってそれをさらに北へ抜けた所、国の最北の山地を背負った扇状地に、王都キュージーンはある。
大国の多様な姿にまたも圧倒されながら、四日目の夜に、王都手前に隣接するカレンという町の宿に着いた。
ここからまず、使者が王宮へ先行して来訪を伝え、国王からの迎えの馬車が遣わされるそうだ。
建国当時から続く古都、思っていたよりこじんまりとしたその都市におられる祖父、キュージーン国王とはどんなお方なのか…。
「異能の民の王よ、よくぞ来た。まずはその力を示せ」
―――それが、ロメオがキュージーン国王から最初にかけられた言葉であった。