4 シオン
シオンがハノーラの港にてマドゥカの王と従者の一行を出迎えたのは、半月ほど前のことだった。
従者は武官が十名と文官が五名のみ、女性もいるが王の世話をする女官や侍従は連れていない。
王はまだ十八歳、即位したばかりであると聞く。気品ある振舞いや話し方からは、若さに似合わぬ落ち着きが感じられるのだが、無駄なく鍛えられた身体も、彫像のように整った容貌も、生気にあふれ輝くばかり。
なにより、亡きジュリア王女の面影が確かに残っている―――。
シオンにとって最も年若い叔母であるジュリア王女は、姫君でありながら馬や剣術をたしなむ活発な一面を持っていて、幼いシオンは始終彼女にまとわりついては、剣術ごっこをして遊んでもらったものだった。
騎士に憧れ、母や姉たちの言う「王族としての嗜み」や、もっと単純に「女の子らしさ」などになじめなかった自分を肯定してくれた王女は、シオンの理想のひとであり、今の自分の在り方の原点でもあるし、互いに唯一の理解者ともなり得たと思っている。
彼女が、名前も知らないよその国へ嫁がされたあげく、帰らぬ人となったりしなければ…。
マドゥカの王ロメオは、そのジュリア王女の忘れ形見だ。
シオンは初め、この美しい従兄弟が王女の命を奪ったものの象徴、あるいは王女の存在を捻じ曲げたものであるように感じていて、会うのがとても嫌だった。
けれど、世話係として何度か言葉を交わすうち、意外に気さくでまっすぐな彼本人の人柄に、少しずつ好感を抱くようにもなっていった。
ロメオ王のこのたびの来訪は、主国の王であり祖父であるキュージーン国王、オザム・キュージーンに王位継承の挨拶をするためである。
その日は一行を城へ案内し、王太子主催の晩餐にて旅をねぎらうという段取りで、翌日には彼らは、王太子率いるハノーラ騎士団の先導により王都へ向けて出発する。
帰りに再びハノーラを訪れたときには、もう少し心を開いて迎えることもできるだろう。そう思いながらシオンは彼を見送ったのだ。
しかし―――。
ロメオ王は、キュージーン国王に謁見する際には、第一に両国の友好な関係の維持を、そして許されるなら、同行した武官と文官のうち数名を、王都に残して学ばせることを願い出たいと言っていた。
だがキュージーンは、属国マドゥカを近く併合するつもりである。王族と血縁を結び、長きにわたって支援を行ってきたのは、彼の地が大陸東部へ侵攻するために必要な拠点となるからだ。
もしもロメオ王がそれに従わないならば、国王はマドゥカを武力でねじ伏せるだろう。
王都から逃亡した咎人がロメオ王であることを知って、シオンは単にそう考えていたのだが、毒矢まで用いて抹殺しなければならない程の反逆とは、一体どのような経緯によるものなのか。
国王は国取りのためなら、我が子も孫も容赦なく道具にするような人物だが、かつていちど他国の手に落ちた王都を、民衆を率いて奪還した英雄でもある。戦で負かした国からも使える人材は登用するし、反逆しないかぎりはむやみに民を虐げたりしない。
なのに人口一万にも満たぬマドゥカに対し、二千もの兵で徹底的に討ち滅ぼしたとの事だ。
そこまでする理由とは何なのか。
それを知るには、謁見の場にも同席したであろう父、王太子がハノーラへ戻るのを待たなければならなかった。
シオンのジュリア王女との思い出の部分に少し加筆しました。