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名もなき国 国なき民  作者: 三土余暇
第二章 国なき民
6/14

3 異能の民

 「俺たちは、お姫様からすれば異民族だ。どこの国にも属していない」


 ダイニングには大きくがっしりとした木のテーブルセットが置かれている。

 カマロは二人分のお茶をテーブルに並べて、シオンの向かい側の椅子に座った。


「まさか、ヒラギの民なのか?あの、異能の力を持つという…」


「昔、今より国がたくさんあって、何処もかしこも戦場だった頃からそう呼ばれるようになったそうだ。戦を避けてヒラギ山脈の峰から峰へ、渡り歩く生活だったらしい。

今は街に暮らす者のほうが多いが、定住せずに家族単位で移動するのは太古の昔から変わらない。

人間の種族では最も古い血族だ」

「本当にいたとは――」


 シオンはダイニングと続きのキッチンをこわごわ見回した。

 城と兵舎しか知らない彼女には分からないが、どう見ても普通の民家の台所である。

 出されたお茶はきれいな色で良い香りを立てているし、読めない文字で書かれた書物や怪しげな薬草や、おどろおどろしい色の何かを煮ている大鍋などはどこにも無い。

 噂で聞くヒラギの民とは、人の世界を追われて不毛の山地や北の果てに隠れ住み、魔術や異能の力で人を惑わす蛮族なのだそうで、どうせ作り事だとシオンは思っていた。


「異能うんぬんは人によるが、ランブレッタは特別だ。

大昔の祖先は手も触れずに物を動かしたり、病を癒したり、空を飛んだりもしたというが、それに近いチカラをあいつは持って生まれた。

ただ、うまく御せずに持て余しているというか、ほぼ失敗というか…。

お姫様も巻き込まれたんならひどい目にあっただろう?」


 練兵所で夜遅くまで書類仕事をしていたシオンは、帰りがけに女子兵舎のそばで人影を見た。確認のため近付いてみると、突然の強烈な偏頭痛とともに視界が暗転し、気が付けば先ほどの部屋に倒れていたのだった。

 そして、その部屋では今、ランブレッタが怪我人の治療を行っているらしい。


「みたところ医師の使うような道具は何も無かったが、もしかしてその――」


 ほぼ失敗する異能でもって手当てするのだろうか…。

 不安になって、ドアのないダイニングの入口を横目で見たところへ、ちょうどランブレッタが入ってきた。


「はぁ…つかれた」

「ラブ!あの方は…!」


 ランブレッタはカマロの前にあったお茶を飲み干し、だらしなくテーブルに上半身を投げ出す。


「―――ふぅ、矢傷はともかく体の中に入った毒は抜けなかった。たぶんほんの少しだけど、油断はできないかも」

「毒?!」

「応急処置はしてあったようだ。連れの男が一人いて、そっちは見つけたときにはもう、こと切れていたが」

「そう…」


 テーブルに伏せたまま顔をシオンのほうへ向けると、シオンは何か考え込んでいるふうだった。

 姿勢を正して向き直り、シオンに問いかける。


「シオン様はあの人をご存知なんですよね?」

「ああ、あの方は…、いや、少し確認すべき事がある。その後で…、明日の夜にもここへ来て良いだろうか?

他言はしないと約束する」

「いいですよ」


 歯切れの悪いシオンにあっさりと応えたのはカマロだった。



 この家は街の西門の近く、宿屋や商店の多い地区にあって、東門の練兵所まで今から歩いて戻るには少し遠い。だが、()()()を帰るのをシオンは固辞し、カマロも反対した。

 なのでシオンとランブレッタは、『不審者を発見し追跡したが見失った』という言い訳を西門の騎士団詰所に報告して、馬を借りることになった。


「わたしたちの家業は呪医なんです」

「呪医?」

「呪術を行う医師。呪術は誰でも学べますが、本来は一族のチカラを正しく使うためのものです。

もちろん大っぴらには出来ないんで、親や上の兄姉は表向き、薬と民間療法を提供する行商人を名乗ってますけどね!

それでわたし、カマロの怪我を治そうとして、ちょっと失敗しちゃったことがあって」


 ちょっとしたイタズラのように軽く語るランブレッタだが、カマロはたしか死にかけたと言っていた。


「ちゃんとした師匠について呪医術だけはしっかり修めましたから、今は大丈夫ですよ!」


 ドンと胸を叩くランブレッタにシオンは微笑みだけを返す。


 ランブレッタによれば、大陸全土にいるヒラギの民は千人に満たず、ひとつの土地に根をおろし同族以外の相手と結ばれる者も増えていて、もはや滅びゆく民族なのだそうだ。

 その上、若い世代になるほど強いチカラを持たない者が多いという。


「わたしみたいな先祖返りというか鬼子…?みたいなのが役に立てるとしたら、兵士になって戦に行って怪我した人とかをこっそり助けるくらいかなって思ったんです」

「役に立てる…か」


 なるほど、それなら騎士見習いを断ったことも、希望する任地がないことも納得がいく。

 しかし秘めていた出自や決意をあっけらかんと話すランブレッタには、やはりどこか諦めたような、さめた雰囲気があるとシオンは感じていた。


          ◇


 翌日、ランブレッタたち新兵は不審者の捜索に駆り出されて、一日中外壁の周囲を行ったり来たりさせられた。騎士団は街なかの捜索と、夜には討伐軍が帰港との事で、シオンも練兵所には姿を見せずじまいだった。

 さすがに明日は終日休みになったけれど、早ければ明後日には初の任務に出立しなければならないだろう。

 ランブレッタは兵舎に外泊届けを出して、カマロと患者のいる家に戻って来たのだが、


「うわぁぁっ!!」

「カマロ――――?!」


 居間に駆け込んでみるとカマロは半裸の患者にぎゅっと抱きしめられていた。


「ルミエル!よかった!私は帰って来られたのだ!ル……」


 意識を取り戻したかに見えた患者はカマロに寄り掛かったまま、すぐにまた眠りに落ちてしまったようだ。


「はぁ、びっくりした…、ランブレッタ」

「――――え」

「何をぼんやりしている?そこの服を取って着替えさせるのを手伝ってくれ。あと兄を呼び捨てにするな」


 言われてランブレッタは、自分がぼんやり突っ立っていたことに気がついた。なぜかうれしくて胸がどきどきしている。

 何がうれしいのかよく分からないので、考えるのをやめて患者の世話を手伝うことにした。


「昨日より熱が高い。それでうなされたのか」

「うん、夢をみたのかもね。眠らせる術を破るくらい強い想いの――それにしても」


 服を着せてきちんと寝かせた患者を覗き込む。

 普通の医者の家…というより、大抵の国の大抵の住居にはベッドがあるがここには無い。

 旅に生まれ旅に活きる先祖代々の血が拒否するのだ、とはランブレッタたちの祖父母の世代がよく言う言葉だが、要するに床に直接ごろ寝するのが『ヒラギの民』の一般的な習慣だ。なので、きちんと寝かせたとはいっても床の上である。


「すっごいキレイ!!さっき少しだけ見れたけど、目も髪とおんなじ金色なのね?!まつ毛もこーんな長くて、やつれててもお肌すべすべってこれ! 本物の王子様とかじゃなきゃ無理でしょ?!」

「声がでかい!近い!」


 王子様の寝顔に接近するランブレッタをカマロが即座に引きはがす。

 ランブレッタも不満げながら素直に居間の端まで引きずられていった。


「だからぁ、どうしてあの人がわたしたちの同族なのかってこと。金色の髪はキュージーンやコーダリーには多いけどわたしたちの中にはいないし」


 声を落として話しながら自分の前髪をつまんで上目に見る。

 ランブレッタはシオンを真似て髪を短くしているのだが、つやのある黒い髪は練兵所のほこりや日差しにも負けず、素直でまっすぐだ。


「たしか、マドゥカの王様って、シオン様は言ってたんだけど、それって…」

「『天の神ジャガーの子たる王を助けよ』」

「――え、なにそれ急に?」

「タッツェのミサ婆の夢占いだ。俺は元々それを告げに来たんだ。忘れるところだった」

「夢占い」


 ランブレッタはミサ婆の顔と、おととい見た奇妙な予知夢を同時に思い出した。

 ミサ婆は彼女たち兄妹の呪術の師であり、最も力ある呪医のひとりだ。老齢を理由に大陸東部のタッツェという小国にとどまって暮らしていて、カマロは今もこの師のもとで多岐にわたる呪術を学んでいる。


「もーミサ婆てば直接言えばいいのに」

「お前と念を通じると疲れるから嫌だと言っていた」

「それで、ジャガーって何?」

「神様だ。それこそキュージーンやコーダリーの祖先が祀っていた太陽神だな。ジャガーの子あるいは兄弟とされるのは本来雨の神であるポンティアックで農耕民族の」

「だから助けたの?」

「…いや、弱いが確かに同族の思念を感じたからだ」


 『ヒラギの民』の持つ力の根源的な動機は、遠方の同族との意思疎通にあるといわれている。

 ただし、言葉で対話できるわけではない。夢でみるようにと言う者もあるが、概ね相手の念じた事柄が自分の意識に流れ込んでくるという感覚のようで、互いの居場所や状況、体調や感情などが伝達できる。

 もちろん、直接会話できる状況であれば必要はない。


「そっか、さっきのはあの人の念だったんだ」

「何だ?」

「何でもない、ところでここまでどうやって来たの?術で?」

「ああ、歩いて山を越えて来たんだが、宿屋の街の手前で怪我人を拾ったからな。

迎えに来たというのも本当だ。機会があるならなるべく戻って呪術を学べ。呪言も術印もなしにチカラまかせで大地を飛ぶなんて、一歩間違えば体調不良どころじゃすまない。

チカラは血に宿り、血は大地に根ざす。術によりそれらを互いに巡らせるのが安全で正しいチカラの使い方だ」

「じゃあ、天から降ってくるチカラもあるのかな?」

「それは――――分からない。しかし雨や日の光が万物の循環に…それならば…」


 カマロが自分の世界に入ったのを見て、ランブレッタはそっと居間を出た。

 普段の口数は多くないカマロだが、うんちくやお説教となると長々といつまでも続くので、うまく話をそらして逃げないとやってられない。

 ランブレッタは勝手口から外へ出て、少し夜空を見上げた後、物置部屋からブランケットを二枚取ってきて、また居間へと戻って行った。





























つじつま合わせのため、カマロのお説教セリフ内を変更しましたm(_ _)m

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