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名もなき国 国なき民  作者: 三土余暇
第二章 国なき民
4/14

1 最果ての地

 ――――災い


 ――――大いなる災いと悲しみ


 ――――けれど、わたしにとっては喜び



「え、なにそれ、どういうこと?!」


 思わず声に出してしまった―――と思ったけれど、実際にはそれも夢だった。

 奇妙な夢…おそらく予知夢のはずだが、いつもと様子が違っていて、誰もいないし、物も風景もない。

 ただ、目を閉じたときに見えるようなチラチラした黒い空間で、誰かの声――たぶん自分の声――が語りかけてきただけだった。

 それも、ものすごく漠然としていて…


「まあいいか、まだ寝なくちゃ」


 そう声に出さずにつぶやいて、ランブレッタは薄いケットを掛けなおした。


 ここは、ハノーラ練兵所女子兵舎の六人部屋で、まだ真夜中だ。夜が明ければいつもの訓練が待っているが、それをこなせば半年間の見習い兵期間が終わる。

 彼女の同期は同室の五人の他、十四歳から十八歳の少年少女が三十と若干名。戦で家を失くした者や、併合された国の出身者など、出自は様々だがみな志願して集まった者たちだ。ひと月ごとの募集で区切ってひと組とし、全体では六組二百名ほどになる。

 明後日からはそれぞれの配属先へ散っていくことになるし、明日の夜は女子だけのお別れ会も企画されているのだが、


「迎えに来たぞランブレッタ!」

「え、カマロ?なんでいるの?」

「なんだと!兄を呼び捨てにするな!」


「きゃあ!ラブのお兄さんなの?!」「そういえば似てるかも」「ここの男子たちより五倍はいいわね!」「だめよ男なんて!」「じゃああたしがもらっていい?」


 突然兄が訪ねてきたせいで、朝から面倒なことになってしまった。



「今日で休みになると聞いていたんだが違うのか?」

「明日からですよお兄さん」

「でも、各自任地への移動にかかる日数が休暇として与えられるだけだけど」

「サギだよねー」

「ねえ、お兄さんもお別れ会に参加する?」

「男はだめ!」

「わたしはハノーラ残留だから休みはないんだよね。もう帰ってよカマロ」

「兄を呼び捨てにするな」


 部外者を加えて少女たちはいつも通り、にぎやかに街の東門へと向かう。


 ここハノーラは、大陸西部の大国キュージーンの南東に位置する、最果ての街である。

 もっとも、今やキュージーンの領土は西の大砂漠、北の大森林、大陸中央の大山脈と、世界の果てと呼ぶべき場所にも及んでいるのだが、『果て』という称号は、このハノーラにこそふさわしいといえる。

 街の東側には何もなく、ただ延々と続く荒野の先に望見されるのが、高く噴煙を上げ続ける霊峰ポン・ティアック火山である。

 キュージーン以前にこの地を領有した国が、何度か荒野に開拓の手を入れてはいるが、そのたび大噴火が起こって火山弾に焼かれたり、降灰に埋め尽くされたりして小さな集落ひとつさえ作れなかったという。

 つまりは、これより先は神の領域となる人の世界の果て、それがハノーラという土地なのだった。


 そして現在、キュージーンが更なる領土獲得のため見据えるのは、ポン・ティアック火山とその北に連なるヒラギ山脈を隔てた大陸東部の国々であり、それに最も近いハノーラは要塞都市として発展をとげることとなった。

 海に接する南側には軍港が開かれ、荒野に接する東側には三重の壁と砦が築かれた。その壁と壁の間を、もっか兵士の訓練場や兵舎として使っているのである。



「おはよう、皆さん」


 訓練場に着くと、すでに上官が待っていた。

 ハノーラ騎士団の副団長であり、練兵所総監督を兼ねるシオン=ノーレ=キュージーン。王太子家の三女でもある、男装の姫君だ。

 ゆるい巻き毛の金髪を短く切りそろえ、膝上丈の上衣に銀で装飾された胸当てと幅広の剣帯という、この国の騎士の礼服を着こなす彼女は、国中の一部の乙女たちのあこがれである。


「はっ!遅れまして申し訳ありませんシオン様!走り込み十周追加致します!」

「良い心がけだ。伝達事項が二件あるが全員集合後に説明する。―――ところで」

「はっ!これはわたしの次兄でカマロと申します!今日から休暇と勘違いをして迎えに来たらしく―――」


 視線をカマロに移した上官に対し即座に答えるランブレッタ。

 だがシオンは表情をゆるめてそれをさえぎる。


「いいよラブ、ふつうにして。休暇にかかわる変更もあるので兄君には―――そうだな、このまま訓練を参観していただこう」

「え、ちょっとシオン様?!」

「はじめましてカマロ殿。私は総監督のシオン=ノーレ=キュージーン。今日はご覧になって、よろしければ新兵にご志願を!歓迎いたしますよ」


 さわやかとしか言いようのない笑顔で差し出された手は、細いながらも力強い。

 数人の少女たちから何故か敵意の視線が向けられているが、カマロは「どうも」と愛想なく答えて妹に脚を蹴られた。











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