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名もなき国 国なき民  作者: 三土余暇
第一章 名もなき国
3/14

3 髪飾り

一章終了回となります。

後半の ◇ 以降はバッドエンドです。

「兄様はわたしのものだ!逃がさない!責任は取ってもらう!!」

「責任て」

「いもしない神よりも、迎えにっ…、手をとって下さったあなただから、私は全霊でお仕えする!だから…!」


――こいしいとはこうなのか、なんて身勝手でみにくい


「だから、無事帰ってくだされば、それで、いいのです…」


頭にのぼった血液が一気に下がって、逆に体が熱をおびていく。

見れば、ロメオを床へ、椅子から引き落とした上に馬乗りに組みしいている。

床に倒れて唖然としている兄などめったに見られるものではない――ではなく、王に対する狼藉に、神への冒涜、さらになにか取り返しのつかないことを口ばしったような気もする。


「も…もうしわけございません」

「ふっ」


上になったまま謝ると、ロメオはみじかく笑ってルミエルを支えに起き上がった。

そのままガシッと抱きよせられて、息が止まる。


「いらぬ心配をかけてすまない。

私はキュージーンのものにはならぬ。絶対だ」



―――父に似て貧弱で気弱そうな子、というのがロメオの、弟に対するはじめの印象だった。

反対を押して迎えに行った神殿は”神域”の山のふもと、ひとたび大きな噴火が起これば必ず被害が及ぶ危険な場所にある。過去には生け贄の悪習が行われた記録もあるという。

父王はこの子を殺したいのか、――そう思うと居ても立ってもいられなかった。


ともに暮らしてみると、ルミエルは意外に心棒強い、むしろ強情というべきか。

何をするにも必死についてくるし、言いだしたらきかず、近頃は兄ばなれを意図していたようで、自室がほしいとごねたり、『兄様』を『兄上』と呼び変えたり。


『わたしのものだ』とまで言われたが、行くなとも連れていけとも言わない。

本当は置いてなど行きたくない…。留守の間にルミエルの身になにかあったらと思うと、心配でどうにかなりそうだ。

だが、ルミエルの意志は曲げてはならない。



「ルミエル、我が国の祖先がかつて大陸に暮らしていたことは知っているだろう」

「――――は」


問われてルミエルは呼吸を思い出した。

あわてて居ずまいをただしながら、すでに長椅子に戻っているロメオを仰ぐ。


「はい――兄上

我らが祖は神代より続く古き血族であり、戦乱を厭うて故郷をはなれ、”神域”の加護あるこの地を賜わったと」

「いもしない神からな?」

「兄上…」


さきほどの醜態を蒸し返され、ふてくされるルミエル。頭をなでる兄の手をふり払おうとするが、かまわずなでつつロメオは言葉を続ける。


「大陸の国々にはこういう伝承もあるそうだ。

山地や砂漠、北の果てなど不毛の地には、かつて人の世界を追われた古代の蛮族が、今もなお隠れ住む。

その蛮族とは、遠い昔に分かたれた我々の同朋ではないかと、私は考えている」

「それは―――」


たしか、キュージーンの商人との雑談のなかで聞いた気がする噂ばなしだが、それと祖先に関する言い伝えを関連づけるなど、ルミエルには思いもよらぬことだった。


「できるなら、私は彼らを探し出し、このマドゥカに迎えたいと思う。そのためにも王家の本来の血統は守られねばならない」


――ふと、ルミエルの髪につけられた、儀礼用の翡翠の髪飾りが目にとまった。

筒状に精緻な透かし彫りを施したもので、この国の者に特有の金属のような光沢のある黒髪に、そのみどりがよく似合っている。

背までのばした髪をふたつに分けて結わえている、その片方の飾りをロメオは引き抜いた。


「―――?」

反射的にすくめた肩から、ほどけた髪がさらりと背中に流れる。


「一対のものには引き合う力があるという。

古いまじないだがこれにかけて、さっさと行って帰ってくると約束しよう」


奪った髪飾りをロメオは自分の指にはめて、掲げて見せた。


不敵な、確信に満ちた、でもどこかはにかむような兄の笑顔に、――いつもこれで誤魔化されてしまうのはわかっていたけれど――

ルミエルは今日、いちばん見とれた。


                     ◇



翌々日、予定の通り、ロメオ王はキュージーンへ向けて旅立った。

随従は側近の武官十名と若い文官が五名のみ。騎馬と馬車と贈り物を迎えの船に乗せて、海路を二日、陸路を五日。

たいして遠くはない。


だが、王は帰らなかった。―――――いや、帰れなかった。


一行がキュージーン王の待つ都へ到着した頃すでに、マドゥカの西海岸沖には千の兵士をのせた船団が待機していた。

その数日後には討伐の王命がもたらされ、蹂躙はすみやかに行われた。


なぜ、この国は失われたのか、それを伝えるものは何もない。


これは歴史にも、人の記憶にも残っていない、名もなき国の話である。













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