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名もなき国 国なき民  作者: 三土余暇
第一章 名もなき国
2/14

2 盃

「いとしいとは、これのことかと分かったのだ」

「―――は?」

「父上が病に伏されたとき私は心細かった。ルミエルや義母上のことを聴いて、どれだけうれしかったことか」

「兄上…」


しばらく黙り込んでいた気がするが、ロメオのつぶやく声で我に返る。

ぼんやりひたっていた思い出を兄もたどっていたのだろうか。


「実のところ、お前にすべて押し付けて逃げてやろうかとすら思ったのだが」

「まさか!兄上にかぎってそんなことは」

「ああ、そんなことはない」


飲み干して盃を盆に戻す。

バルコニーを背にして置かれた籐の長椅子に腰をおろして、ロメオは立ったままのルミエルを見た。


「取り決めにより私は十八歳で王位を継ぎ、祖父であるキュージーン王に謁見しなければならない。それはかの国の意向であり、私を試すためだろう。

今の我が国は事実上の属国としてかの国に従う立場にある。だがそれとは別に、私の使命は我が国を、キュージーンを含めた全ての脅威から守ることなのだ。

初めにお前に会ったときに、それがすんなりと腑に落ちた」

「兄上に成せぬことはないと、何より私が知っていますよ。正直、神殿にいた頃よりも厳しい修行の日々ですからね…」


ロメオは十歳にも満たぬ頃から、患いがちな父王に代わって儀礼などをつとめていた。

その健気にもりりしい姿は全国民の心を奪ったがそれだけではない。

キュージーンからの使者や商人に大陸の言葉や歴史、交易などを学び、軍事支援として駐在している兵士や将校を訪ねて剣術の指南を受けたり、軍隊の編成や育成、戦術について話を聞くなど、ほとんどの時間を大陸の文明を取り入れるための勉強に費やしている。それには各種学舎の教師、あるいは王城の武官、そしてルミエルが必ず同行することになっていた。


実のところ、兄とは食事も風呂も寝るのも一緒だったのだ。さすがに思春期ごろになって、これでは甘えすぎだと思い至り、自室を与えてほしいと申し出てみたが、


「私はルミエルを神殿から奪い取ってしまったのだもの。神から奪い返されはしないかと思うと片時もはなれられない」


―――などと言われて腰をくだかれた。

だいたいロメオは誰にだって甘いのだ。姉たちや見習い侍女たちが、何やらささやかれてうっとりしているのを何度も見ている。


幾度かの攻防の末に勝ち取ったのがここ、内側でつながったり()()()()()ちゃんとした”兄の隣の部屋”だ。


「ところで出発は明日―――というのは急すぎると皆に言われたので明後日とする」

「はぁ、ほぼ変わらず急ですね…」

「ひと月後、ルミエルの誕生日までには帰っていたいのだ。

その日、お前の妃を決めて、立太子の儀礼を行うこととする」

「は?」

「あちらで縁談がでるかもしれないが、それはまあ断ろう。新しく姉上の侍女となった娘といい仲だときいているが、それ以外に希望はあるか?」

「き、ぼうもなにも、そんな事実はありませんが」

「あれ?」


…なにが『あれ?』だ。兄の補佐役として忙しく、女と付き合っている暇などないのに、どこでそんなデマを聞いてきたのやら。ひょっとして忙しいのは自分だけで、兄はそれなりに遊んでいたりするのだろうか。緊急に把握しておくべき事案であった。


「それにそうゆうことは兄上が先で、そもそも王太子ならば兄上の――」

「次の王はお前か、お前の子が継ぐのが良い」

「――――だ」


――ロメオのことを、敵国の手先と呼ぶ者も、いる


混乱しつつあった思考が瞬時に切り替わり、血流が一点に注ぐのをルミエルは感じた。

冷静とは程遠い感情に目の前が赤黒く染まっていくようで、ふるえる手が落とさぬうちに、盃を卓の上に置く。


「…誰かが兄上にそう申し上げたのですか」

「いや、私の以前からの考えだが、まだ誰にも明かしていない。まずはお前の」

「なお悪い―――!!」


置いた盃をその手で払い落としてロメオに詰め寄る。

銀の盃は壁に当たって床に転げた。





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