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名もなき国 国なき民  作者: 三土余暇
第二章 国なき民
11/14

8 誓約

火災現場、災害の場面があります。

 岩場に囲まれた小さな浜に、囁くように静かな波がよせる。

 ちょうど新月で、煌々と照らす白い月の光はないものの、残されたもう一つの蒼い月が、闇よりは明るく世界を染めていた。

 そこはかつては島であったが、火山の噴火や大地の変動によって大陸と地続きになったらしいと、ランブレッタのチカラで”飛び越えた”ときにカマロにもわかった。 


 いや、本当にランブレッタだけのチカラだろうか。

 大陸の西と東を隔てるヒラギ山脈などもそうだが、大地には”継ぎ目”があって、このマドゥカという地もそうした継ぎ目の向こう側、大陸とは別の大地に属するものだ。

 それを飛び越えるには、古い時代の祖先のような強大なチカラか、あるいは高度な呪術による補助が必要だと教わっていて、自分などには到底無理だと思う。

 なにより今回は、いつものような体調不良も伴わずに済んだのだ。ランブレッタの能力が突然向上したのでなければ、他の何者かが補ったと考えるしかない。


「天の神ジャガーの子たる王…」


 カマロは浜をひと巡りした後、岩場の一方から続く石段を登って元来た方へ戻って行った。



          ◇



 焼けた城跡の石積みの上に、翡翠の髪飾りと、揃いの意匠の指輪が置かれている。


「これは弟のものなのだ」


 ロメオは身につけていた対となる髪飾りを取り出して、その傍らに並べた。


「わが国では王の兄弟姉妹が神官をつとめる定めで、この髪飾りは代々の神官の長が受け継いできた宝物のひとつだった」

「スゴイ…そんな大事なものだなんて知らなかった。きっとずっと大昔のご先祖様から伝わってきたんだね…」


 ランブレッタは髪飾りと指輪をひとつずつつまんで見比べる。

 指輪はもともとミサ婆の家に伝わるもので、チカラを暴走させないための呪具として持たされているのだが、ランブレッタ自身が単なる気休めだと思っているので、あまり意味はないのだった。



「全部ラブが持っているといい」

「えーでも、もしかしたら首飾りや腕輪もどこかにあって、集めると宝を隠した洞窟の扉が開くかもしれないですよ?」

「うん?大陸にはそのような伝承もあるのか…。だとすれば、見つけたらそれもみんなラブのものだよ」


 ロメオによしよしされて嬉しそうなランブレッタを、シオンはぼんやりと懐かしい気分で眺めていた。


 髪飾りの片方を見つけたのはシオンだった。

 突然目の前が真っ暗になる経験も二度目とあって、慌てることこそ無かったが、鼻をつく焦げたような臭いに激しくむせてしまった。

 せき込んでいる最中、足元にきれいな緑色の小物があるのを見て無意識に拾おうとした、その先に、建物の基礎らしき石組みと炭化した木材、そして何人もの焼かれた遺体を発見したのだ。


 ――王城と、それを囲むマドゥカの小さな都は、完全に焼き払われていた。


 シオンは結局、貧血をおこし、ロメオに担がれるようにして王城の一画らしき場所まで移動し、休ませてもらう羽目になった。

 そこは海に面した広い部屋のバルコニーで、室内は黒く焦げていて扉も何も無かったが、おかげで海からの風が中庭へと通り抜けて心地よく、気分はじきに回復していった。 


「王様、下の浜にもしばらく人の立ち入った様子は無い。小舟があったが、舫ったままだった」 


 ロメオの頼みで、王城の崖下にある浜に行っていたカマロが戻り、最後の可能性を否定した。

 都の郊外と、西から南の海岸沿いにあった幾つかの集落も、都と同様に灰と化し、もともと無人だったという森の奥地の神殿にも、やはり人の影は無かったとの事だ。

 東側の岸壁にあるキュージーン兵の駐屯地には、まだ見張りの小隊が残っていて、各地を巡回する兵士もいるそうだが、ロメオには復讐の意志は無いらしい。

 

「そうか…、ありがとうカマロ」


 礼を言って頭をなでようとしたロメオを、カマロはさっと避けた。



「情けない…。心しておもむけなどと言いながら、この始末とは」

 

 シオンはほんの数日前、ランブレッタたち新兵に、事後処理班に随従してマドゥカを訪れる任務を伝えたときのことを思い返した。

 分かったふうを言って、実際に何を見たわけでも、考えたわけでもなかったのだと自嘲する。


「はっ、しまったシオン様!わたし、任務のことをすっかり失念しておりました!もう出立日時は決まったのでしょうか?!」

「いや、そのまま忘れていていいよ、ラブ」


 シオンは目を閉じて、ぼやけた頭の中の思考を消しながらゆっくりと立ち上がり、背筋を伸ばして静かに気合を込めた。


「――任務は中止だ。あの子たちにこの光景を見せるのも、これ以上この地を踏み荒らすのも、私は嫌だ」



          ◇



 城跡を下って、都だったところを歩いていたロメオは、後ろから来るカマロの気配に気付いて立ち止まり、振り返った。


「少しひとりでいたいのだが…。自決などはしないから、君はラブとシオン殿についていてあげなさい」

「ひとつ聞きたいことがある。ランブレッタに手を貸しているのは王様なのか?」

 

 ロメオが振り返った時点でカマロも立ち止まり、数歩の距離を置いて問いかける。


「手を貸す?」

「…違うならいい。あんたは黙って何でも見通しているような感じがするから、そう思っただけだ。術が効いていなかったのに、ずっと狸寝入りをしてるとか、どうかと思うけどな」


 言うだけ言って踵を返し、さっさと立ち去ろうとした。だが、


 「見通せていたなら、こんなことにはならなかったのか」


 なぜか追い縋るようなロメオの声音に、再び足を止めさせられた。

 振り向こうとしたところへ突然、暖かい風が強く吹きつけ、夜だというのに眩しい陽光が降り注いで思わず目を閉じた。にもかかわらず、蒼黒い焼け跡が色あざやかな景色に変わっていくのがありありと見える。


 草花や樹木が生い茂る自然のままの地形に、間借りするように造られた家や畑。道の端にある低い石垣の、木陰になったところに集って一休みする人たち。

 その様子は、昔ながらのヒラギの民の生活にちょっと似ていて、カマロにとって親しみ深いものだった。


「これは私が覚えているわが都…。ルミエルはここにいた。森へも海へも逃げることなく、民と共にあった。彼こそが、マドゥカの正当なる王だった」


 やはりというべきか、ロメオはマドゥカの民が失ったはずのチカラを、いつからか取り戻していたらしい。


「――!」


 また突然、暖かい空気と眩しい緑の風景がとだえ、カマロは暗く、白い世界に立っていた。

 足元は固い雪の大地だが、寒さは感じない。

 天にある炎の玉は太陽ではなく、その輝きはむしろ、周囲の闇を深めるものだ。

 それは悠々と頭上を越えて、はるか先の海へと落ちていき、やがて閃光と、音とも熱とも分からないものが押し寄せてくる。


 だが、それに伴う衝撃や痛みは、何も訪れなかった。

           



 「カマロ…!すまない、八つ当たりが過ぎた」


 ゆり起こされて、カマロは自分が気を失っていたことを理解した。

 視界を占めるロメオをどかしながら見回すと、またも景色は変わっていて、どうやらそこは見覚えのある浜の岩場の影であるらしい。


「いまのは…」

「近く、南の果ての日の昇らぬ凍てついた海に、星が落ちる」


 それはどうでもいい、という風にロメオは言った。


「甚大な、長きにわたる災いとなるだろうが避けられるものではない。それを今更、ただの宿無しにすぎぬ私に、誰が何の目的で見せるのかと、つい苛立って…」

「はぁ…そうですか」


 押し寄せてきたのは激情、――言葉通りの八つ当たりであった。


 実の外祖父に殺されかけて、ロメオは己の甘さと無力を知った。

 山中に行き倒れ、生を諦めるなど、最愛の弟ルミエルには決して見せられぬ無様な姿だった。

 だが、そのルミエルも、帰るべき国さえも失われたというのに、役にも立てず行き場もない自分だけが残っていることが、なお耐え難い。

 だからといって、それを救い、病床の面倒までみてくれた恩人であるカマロに対し、愚痴をぶつけて良い理由にはならないのだが。


 カマロにしてみれば、心を無理やりこじ開けられたのも同じことで、防御本能が自動的に意識を閉じたのだろう。

 痛みは無い。だが、身体の奥から手足の先にかけて、締め付けるようなしびれが残っている。

 


「でも、それはあんたが王様だから…。どこの国のっていうんじゃなく、そういう星をもって生まれてくる奴もいるんだよ」


 自分の指先を見ながらそう言って、カマロはランブレッタのことを考えた。


 その才能を羨む気持ちも正直あるが、兄としては、チカラを持て余す妹の助けとなるべきと思っていた。

 けれど当のランブレッタは、兵士になって戦場で傷ついた人を助けるのだと言って、ひとりで師のもとを巣立ってしまった。


「ミサ婆の言うのは、やっぱりあんたのことらしい…だから、よければ俺をそばにおいて欲しいんだ」


 こういうときは平伏するものだろうかと思って砂地に膝を揃えて座り、ロメオのほうを向くと、

 ロメオは目を見開いてカマロを見ていた。


「ええと、その…、王様に仕えるのは初めてで作法とかは、今は」

「ちかうか…?」


 気圧されるように後ろへ退がろうとしたカマロだが、逆に両手を取られ、額が触れるほどの距離まで引き寄せられる。

 

「生涯、私の傍を離れないと誓うか?」


 やはり何らかの拘束や、ややこしい儀礼が必要なのだろう。

 自分から願い出たことなのだから、どんな条件を課されようが取り下げるつもりはなかった。


「それなら、条件を定めて、契約か誓約の術式を」

「約定は不要だ」


 握られていた手が放され、彼我の距離は少しだけ開いた。けれど、ロメオの金色の瞳は途絶えなくカマロを捉えたままだった。

 いま目をそらせば終わりなのだと、なぜか思う。

  

「如何なるときも共にあることを、私はカマロに誓う」


「……………如何なるときも傍を離れず、命に従うことを、自分は王様…ロメオに誓います」


 ―――誓約は、触れ合うだけの口づけによって成された。


 



 


 


 


 


 



 

 




 


この回の続き(蛇足)を番外としてムーンライトノベルズに置いておきます。

18歳以上の方のみ、よろしければどうぞ。

「名もなき国 国なき民 第二章8誓約、続き」 https://novel18.syosetu.com/n1476fs/



 

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