1 月明かり
「ルミエル、そんなところでどうした?」
「あ…兄上こそ、…まだ宴の最中ですよ」
「酔いを醒ましながら待っていた。きっとお前が探しに来るだろうと思って」
―――新王の即位の儀
その、国をあげた祝いの席に肝心の新王の姿が見えず、いそうな所に来てみると、やはりいた。
宴の行われている王城の大広間から、広い中庭とそれを囲む回廊を隔てた、王族の居住区域の最も奥に位置するルミエルの自室だ。
広間の喧騒もここまでは届かず、ただ月明かりだけのバルコニーで、静かな海を眺めている兄王ロメオ。
ゆるやかに夜風になびく金色の髪と、金糸の刺繍を散らした白い礼服が、月光に映えて淡い輝きを放つ、その光景に見とれていて、つい声をかけそびれてしまった。
「…そうですか、では御酒はいりませんでしたね」
「いや、折角だからいただこう。父上はまだ広間に?」
「もうお部屋に送らせていただきました。いいかげんお体に障りますから」
「それがいい。あとは放っておいて、私はお前と二人きりで飲みたいのさ」
言いつつ、弟が盆にのせて持ってきた酒を取り上げ、手ずからふたつの盃に注ぐ。
そのしぐさ、言いぐさ、確信に満ちた笑顔に、うっかり身も心もとろけてしまいそうだ。
踏みとどまるために何か憎まれ口でも言おうとするが思い浮かばず、ルミエルは黙って盃を受け取った。
◇
―――ロメオとルミエルはこの国の王子として生まれた、腹違いで同じ年齢の兄弟である。
国の名はマドゥカといい、南洋に面した小さな国だ。
彼らが初めて会ったのはちょうど十年前、ロメオが八歳、ルミエルがまだ七歳のときのことだ。
神官となるべく神殿で養育されていたルミエルの前にロメオは膝をつき、謝罪した。
「弟がいることを今まで知らずにいた愚かな兄を、しかってほしい」―――と。
そもそも、父王には王太子の時分から妃がいたし、娘も二人もうけていた。そこへ、大陸西部の大国キュージーンから政略的な縁談が持ち込まれ、王位を継いだ父王の正妃として、キュージーンの王女が迎えられた。
マドゥカは大陸の南に突き出した半島のような地にあって、大陸との間を”神域”と呼ばれる巨大な火山で隔てられている。――あるいは、大陸と島が火山によってつながれたものなのか、どのみち知るものはいないのだが――
年に何度も噴火をくり返す”神域”は人を寄せつけず、大陸側の国々との交渉も久しく絶えていた。
温暖で豊かな国土には、噴火以外の大きな問題はなく、人同志の争いともほぼ無縁で、南国らしいのんびりとした国民性が育っている。
なので近年、航海技術の発展によりのびてきた数多の他国の手を、振り払うすべなどありはしない。
大国の庇護をもたらす王妃は歓迎されるべきものだった。
―――というか、
この国にはない金の髪と瞳を持つ、陽光のように美しい姫君に誰もが魅了され、諸手をあげての大歓迎だった。
しかし、それからたった一年後、王妃は産後にひいた風邪がもとで、生まれたばかりの王子をのこしてあっけなくこの世を去ってしまった。
もとからの妃である第二夫人にも王子が生まれたのは、そのひと月後のことだが、父王としてはキュージーン王の心情を慮って、第二夫人とその子供たちを王城へ迎え入れることはせず、幼いロメオには何も知らされていなかった、というのが実情。
そして、あのときもルミエルは、うれしさのあまり声も出せず、さしのべられた兄の手を必死に握り返すしかできなかった。
なにがそんなにうれしいのか、今も分からない。
母方の縁者のなかには、ロメオを敵国の手先と呼ぶ者さえいるというのに…。