Epilogue 4
翌朝の明子は、森沢が寝床から離れる気配で目を覚ました。
一年の中で最も日が短い季節とあって、うっすらと開けた彼女の目に映るのは暗闇ばかり。再び眠りに引き込まれそうになる誘惑と戦いながら起き上がると、明子は闇に向かって彼の名を呼んだ。
「もう、出かけるの?」
彼女の声の中に潜む僅かな寂しさと媚態に気がついたのか、闇の中の人が嬉しそうに微笑んだ気がした。その笑顔が恋しくて目を凝らしているうちに、暗さに慣れてきた明子の目が近づいてきた森沢の輪郭をとらえた。無意識に伸ばした彼女の手に彼が指を絡めて引き寄せる。寄り添った明子の頬にスーツの布地が触れた。出かける支度は、すっかり整っているようだ。
「できれば、一日中、君とこうしていたいけどね」
長いキスの後、名残惜しげに彼女の髪を撫でながら森沢が笑う。
「でも、ここで怠けていては、俺と君が一緒にいられるように骨折ってくれたお母さんたちにも申し訳ない」
……などと言い訳めかしてはいるものの、今日の予定を話して聞かせてくれる森沢の声はどこか弾んでいて、まるで新しい冒険を目前に高揚しているようでもある。
(本当に、このお仕事が好きなのね)
祖父が興した喜多嶋紡績グループと喜多嶋が手がけているものを、森沢は心から愛している。そんな彼に「自分より仕事のほうが好きなの?」などとたずねて拗ねてみせるほど、明子は野暮ではない。それに、彼女は森沢のこういうところ――仕事と趣味の区別がついていないようなところも大好きである。だから、気持ちよく彼を送り出してあげたい。
「行ってらっしゃい」
『頑張ってくるよ』と言って出かけていく森沢を応援する気持ちを、明子は言葉と笑顔に込めた。
森沢が早くに出かけたことは、父の印象を良くしたようだった。
「当然だな。やることが山とあるのに、同居が決まった途端にイチャイチャベタベタすることしか能のない色ボケ野郎になっていたら、尻を蹴飛ばすところだった」と、明子は、朝食の席で源一郎から言われた。言い方は辛辣だが、父は父なりに森沢を心配してくれているようだ。「ところで、今日の奴の予定は? なにか聞いているかい?」と明子にたずねてくれる。
「午後から、弘晃お義兄さまとお約束があるそうです」
「弘晃くんが? 中村は、やることが早いなあ」
源一郎は、感心したように呟くと、「うちも、うかうかしてられないな。和臣」と、耳と目だけでふたりの会話に参加していた兄に意味ありげに笑いかけた。
「それで? 君のほうはどうなんだ。宿題はできた?」
「はい。いくつか考えてみましたが……」
父の口調が穏やかである一方、和臣の声は緊張していた。心なしか目も泳いでいる。
「じゃあ、その考えたことを、自分でできる限り煮詰めて、午後3時に社長室に持っておいで。あ、葛笠の力は借りるなよ。あれは、しばらく忙しいから」
源一郎が兄に告げ、会社に出かけていった。
「やっ……やばい」
父がいなくなるやいなや、和臣は、彼のファンが聞いたら幻聴だと思うような声を上げると、朝食もそこそこに部屋に駆け戻っていった。気になったので、明子も兄の後を追いかけた。和臣の部屋は、3階。本館の中央の階段を上がりきったところにある。
「お兄さま? お父さまが言ってらした宿題って……?」
明子が問いかけながら部屋に入ると、和臣は、窓を背に置かれている机に向かって書き物を始めていた。
「卒論?」
「いいや。それは、とっくに終わっている。今やっているのは、これ」
和臣が一冊にまとめられた分厚い書類の束を明子に手渡した。喜多嶋ケミカルが取得している特許の一覧表だという。
「こんなにあるの?」
「これでも、ほんの一部だよ。それに、申請されている特許だけが、あの会社の研究の全てでもない」
目を丸くしながらページを捲る妹を、和臣が面白そうに眺めている。
「開発途中であるがゆえに秘密保持を目的として公にしていないものもあるようだし、特許なんて出すほどのものじゃないと勝手に思いこんでいるものも、まだまだ沢山あるらしい」
「それで、お兄さまは、これで何をなさろうというの?」
「うちで使えるものを探し出せと、父さんに言われている」
喜多嶋ケミカルが保有している特許の中から、六条コーポレーションにとって有益となるようなものを見つけだし、自分たちが優先的に使用できるようにケミカルと交渉するための手はずを整えること。それが、先ほど父が話していた和臣への『宿題』であるという。
「冬休みに入ってから取り掛かっても余裕だろうぐらいに思っていたのに、弘晃義兄さん、やることが早すぎる」
なぜか姉の夫に向けて、和臣が悪態をつく。ということは、義兄も、森沢のために兄と同じことをしてくれるつもりなのだろうか?
森沢は、父との約束を果たすために、喜多嶋ケミカルの特許を二束三文で売りさばくつもりでいるようだった。それらの一つでも価値のあるものとして六条や中村が取引に応じてくれるのであれば、ケミカルとしては、かなり助かるに違いない。
「ありがとう、お兄さま。森沢さんのために、そこまでしてくれて」
「違う違う」
声を震わせながら礼をいう明子に、和臣が決まりの悪そうな顔で笑った。
「森沢さんのためというよりもね、自分たちのためだよ」
「そうなの?」
「ああ。なにせ、今なら大変お買い得だからね」
「お買い得?」
「そう、お買い得。弘晃義兄さんも父さんも、意地悪だよな。いくら元夫の手柄にされたくないとはいえ、せめて、森沢さんと明子には教えておいてやればよかったのに…… 姉さんは、このことをどこまで知っているのだろう?」
そう言って父と義兄と責める和臣も、明子の「どういうことなの?」という問いには、「今日、森沢さんが帰ってきたら、きっとわかるよ」と、思わせぶりに笑うばかりで答えてくれない。
「お兄さまの意地悪!」
明子は、和臣に向かって舌を突き出すと、彼の部屋を後にした。
(でも、『お買い得』って?)
義兄が喜多嶋ケミカルの研究所を認めてはいたことは、明子も知っている。
だが、あそこでの研究にそれほどの需要が…… 人がこぞって欲しがるようなものが、あるのだろうか?
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その日の昼過ぎ。
森沢は、父親の信孝を伴って中村家を訪問した。出迎えてくれたのは、紫乃である。本日の弘晃は、ベッドから離れられないようだった。
「具合悪いの? 日を改めようか?」
一昨日、弘晃は紫乃と共に達也の結婚披露宴に出席してくれたばかりだった。体の弱い彼にとって、半日の外出は酷だったのかもしれない。寒い時期でもあるから、風邪でもこじらせたら大変である。だが、いつもなら夫以上に彼の体調の変化に神経質な紫乃は、何も言わずに森沢を部屋まで通してくれたし、弘晃のほうも、「大丈夫ですよ。体調は、この程度であれば僕的には問題ないです」と笑っている。
「どちらかといえば、これは、その…… ちょっとした演出みたいなものと言いますか……」
「演出って、まさか、うちの親父に対して?」
森沢は眉根に皺を寄せながら、信孝を指差した。だが、弘晃は「違いますよ」と笑ったきり、「ところで、結婚するまで六条さんの家で暮らすんですって?」と話題を変えた。
「森沢さんから同居を言い出してくれてよかったって、紫乃さんがホッとしてましたよ。なんでも、達也さんと唯さんの新居が、森沢さんのマンションから比較的近い所にあるそうなんです」
「そうなの?」
森沢は信孝に確認を取った。自分の幸福に酔っていたせいで他人にまで気が回らなかった森沢は、達也は実家で両親と同居するのだとばかり思っていた。だが、彼らは青山のマンションで新生活を始めるのだそうだ。青山といえば、森沢のマンションから徒歩で行動できる範囲内である。買い物や散歩に出かけた明子が不用意に唯に出くわす可能性は充分にある。
「唯さんの性格があれ……ですからね。明子ちゃんが仕返しされるんじゃないかって、六条さんが、とても心配していたらしいんです」
そのため、源一郎としては、正式に結婚が決まるまでの半年間だけでも明子を自分の家で保護したかったらしい。だが、披露宴で森沢と交わした約束もあり、自分から明子を家に戻してほしいとは言いづらい。思いあぐねた源一郎は、森沢たちに同居の話を持ちかけてくれるようにと紫乃に頼んでいたのだそうだ。
「でもねえ。いくら紫乃さんでも、森沢さんに向かって『親と同居してくれ』なんて言いづらいでしょう?」
弘晃が苦笑いを浮かべる。
「ああ、それで『ホッとした』って?」
「ええ。それにね。森沢さんは、これから殺人的に忙しくなるでしょうから、六条家にいたほうが、明子ちゃんも寂しくなくていいでしょう?」
(なんで、始めから『殺人的』って決めつけるかな)と、森沢は弘晃に文句を言いたくなったが、ちょうどその時、執事のお仕着せを着た坂口が新しい客人を案内してきた。
「先日はありがとうございました」
元文学青年風の神経質そうな中年男性が部屋に入ってくるなり、森沢は頭を下げた。そして、分厚い眼鏡をかけているくせに人の顔の判別がつかない父親に、「仁樹谷製薬の副社長さんだよ。達也の披露宴に来てくれただろう?」と、すばやく耳打ちした。
「こんなところにお呼び立てして、すみません」
「いえいえ、こちらこそ、こんなところまで押し掛けて申し訳なかったですね」
書斎と事務所と寝室の機能を兼ね備えている部屋を物珍しげに見回しながら、仁樹谷が弘晃に見舞いの言葉を述べる。
「なるほど、中村さんは、普段はこちらでお仕事をなさっているのですね。もしかして、こんな奥まで通していただけた部外者は、私が初めてですか?」
「彼を除けば、そうですね。といっても、森沢さんはしょっちゅう来ているので、部外者とは言えないかもしれませんが」
弘晃が森沢に微笑みかける。
「そうですか。おふたりは、以前から親しかったのですね。鶴川電器の会長も、あなたのことを随分と買っていらっしゃるようでした。お若いからといって舐めてかかると、こちらが痛い目を見ることになるのかな。まあ、私としては、それぐらい骨のある人を相手にするほうが楽しいですけどね」
仁樹谷が森沢に愛想のよい笑顔を向ける。だが、森沢を見据える彼の目だけは笑っていない。
『商売相手』という言葉を聞いて、森沢は気を引き締めた。同時に、弘晃がいうところの『演出』とやらが、自分のためのものであることを確信する。
経営者として一目も二目も置かれている弘晃のほとんど唯一の友人だと仁樹谷に思わせることができれば、たとえ森沢が若くて衣料品関係以外の会社との商談の経験がない若輩者でも、頭から馬鹿にするようなことはしないでくれるだろう。親しさを演出するのであれば、この家の会議室兼食堂よりも、この部屋のほうが適している。
(せっかくの弘晃さんの厚意だ。ボロが出ないように気をつけないと……)
森沢は自分を戒めつつ、「どうぞ、お手柔らかに願います」と、仁樹谷に対してポーカーフェイスめかした笑みを返した。
「では、早速ですが」
いきなり本題に入った仁樹谷が興味を持っているのは、森沢たちが『なりそこないプラスチック』と呼んでいるものだった。要するに、研究所が石油以外のものからプラスチックを作ろうと試行錯誤している過程で、ある程度成功しながらも結局使い物にならないことがわかって放置した失敗作のことである。
「その中に、どこにでもあるようなもの……できれば、他の食品の製造過程で大量に捨てられてしまうようなものから作れて、人が食べても大丈夫なものはありませんか?」
「は? 食えるかどうか?」
思いがけないことを問われて、森沢親子は顔を見合わせた。
「あったよね?」
「あるな。いくつか」
「ありますか!」
おもむろに立ち上がった仁樹谷に、父が失敗作についての詳しい説明を始めた。話を聞くうちに、仁樹谷は興奮してきたようだった。
「素晴らしい! その研究成果を、是非とも我が社に譲っていただきたい!」
「かまいませんよ」
森沢が答えるよりも早く、父親があっさりと許可を出した。
「つまり、引き続き研究してくださるってことですよね? それは嬉しい。どうぞ、好きなだけ持っていってください。どうせ、うちにとっては、ただの失敗作なんですから、なんだったら無……」
『無料で』と言いかけた父親を慌てて制すると、森沢は、「あの、それは、いかほどで?」と、言葉を濁しつつも期待を込めて仁樹谷にたずねてみた。欲の皮が突っ張っていると思われるかもしれないが、今は格好をつけている場合ではない。これは商売なのだ。せめて開発にかかった費用の一部なりとも回収しなくては、割りに合わない。
「もちろん、『無料で』なんて厚かましいことを言うつもりはありません」
驚いたことに、仁樹谷が提示した額は、森沢の予想を遥かに上回るものだった。
「そ、そんなに?」
仁樹谷の気前の良さに森沢は愕然とする。それだけあったら、ケミカルが背負っている負債の半分近くが返せてしまうではないか!
「じ、じじじ……冗談でおっしゃっているんですよね? 発明品といっても、試しに作ってみただけど上手くいかなかったという程度の失敗作ですよ? 形にはなりますけど脆いです。水や酸に触れたら溶けちゃいますし、どれも食っても美味くないです。不味くもなかったけど」
動揺するあまり、森沢は言わなくてもいいことまで口走って、せっかくの弘晃の演出を台無しにし、父親は息子の言葉を肯定するようにコクコクとうなずいた。
しかしながら、仁樹谷は、森沢をからかっているつもりはないようだった。
「溶けてしまったほうがいいんです。不味くないなら最高です」
「はい?」
「薬を包むのだそうですよ」
狐に抓まれたような顔をしている森沢親子に、弘晃が説明する。
「つまり、カプセルのようなものですか?」
「はい、まさに」
仁樹谷が笑顔でうなずいた。
「もちろん、正式な値段の交渉は、実物をこちらで検証させていただいたうえでさせていただくつもりですし、足りないところは自分たちで改良しようとも思っております。しかしながら、先にいただいた資料やお話を聞いた印象では、そちらが失敗作だとおっしゃっているものは、私たちが欲しているものの完成形に極めて近い気がするのですよ。となると、先ほど私が提示した額は、むしろ安すぎるぐらいなのです」
苦笑いを浮かべながら仁樹谷が打ち明けた。
そこまで聞いてもまだ半信半疑の森沢たちを見て、仁樹谷は、森沢を舐めるどころか頼りなさすぎて心配になったようだった。
「あの……全く気がつかれていないようですが、そちらの研究所でなさっていることって、かなりすごいですよ。私たちがしようとしていたことが、そちらでは既に失敗作として誰にも知られないまま終わっている。そんな研究がゴロゴロしている。私は、中村さんからこのお話をいただいた時に驚きましたし、正直なところ悔しく思っています。お願いですから、もう少し回りを見回して、客観的に自分たちの研究を再評価なさってください。そして、それらを世の中のために活かすことを考えてください」
「はあ…… はい。すみません」
仁樹谷に諭されて、森沢親子は小さくなった。
その後の仁樹谷は、病院向けに売るものといえば包帯とガーゼと脱脂綿ぐらいしか思いつかない森沢の代わりに、「例えば、こちらの研究は手術用の糸に応用できるかもしれませんし、こちらの研究はカテーテルに、こっちは人工血管に使えるかもしれない」と、幾つものアイディアを出してくれただけでなく、「具体的にどういうものが欲しいのか、現場でリサーチしてきますよ」と、仁樹谷製薬のネットワークを駆使して医療従事者からのニーズを拾い上げる役目まで買って出てくれた。なんとも面倒見の良い人である。
仁樹谷と入れ替わりで入ってきたのは、豊本自動車の豊本社長だった。彼も達也の披露宴に出席していたひとりである。
彼は、日に焼けた丸顔から受ける印象そのままの性格であるらしく、「いやあ、こんなところまで呼んでいただけて嬉しいなあ。今後とも、よろしくお付き合い願います」と、人目のある場所にめったに姿を現さないせいで一部で伝説のツチノコ呼ばわりされている弘晃と近づきになれたことを開けっ広げに喜んだ後、「なんでも、油と熱にとっても強い糸を開発なさったんですってね?」と好奇心一杯の眼差しを森沢たちに向けた。
「ございますが?」
「車屋さんが、うちの糸でなにをしようっていうんです?」
仁樹谷に叱られたばかりの森沢たちが警戒しながらたずねると、豊本が「確かに、糸のままで使うのは難しいですね」と、笑った。
豊本が欲しがっているのは、その糸を作り出すための樹脂だった。車のエンジン周りは非常に熱くなる。しかも油まみれだ。高熱に耐え油や薬品の腐食にも強いそれを車の開発に活かせないものかと、豊本は考えているようだった。
「新車というよりも、次世代の車と言ったほうがいいかもしれませんね。これから一般車への排ガス規制も厳しくなりますし、いつまでも硬くても重たい金属だけを使って車を作っているわけにもいかなくなってきたんですよ。燃費を良くするために出来るだけ軽く、でも丈夫で安全な車を作っていかないといけないんです」 と語る豊本の様子は、糸と布について語っている時の森沢の様子とそっくりだった。車の開発に賭ける豊本の話を聞いているうちに、森沢は自分までワクワクしてきた。
なにより、車を作る素材としての樹脂を生産し豊本自動車に供給し続けることができるようになれば、喜多嶋ケミカルは、安定的に大きな利益を確保することができるようになる。取引先として、これほど頼りになる相手も、そうはいないだろう。
「今日はおみえになりませんが、鶴川電器の会長もケミカルが開発したものに大変な興味を示しておられましたよ。まずは新製品の掃除機のフィルターと冷蔵庫の相談に乗ってほしいとおっしゃっていましたが」
「そ、そう?」
豊本が帰った後に笑いかけてきた弘晃に、森沢は苦笑いを返すしかなかった。
大きな商談がいくつも舞い込んでくるのはありがたい。だが、今までの喜多嶋ケミカルは、国内で売られている数割程度の衣服のための糸を作りながら、系列会社が必要としているものを開発し、彼らが必要とする分だけチマチマと作っている会社に過ぎなかったのだ。「そんなに急に新しい物を大量に作るとなると、いろいろ大変なんじゃないかなあ」と、他人事のような顔でほざく信孝の言葉どおり、この商談を実現させるまでには、彼と彼の会社にはやらなければならないことが山とある。
(そのためには、必要な人員と設備と、必要なら新しい工場…… となると追加の資金もいるわけで……
しかも半年後を目安にするとなると……)
ちょっと考えただけで、森沢は眩暈を覚えた。もしかしたら、これからしばらくは、寝る暇どころか明子の顔を見る暇さえなくなるかもしれない。
「弘晃さん。『これから殺人的に忙しくなる』って、単なる言葉の綾じゃなかったんだね?」
「まだまだ他にもいっぱいあるんですよ」
泣きそうな顔をする森沢を、弘晃が無邪気な笑顔で追い詰める。
(虫も殺せないような顔しているくせに…… 話を持ってきてくれるのは、ありがたいけど、ありがたいけど、ありがたいけど、ありがたいけど……)
この男、鬼かもしれない。……と、森沢は心の片隅で思った。




