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悪い女のつくりかた  作者: 風花てい(koharu)
悪い女のつくりかた
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Butterfly  +1(side YUI)

 結婚式までの二日間、私は、滞在先のホテルで、お姫さまのように扱われて過ごした。


 ベッドは転がってしまったら二度と起き上がれないんじゃないかと思うほどフッカフカだし、何かを頼めばホテルの人がすぐに対応してくれる。その上、夕食は自分の部屋で高価なシャンパンと給仕付きのフルコースと、至れり尽くせりであった。


「結婚式までお日にちがありませんので」

 食事が終わると、明後日の結婚式を担当する梅宮さんという若くて礼儀正しいホテルマンがやってきて、ホテルの中にあるエステサロンのような場所に私を連れて行ってくれた。

「明日は、髪とネイルを整えていただくことになります。ですが、その前にドレスを見ていただかなくてはなりませんね。お直しの必要があるかもしれませんから」

 顔も体も念入りに磨き上げられてサロンからでてきた私に、梅宮さんが次の予定を告げた。


「ドレスって、ウェディングドレス?」

「残念ながら、選んでいただくのは、お色直し用のドレスになります。ウェディングドレスは、こちらに」

 梅宮さんが優雅な仕草で扉を開けてくれる。部屋に入った私の目に飛び込んできたのは、立体的な金属性のハンガーに着せられたウェディングドレスだった。 

「可愛い♪ 素敵! きれいっ!」

 歓声を上げながら、私は、踊るような足取りでドレスの周りを一周した。

 薄くて透明な生地を幾重にも重ねてふんわりとさせたスカートも、スカートのそこかしこに縫いつけられた小さなピンクの花飾りも、それから花冠がついたベールも、なにもかもが、私が夢に思い描いていた通り。これよ! こういうドレスが着てみたかったのよ!


「気に入ってくれたようですね?」

 ドレスに夢中になっている私に、誰かが後ろから声をかけてきた。梅宮さんの声ではないと思うと同時に、ドキンと心臓の鼓動が跳ね上がる。

「こんばんは」

 いつの間に入ってきたのだろう。 頬を染めながら振り返った私に、和臣さんが極上の微笑を向けてくれていた。

「そのドレスはね。父があなたのために急遽あつらえさせたものなのですよ」

「六条さんが?」

 大きく目を瞠る私に、「ええ」と、和臣さんがうなずく。 

「とはいえ、最初に、このドレスを見立てたのは、他ならぬ、あなたの達也さんですけど、ね?」

 最後の『ね』は、和臣さんの隣にいた達也さんに向けられたものだった。  

 自分でも驚いたことに、私は、和臣さんが達也さんに話しかけるまで彼のことを全く意識していなかった。もちろん、達也さんのことが見えていなかったわけではないのだけども、なんというか、その……気にする気になれなかったのだ。ついでに言えば、あの六条さんの秘書だという片目の男もいたが、彼のことは正直どうでもよかった。


「見立てたって……別にそういう訳では……」

 和臣さんを横目で見ながら、達也さんが言い訳めいたことを口にする。

(なんか、なあ……)

 ふたりのやり取りを横で見ているうちに、私はげんなりしてきた。こうして和臣さんと並べてみると、達也さんが、とても平凡な感じがするのだ。しかしながら、その時の私は、彼の凡庸さ以上に気になったことがあった。

「どうしたの? その顔?」

「ああ、これ? なんでもないよ」

 達也さんが、赤く腫れた頬を押さえた。

「なんでもないわけないでしょう? そんなに腫らして」

 私の声が心持ち険しくなる。明後日は結婚式なのだ。「ドレスは文句なしに素晴らしいのに、花嫁の隣に並ぶ花婿がみっともないを顔をしていたら、せっかくの式が台無しになるじゃないの。

「名誉の負傷ですよ」

 理由を言おうとしない達也さんの代わりに和臣さんが答えた。

「あなたを手に入れるために、彼は、大勢の親戚を相手に雄々しく戦ったのです」

「まあ、そうだったんですか」

 現金なものだが、達也さんの顔が醜くゆがんでいても、それが自分のためだったと言われれば、私も悪い気はしない。

「私のために、そんな無理なんかしなくてもいいのに…… 大丈夫? 痛む?」

 心配そうに顔をしかめながら、私は、達也さんの腫れた頬に手を伸ばした。すると、達也さんが、私を避けるように大きくのけ反った。  

「達也さん?」

「た、たいしたことないよ。明後までには腫れも引くだろうって医者も言っていたし」

 どうやら、彼は、痛む所に触れられるのが怖いようだ。子供みたいである。

「そう。よかった」

 私は、この話を切り上げることにした。お医者さまが大丈夫だと言うのであれば、心配ないだろう。私は達也さんの手を取ると、気持ちを込めて彼の目を見つめながら、胸元に引き寄せた。

「私、まだ信じられないの。だって、あなたと結婚できるなんて、夢でもかなわないと思っていたもの。ねえ、私たち、本当に結婚してしまってもいいの? あなたは、私なんかをお嫁さんにしてしまってかまわないの?」

「かまうもなにも……」

 達也さんは、急に口を閉じると、私から顔を背けた。どうやら、感極まって言葉が出てこないようだ。数秒後、溢れる感情を抑え込むように固く目を閉じたまま顔を戻した彼が、「ぼ、僕には君が必要だ。だから、とても、嬉しいよ」と、声を詰まらせた。

「達也さん……」

 彼の真摯な態度に、私も本当に胸が熱くなってくる。達也さんが和臣さんよりも見劣りすることは残念なことだけど、私は、彼のこういう一途なところが愛おしくてしかたがない。やっぱり、私には、これぐらい単純……じゃなくて、達也さんみたいにピュアな人ぐらいが御しやすい……じゃなくて、達也さんのような人に想われる私は、なんて幸せ者なのかしら!

 私は、目を伏せると、キスをねだるように達也さんに顔を突き出した。


 だが、ここにきて、あの片目の醜男秘書がしゃしゃり出てきて、甘い雰囲気をぶち壊しにする。

「申し訳ありませんが、予定が押しておりますので」

 秘書は私を見ようともせず、明後日の結婚式を急遽予定に加えたため、それまでにしておかなければいけないことが山ほどあるのだと、達也さんを急かした。 


「じゃあ、また明日。明日は…… 一緒に、婚姻届けを出しにいこう」

 私から手を離すと、達也さんは、慌しく部屋を出ていった。



-------------------------------------------------------------------------



 翌日は、悪魔のような人からの電話で始まった。


「達也と結婚したければ、好きにすればいいわ。でもね。喜多嶋の嫁として……というよりも一般的な大人としての最低限の常識や礼儀や作法は身につけていただきます。そのつもりでいてちょうだいね」

 達也さんのお母さんは、固い声で私に言いたいことだけを言うと電話を切った。


 それからしばらく、私はショックで動けずにいた。喜多嶋家に歓迎されていないだろうことは覚悟していたけれども、私が家に入った途端、お母さんは、私をいびり尽くすつもりのようだ。

 お母さんのせいで、昨日までの幸せな気持ちは、一気に吹き飛んでしまった。残ったのは、未来に対する恐れと絶望だけ。あんな鬼姑と一緒に暮らすぐらいなら、私は、やっぱり愛人として暮らしたい。そのほうが絶対に気が楽だし、安全だ。


「だめ、私、やっぱり達也さんとは結婚できない」

 それから一時間ほどしてやってきた達也さんに、私は涙ながらに訴えた。和臣さんは、今日も達也さんと共にいた。そして、私の苦境を救ってくれたのは、またしても和臣さんだった。

「お義母さんが怖いなら、一緒に暮らさなければいいじゃないですか」

 彼が、朗らかに提案する。

「たまに会うぐらいなら、唯さんだって、それほど気兼ねしなくてすむでしょう?それに、新婚生活はふたりっきりのほうが断然いいですよ。葛笠」

「はい」

 和臣さんの命令を受けて、愛想なしの片目秘書が心得たように車を方向転換させる。


 連れて行かれたのは、青山にあるマンションの一室だった。

 地上10階、間取りは5LDK。バスとトイレは2つずつで、ベランダからは六本木の夜景が見られるという絶好のロケーション。防犯対策も完璧だし、管理会社と個別に契約すれば、家事代行サービスが定期的に掃除や洗濯をやってくれるという素晴らしい物件である。

「この部屋はですね。喜多嶋の奥さまが気のお強い方であることもあり、もしかしたら別居する必要も出てくるかもしれないと、社長が私に命じて用意させた部屋であるわけですが……」

 秘書が、もったいをつけながら説明する。なるほど、この部屋は、愛娘が姑と揉めた時に備えて六条さんがキープしていた物件であったらしいと私は合点した。

「私、ここで暮らしたい」

 私は、達也さんにねだった。

 あの鬼姑と暮らすなんて冗談ではなかったし、なにより、明子さんと同じレベルの暮らしができるなんて愉快ではないか。


「ですが、本当によろしいんですか?」

 明子さんのために用意した部屋を私にとられるのが悔しいのか、秘書が達也さんに確認する。

「ふたりきり……ですけど?」

「ふたりきりだから、いいんじゃないか。ね、達也さん?」

 和臣さんが、ニヤニヤと笑いながら、達也さんを促す。

「そうですね。そのほうがいいのでしょう」

 同居しないと知れたら、あの鬼母に叱られるとでも思っているのだろう。達也さんは、渋々ながら私の要求を受け入れた。 


 だが、達也さん以上に諦めが悪いのは、あの片目秘書だった。

「本当に、ここでよろしいんですか?」

 片目秘書が、未練がましく私に確認する。

「この部屋は、非常に高い所にありますし、出入り口がひとつしかありません。それに24時間態勢でガードマンが見張ってますけど?」

「私は高所恐怖症ではないわ。それに、マンションの部屋に入り口が一個しかないのはあたりまえじゃないの。セキュリティも厳しければ厳しいほどいいものでしょう」

 私がバカにすると、秘書はムッとした顔で、「では、あなたさまのよろしいように」と言い。明日からでも使えるようにしておくと約束してくれた。


 結婚するにあたっての一番の難問をクリアした私は、晴れ晴れした気分で区役所に向かった。

 婚姻届けを窓口に提出すると、「記念だから」と、和臣さんが、窓口の人も入れた私たちの写真を撮ってくれた。

 この日も達也さんは泊まっていかなかったが、私は気にしなかった。結婚してしまえば、彼とは飽きるほど一緒にいられる。それよりも、今日は明日の式に備えて、ゆっくりと睡眠をとっておくことのほうが大切だ。睡眠不足は、お肌の天敵だもの。


 眠りが深かったので、翌日の朝は、あっと言う間にやってきた。

 ウェディングドレスを着替えた私は、鏡に映る自分を惚れ惚れと眺めながら、半年ほど前に見た明子さんを思い出していた。あの日は雨だったうえ窓越しにしか見ていないからデザインの細部まではわからないけど、明子さんが着ていたウェディングドレスも今日のこのドレスとかなり似ていたような気がする。

「同じだってかまわないじゃないの。あなたの勝ちなんだから」

 私は、鏡の中の自分に微笑みかけた。ドレスは私のほうが絶対に似合っているし、達也さんも私のものになった。負けたのは、私ではなく、あのお嬢さまだ。


 式場に向かう時間が近づくと、佐々木さんという、片目秘書の上司にあたる年輩の社長秘書が迎えにきた。今日は、この人が私のお父さんの代わりをしてくれることになっている。嬉しいことに、佐々木さんは、母が何人も取り替えてきたどの男の人たちよりも、落ち着きも教養も品もある立派な紳士に見えた。


 だけど……


「今日限りとはいえ、あなたの父親をさせていただくということで、一言だけ言わせてもらっていいでしょうか?」

 チャペルに入る直前、彼の腕に手を回そうとした私に、佐々木さんが堅苦しい口調でたずねた。 


「考え直すなら、今しかありませんよ」

「……。なにを言っているの?」

 警戒するように、私は目を細めた。 

「何を言われているのか、あなた自身が一番わかっているはずです。自分の過ちを認め、心から謝ったらどうですか? 今ならば、まだ間に合いますよ」

「なによ、それ?」

 私は、笑い出した。

「私は、なにも悪いことなんかしていないわ。そりゃあ、明子さんには少しは迷惑をかけたかもしれないわよ。でも、私は彼のことが好きなのだもの。この恋を諦められなかったのだもの」

 こういう結果になったのは、運命だ。それに、明子さんだって、森沢とかいう男と幸せになるのだから、結果的には良かったではないか。

「そうですか。ですが、私は、忠告しましたからね」

 佐々木さんは、残念そうにため息をつくと、曲げた腕を私の前に突き出した。


 佐々木さんと一緒に祭壇へ続く通路を進む私に、主に喜多嶋家の席の方から幾つもの突き刺さるような視線が向けられる。 

 でも、もう気にしないことにした。私には、六条さんがついている。あの人がいれば、達也さんのお母さんだって、怖くない。他の誰も、あの人に強いことは言えない。今後も六条さんとの縁だけは切れないように、彼には後でゴマをすって……じゃなくて、心から感謝の気持ちを伝えておこう。

 私が、そんなことを考えて心をお留守にしている間にも、式は順調に進み、牧師さんが、「あなたはこの女を生涯愛することを誓いますか?」と、結婚式のお約束の質問を達也さんに投げかけた。

 しかし、答えが『はい、誓います』しかないこの問いかけに、なぜか、彼は、なかなか答えようとしない。

(もう! 信じられない!)

 結婚式をするために、達也さんがどれだけ忙しくしていたのかは知らないけど、こんな肝心な時にボケるなんて花婿をクビになっても仕方がないぐらいの失態だ。

(立ったまま寝てんじゃないわよ! チャッチャと「誓います」って答えなさいよ!)

 しびれを切らした私は、ドレスで隠れた足をそっと伸ばすと、ヒールで達也さんの足を踏んづけた。

「いっ……」

 私の一撃で、達也さんは完全に目を覚ましたようだ。彼は、痛みに歯を食いしばりながらうめき声を飲み込むと、「誓います」と答えた。


 後から考え直してみれば、この時の彼の不審な態度や佐々木さんの忠告を、私は、もう少し真面目に考えてみるべきだったのだ。だけども、この時の私は、ちょっと……いや、かなり調子に乗っていた。なんの不自由もなくヌクヌクと育てられたお嬢さまから達也さんを奪い返した勝利に酔いしれていたのだ。

 だからこそ、披露宴の直前に明子さんと廊下ですれ違った時も、私は気にも留めなかった。「どうせ、負け犬の遠吠え。最後の悪あがきをしにきたのだろう」程度にしか思っていなかった。「彼を幸せにしてやってほしい」という良い子ぶった彼女の言葉も鼻で笑って聞き流した。


 しかしながら、明子という女は、私が考えていた以上に執念深くて底意地の悪い女だったのである。







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