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悪い女のつくりかた  作者: 風花てい(koharu)
悪い女のつくりかた
71/88

Butterfly  5


「なんで六条さんが謝るんだよ?!」

 おもむろに立ち上がった森沢は、食卓に集まる人々に憤りをぶつけた。悪いのは浮気をした達也である。 それにもかかわらず、なぜ、明子にも非があるかのように、彼女の父親が詫びるのだ?

「明子は何も悪くないのに、そんなの、おかしいじゃないか?!」

「落ち着きなさい。俊鷹」

 文緒が、静かに、だが厳しく息子に注意する。

「でも、母さん!」

「『でも』 じゃない。あなたがどれだけ正しいのか知らないけど、ここで怒鳴ったって意味はないでしょう? それから、なにがあろうと暴力はいけない」

「あ…… はい。達也を殴って、どうも、すみませんでした」

 母親に叱られたから謝るようで癪ではあったが、森沢は、息子の代わりに申し訳なさそうな顔をしている多恵子に詫びた。

「森沢さんは、私のために達也さんを殴ったのですから、お詫びしなければいけないのは、私のほうです。本当に申し訳ありませんでした」

 明子も立ち上がり、森沢を庇いつつ彼以上に熱心に多恵子に詫び始める。それはそれで、森沢は気に入らない。

「君は謝らなくてもいい」

「それに……」 と、続けて何かを言いかけた明子に、森沢は不機嫌に命じた。謝られているはずの多恵子までもが、「そうよ。 あなたは謝る必要ないのよ」と、彼に加勢する。


「ねえ。そのことなのだけど……」

 文緒が首を傾げた。

「明子ちゃんのお父さまのことですもの。俊鷹や多恵子さんと同じように、あの方だって、明子ちゃんが悪くないことをご存知だと思うの」

「それもそうだ」

 あの人が知らないわけがない……と、森沢も思う。明子も父親を信じていないようだ。「本当に父が謝ったのですか? なにか裏があるとしか思えないのですけど」と、彼への不信感を露わにした。


「謝ったのは本当よ」

 しかしながら、六条源一郎の謝罪を額面通りに受け取るのは危険極まりないことだと、会議室にいた誰もが感じたことも事実であった。ゆえに、ただ一人だけ、この謝罪を天の助けかなにかと勘違いしかけた達也が、「いえ、明子さんだけが悪い訳でもありませんし……」 と、さりげなくではあるものの自分の立場を少しでも有利にしようという意図が見え見えの発言をしようとした時、喜多嶋家の者たちは総力を挙げて、この発言を阻止しようとした。

 具体的に言えば、まず達也の隣にい紘一がとっさに彼の口を塞ぐと同時に、反対側の隣にいた紘一の弟の伊織が彼の頭上に拳骨を振り下ろした。それから、源一郎たちと向き合うように達也の背後に固まっていたその他大勢が、「違う! 『僕のほうこそ、申し訳ありませんでした』 だろう!」 と叫びながら、彼の体を前に押し曲げるようにのしかかろうとした。

「はい! ごめんなさい! 僕が先に浮気しました!!」

 一族に押しつぶされる前に、達也が必死になって叫んだ。

「悪いのは僕です。僕が彼女を酷く傷つけたんです。俊鷹は、そんな僕に腹を立てて明子を連れていったんです」


「なかなか素直でよろしい」

 源一郎が、達也にニッコリと微笑みかけた。全く暖かみのない源一郎の笑顔に、笑いかけられた本人は凍り付き、その他大勢は総毛だった。喜多嶋一族の代表者として、そして達也の父親としての紘一が、「お聞きの通りです」と、観念したように息を吐いた。それから、先刻までの源一郎と立場を逆にして、「この度は、息子がとんでもないことしでかしまして、誠に申し訳ありませんでした」と、沈痛な面もちで詫びた。

「申し訳ございませんでした」

 達也も、自分の首を差し出すようにして源一郎に頭を下げた。息子と一緒に多恵子も、無言のまま源一郎に頭を下げ、謝罪の意を示した。

「娘さんを苦しめたことは、いくら詫びても許してはいただけないだろうという覚悟はできています。 かくなるうえは、煮るなり焼くなり潰すなり、どうぞご随に……」

「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや、喜多嶋さん、そこまで!」

 源一郎が、紘一の謝罪を元気よく遮った。


「いいではないですか?」


「は?」

 腰を曲げたまま頭だけをもち上げ、棒でも飲み込んだような顔で紘一が問い返す。

「達也くんには真実愛する人がいた。そのおかげで、明子は苦しむことになった。けれども、彼女もまた本当の愛に辿りついた。だから、これでいいではないですか?」

「許してくださると、おっしゃるのですか?」

 信じられないというように紘一が目を大きく見開いた。「奇跡だ……」と、伊織も呟く。

「でも、それでは、私の気が収まりません。それに、こいつが、明子さんを苦しめたことは事実です。だた許されたのでは、こいつの為にならないというか……」 

 紘一が、達也を前に押し出した。

「いやいや、いいんだよ。達也くん。私は、君の気持ちがよくわかるよ」

 源一郎が、達也を励ますように彼の両肩に手を置いた。

「愛するものを手に入れるためなら、他の何もいらないと思う。恥知らずだと誹られても、他の誰かを傷つけることすら厭わない。激しい恋は、人を我侭にするばかりか、時には鬼にもする。運命の恋の前に、人は無力だ。どんなに理性が戒めようと抗うことができず、心の命ずるまま、罪深い行為に身を委ねずにはいられない。私は、君よりも、むしろ君のお父さんが恨めしいよ。君のお父さんさえ、うちに縁談を持ってこなかったら、娘は傷つかずにすんだのに……」

 達也の肩を掴んでいた源一郎の手が小刻みに震えた。達也も、そして、それを見ていた喜多嶋一族一同も、小刻みに震えた。

「ま、誠にもって、私の不徳のいたすところで」

「いやいや、会社の利益になるからと、欲にかられてその縁談を受けた私も悪いのです」

 再び平伏せんばかりの勢いで謝り始めた紘一に、源一郎が鷹揚に首を振ってみせる。 

「とはいえ、今回のことでは、私も少々腹に据えかねております。そちらにも、少しばかり嫌な思いをしていただかなければ割に合わないと思っているのは本当です」


「ほら来た」 と、誰もが思った。

 一同は、息を止めて源一郎の次の言葉を待った。


「だから、こうしましょう」

 しばらく難しい顔で腕を組んで考え込んだ後、 源一郎が提案した。

「喜多嶋紡績クループの経営について、かねてから幾つかご提案させていただきたいと思っていたことがあるのです。こちらへの詫びの代わりと言ってはなんですが、それを実行していただきましょうか?」

「提案?」

「人事と組織に多少の変化を加えるだけです。一時的な混乱はあると思いますが、将来的に喜多嶋のためになるはずです」

「従業員の雇用などは?」

「守られる……と思っていただいてかまわないと思います」

 心許なげな顔でたずねる紘一に、源一郎が確信を込めてうなずいた。源一郎の口から喜多嶋を潰さないという約束らしき言葉を聞けたことで、話し合いの行方を固唾を飲んで見守っていた人々の顔も和み始める。

「ただ、経営陣の数人には、ご退陣いただくことになると思うのですが……」

 だから提案できずにいたのだと、源一郎が打ち明けた。

「もとより、そのつもりでしたから」

 紘一が弱々しく微笑んだ。生まれ変わるであろう喜多嶋グループに自分の居場所はない。紘一は、そう思い定めているのだろう。


 ふたりのやり取りを見守りながら、多恵子は、なぜか紘一と初めて会った時のことを思い出していた。

 「ぼん・じゅーる」 しか知らないくせに、ヨーロッパで日本人のモデルが活躍しているらしいという噂だけを頼りに、終戦した途端に『胡蝶』のモデルを求めて遙々と海を渡ってきた考えなしの男。 そこまで仕事を……喜多嶋紡績を愛していた男が、今、自分から会社を辞めようとしている。

(では、達也は?)

 多恵子は、初めてみるような目で息子を見た。

 達也は神妙な顔をして紘一の隣で頭を下げているし、充分に反省しているようにも見える。だけども、達也からは、紘一が漂わせているような寂しさ…… 愛着のある仕事を離れることに対する悲しみのようなものを感じ取れない。

(ああ、そうか。こういう気持ちが、この子には足りなかったのだわ)

 多恵子は思った。生まれたときから喜多嶋の跡継ぎをして育てられてきた達也に、多恵子も含めた大人たちは、将来喜多嶋を背負って立つ経営者として優秀であれと教えてきた。そして、達也は、大人の言いつけを良く守って優秀に育った。だけど、きっと、それだけではいけなかったのだ。親の仕事を押しつけることで彼の将来を限定してしまうのならば、彼がその仕事に興味が持てるように、一生愛せるように導くべきだった。 

(……なんて、今さら反省しても遅いわねぇ)

 どうせ、達也も、紘一と一緒に辞めさせられてしまうことになるのだろう。


「では、ふたりの離婚と、その提案の実現をもって、お互いに恨みっこなしということにしましょう」

 喜多嶋父子に向かって源一郎が約束する。 

「それ以後、六条は喜多嶋の経営にいっさいの口出しはしないことをお約束します。そのことも含めて、後で覚え書きを交わすことにいたしましょう。書類は…… そうですね、達也くんの結婚式が終わるまでには準備させます」

「は? 達也の結婚? ……て、何ですか?」

 紘一が目を瞬き、困惑したように多恵子を見た。

(なにそれ?)

 『知らない』 というように、多恵子は紘一に首を振ってみせた。夫婦は達也に顔を向けた。達也は、戸惑ったような顔で源一郎にたずねていた。

「あの、僕の結婚って、どういうことでしょうか?」

「いやだなあ。君と唯さんとの結婚に決まっているだろう」

 源一郎は、不思議そうな顔をしている達也よりも、さらに不思議そうな顔をした。 

「どんな障害があろうと、君たちふたりは結ばれる運命だった。明子という邪魔者もいなくなったんだ。心おきなく、あのお嬢さんと晴れて夫婦になるがいい」


「ちょっと、待って!!」

 多恵子は、思わず声を上げた。それでは、まるで、自分たちが明子を厄介払いした挙げ句、香坂唯を嫁として喜多嶋家に迎え入れるようではないか? だが、明子は、断じて厄介払いされるような娘ではない。あの子は、縁があって義理の親子になった自分たちにも良くしてくれた。とても優しくて気だての良い子なのだ。

 その明子が居た場所に、あの香坂唯が入ってくる? 勝ち誇った香坂唯が達也の横に並んだ姿を想像しただけで、多恵子は虫酸が走る思いがした。

「『真実の愛』だかなんだか知らないけど、これだけ皆に迷惑をかけておいて、結局は達也の望み通りになるなんて、おかしいじゃないですか。六条さんも六条さんです! 傷ついた明子ちゃんの顔に更に泥を塗るようなことをするなんて、あんた、それでもあの子の父親なの?! 私は、絶対に香坂唯など認めません!あの女が、明子ちゃんに取って代わるなんて、冗談じゃないわ!!」

「義姉さん、言葉が過ぎますよ」

 伊織が小声で注意するが、頭に血が上った多恵子に、そんな忠告は無意味である。彼女は、源一郎を力一杯睨みつけた。源一郎は、呆気に取られた顔で多恵子の啖呵を聞いていたが、やがてクスクスと笑い出した。


「奥さま、ありがとうございます」

 彼は、彼女に近づくと、恭しい仕草で彼女の手を取った。

「そこまで娘のことを想っていただけるとは、親として、感謝のしようもございません。ですが、ここは達也くんの気持ちを考えてあげましょう。達也くんは、親の言いなりではなく、自分で選んだ人を妻にするという強い意志を持っているのです。あなたが、唯さんを喜多嶋家の嫁として認めたくないお気持ちはわかります。でもね。香坂唯さんは、喜多嶋の嫁になるために達也くんの嫁になるわけではない。達也くんを愛するがゆえに、彼と結婚するのです。そこのところを間違えてはいけない。逆に言えば、彼女を家族として認めないことも、彼女を家に入れないことも、それは、あなたと喜多嶋社長の自由でありましょう。おかしな女を喜多嶋家に入れようとする達也くんを勘当するのもね。だが 彼が好きな人と添い遂ることだけは認めてあげましょう。これ以上、親の都合を押しつけてはいけません」

「確かに、六条さんのおっしゃるとおりなのかもしれませんけど……」


「あのう」

 多恵子を説得している源一郎に、達也がおずおずと声をかけた。

「そのことは、もういいです」

「もういいです。とは?」

 笑みを崩さずに、源一郎が達也に問い返した。

「つまり、その…… 僕は、彼女とつきあうのをやめようと思っておりまして」

「どうしてだね? もう誰も君の恋路を邪魔する者はいない」

 源一郎が、不思議そうな顔をする。

「いや、でも……」

「では、なにか? 君は彼女のことを、もう好きではなくなった。だから、結婚はしなくてもいい。こういうことかね?」

「はあ」と、達也が力なく答える。その途端、源一郎の顔が急に険しくなった。

「おかしいじゃないか? 君と香坂唯さんは、運命という堅い絆で結ばれた離れがたい関係だったのではないのかね? だからこそ、誰を傷つけてでも、この恋を全うしたかったのではないのかね? それが、『もういい』だって? するとなにか? 君は『もういい』程度の気持ちで私の娘を不幸にしたというのかね? え? そうなのか?」

「い、いえ、そういうことでもない、と申しますか……」

 脂汗をかきながら、達也が源一郎から後ずさる。

「ぼ、僕は、知らなかったんです。彼女が…… 香坂唯が、あんな性格をしていたなんて。だから……」

「あんな性格というと?」

 源一郎が、達也の襟首を掴んで引き寄せた。

「こんな性格のことかね?」

 源一郎が指を鳴らすのを合図に、若い方の秘書が、小さなテープレコーダの再生ボタンを押した。


 どこで、いつ録音されたものなのかはわからないが、テープには、明子と香坂唯の会話が録音されているようだった。機械が小型であるせいか、音量はあまり大きくない。だが、会議室の全員が話すのをやめて耳を澄ませば、充分に聞き取ることができた。

「今日の昼過ぎです。明子のところに達也くんの恋人が会いに来ました」

 源一郎が説明した。録音したのは、明子の姉の紫乃だという。

「盗聴まがいのことをすることに、紫乃もためらいがあったようです。しかしながら、もしも離婚の調停などで揉めた時に、明子の立場を有利にするために必要なのではないか……と、そう考えたようでしてね。だけど、達也くんは聴くまでもないよね? なにせ君は、クローゼットの中に隠れて、ふたりのやり取りを聞いていたそうだから」

 源一郎が冷や汗を掻いている達也に笑いかけた。その後も、源一郎は、いろいろと説明していたようだが、多恵子は、ほとんど聞いていなかった。彼女は、テープから流れてくる明子と香坂唯の言葉の応酬に全神経を傾けていた。

 香坂唯は、多恵子が考えていた以上に自分勝手で卑怯な女だった。許してもらえることを前提で涙を流し、相手が自分の思い通りにならないとわかると脅しにかかる。それでも相手が折れぬとわかると、惨い言葉で相手を傷つける。多恵子が一番嫌いなタイプの女である。

「最低」 という呟きが多恵子の口から漏れた。これが達也の惚れた女だと思うと、我が子ながら情けなくなってくる。

「最低だな、この女は」

 源一郎がテープを止めた。 

「俺よりも達也くんのほうがマシだと? まあ、的を射ているといえなくもないが、彼女はちょっと勘違いをしているようだ。俺は、確かに節操がないほど女を囲ってはいるけれども、全員を精一杯愛している。誰一人として口先だけで愛した覚えはない。こんな男と一緒にしないでほしいものだ」

 源一郎が、達也に冷えた眼差しを向けた。

「なんの努力もしない甘ったれのくせに、自分の思い通りに行かないことは、全部他人の悪意のせいにしてのける。それでいて、自分が楽して得するためなら、無邪気に他人を傷つける。それどころか、可哀想な自分のために、脅迫まがいのことまでしてしまう。こんな自己中心的な女が君に似合いだというのなら、うちの明子は、まったく君に不釣合いだろうな。あんな女しか選べない君程度の男に、あの子の価値がわかるはずがない」

「……」

 誰も、達也を擁護する言葉を見つけられなかった。それほど、香坂唯が明子にしたことは醜かった。


「結婚はしてもらうよ」

 源一郎が、最後通牒と共に、懐から取り出した2通の書類を達也の前に置いた。そのうちの1枚は、明子の名前が書かれた離婚届で、もう1枚は、香坂唯の名前が書かれた婚姻届だった。

「一生あの女と暮らし、自分の愚かさを後悔するがいい。それができないのならば、喜多嶋を潰す。喜多嶋の会社と役員の資産を全部売っぱらって負債の解消と従業員の退職金に当てるから、そう思え。さあ、どうする?」

 達也は答えず、食い入るように書類を睨みつけた。

 喜多嶋一族が見守るなか、彼は、ようやく顔を上げると、震える声で源一郎にたずねた。 

「サインをすれば、喜多嶋を潰さないでくれるんですね? 最初の条件で?」

「約束する」

 源一郎がうなずいた。

「だけど、結婚してもすぐに別れられるなんて軽い気持ちでサインしないほうがいいぞ。別れても潰すし、別居しても潰すよ」

 達也は、ペンを握ると、周囲を見回した。多恵子と紘一は、何も言わずに息子を見つめ返した、他の者たちは、彼からさりげなく目を逸らした。

 味方もなく逃げ場も失った達也は、2通の書類に署名すると、源一郎に差し出した。


「よろしい。和臣、葛笠。明日の朝一番に、これを持って達也くんと役所に行ってきなさい。必ず明日中に提出を済ますように」

 源一郎が、息子と若い方の秘書に命じた。それから、集まった人々に告知する。

「結婚式は、明後日、茅蜩館ホテルで11時からの予定です」

「明後日ぇ~っ?!」

「ええ。僭越ながら、私が全て抜かりなく準備させていただきました。六条と喜多嶋の姻戚関係が解消するとなったら、多くの人が余計な憶測を巡らせることになるでしょう? だから、前回の結婚式に出席してくださった方へのお詫びも兼ねて、六条もこの結婚に賛成していることを、可及的速やかに大勢の人に知らせたほうが良いと思いましてね」

 無邪気な顔で源一郎が説明する。 

「ちなみに、花嫁である香坂唯さんは既に了承しています。彼女は、どうやら家族を呼びたくないらしいので、花嫁の父親は、ここにいる私の秘書の佐々木が代理で務めさせていただきます。父親の役割をするには、葛笠は若すぎますのでね。彼女側の来賓も数が極端少ないので、前回六条家がお呼びした皆さまと他数名にお越しいただく予定にしております。それから、そのテープは差し上げます。続きには、明子のじんましんの原因が実は達也くんその人だったことですとか、俊鷹くんが達也くんを殴ったことですとか、俊鷹くんが明子を連れ出すまでの経緯ですとか、内容盛り沢山ですから、聞いてみるのもよろしいでしょう。そうそう、コピーは取っておりませんから、ご安心を。それから、達也くん。君は、今日から茅蜩館に滞在してもらうよ。結婚式の当日に花婿が逃げた……なんてことになったら困るからね。では、皆さま、明後日に、また、お会いしましょう」

 源一郎は、言うだけのことを言ってしまうと、達也も連れて会議室を出て行った。


 その後は、源一郎の勧めに従って、残された者たちでテープの残りを聴いた。森沢が明子を連れ出した経緯の一部始終を知ることになった喜多嶋一族の者たち……特に男性は、森沢が達也を殴りつけた時の怒りと悲しみを共有しただけでなく、源一郎が達也に対して感じているであろう恨みの深さを想像して身震いした。

「これは、どうしようもないな。達也には、犠牲になってもらおう。可哀想な気もするが、自業自得だ」 という紘一の言葉に、全員が幾分の同情を込めて賛同した。 


 そして、多恵子は、達也の結婚式の前になんとしてでも義理の娘に謝りたくて、その足で長野に向かった。



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