表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪い女のつくりかた  作者: 風花てい(koharu)
悪い女のつくりかた
55/88

Emergence 1

 翌日。

 森沢がいつもよりもずっと早い時間に出社したのは、考え事に邪魔されて眠りが浅かったせいであった。

 欠伸を噛み殺しながらエレベーターを待っていると、彼の熟睡を妨げる原因となった人物が隣に並んだ。 達也である。彼もまた疲れた表情を浮かべていた。


 まもなく到着したエレベーターに乗り込んだのは、ふたりきり。

「申し訳ない。次のに乗ってください!」 

 森沢は、とっさに『閉』のボタンを連打しながら叫んだ。小さな密室は、全速力で走ってくる数人の社員を待つことなく扉を閉じ、ゆっくりと上昇を始めた。


「話したのか?」

 森沢が短くたずねると、達也が言葉の代わりに悲しみに満ちた眼差しを返してきた。達也と香坂唯の話し合いの結果がどうなったかについては、聞くまでもないようだ。

「……。そうか」

「『待ってほしい』と言われた。でも、もう終わり…… だと思う」

 うつむいた達也が、ため息をつく。 

「これまでは、彼女のことを純粋で心の綺麗な子だと思っていたんだ。でも、昨日の皆の話を聞いた後では、彼女の何もかもを疑わずにはいられない。過去に遡っても、彼女の言動の全てが実は芝居だったんじゃないかって、そう思えてならない。僕は……馬鹿だ」

 自己嫌悪に陥っているらしい達也が、片手で顔を覆った。

「全部が芝居ってわけでもないと思うよ」

 森沢は達也に言ってやった。

「なにかしら、彼女にとっての本当があったんだと思う。そうじゃなかったら、いくらおまえが鈍くても気がついたと思う。たぶん、あの子は、お前の全てを愛していたんだ。お前が喜多嶋の御曹司であることも含めてね」

 『こんなこと言っても、慰めにならないと思うけどね』という言葉で、森沢は話を締めくくった。 


 実際、森沢は達也を慰めていたわけではなく、どちらかといえば皮肉を言っていたつもりであった。だた、森沢も、そして彼と同じように家柄の良い高校時代の友人の数人も、過去において今の達也と同じような気分を味わったことがある。だからこそ、彼の失望は手に取るようにわかってしまったし、打算含みの笑顔にコロリと騙された達也を哀れとさえ思う。彼を頭ごなしに糾弾する気にはなれないのだ。

 しかしながら、今の森沢は、達也に同情する気にもなれなかった。なぜならば、達也さえ明子をしっかりと捕まえておけば……この馬鹿さえ彼女を裏切らなければ、森沢は、彼女への想いに気が付くこともなく、軽くて楽しいナンバー2ライフを寿命が尽きるまで全うできたはずなのだ。 

 達也のおかげで迷惑を被っている1番が明子なら、2番は間違いなく森沢であろう。そんな森沢が達也に同情できるはずがない。

 しかも、「今更、明子に謝って許してもらおうだなんて虫がよすぎるよね?」 などと、達也がエレベーターの壁に頭を押し付けながら情けない声を出すものだから、森沢の機嫌は更に悪くなった。

「俺に聞くなよ」

 森沢は、達也を突き放した。だが、彼は元来世話焼きな性格である。「でも、今更許してもらえないとしても、明子ちゃんには謝れよ。全部告白して、土下座しろ」と、助言のひとつもせずにはいられない。

「そんなこと、言われなくてもわかってるよ」

 ふて腐れたような達也の声と、目的階へ到着したことを告げるエレベーターのチャイム音が重なった。


「おまえな」

 エレベーターから先に降りた森沢は、ムッとしながら達也を振り返った。

「その言い方、やめろ。なんでもわかっているようでも、実は、なんにもわかってなかったから、今回、こんなことになったんだ」

「あ……」

 森沢の剣幕に驚いた達也が、虚を突かれたような顔をした。

「そうだね。すまない。今度から改める」

 てっきり言い返してくると思っていたのに、達也は、意外なほど素直に自分の否を認めた。

「直す気があるなら、いいよ。きつい言い方をしてすまなかった」

 森沢は、ぶっきらぼうに謝ると、足早に自分の部屋へ向かった。


 彼は、どうしようもなくイライラしていた。

 なんでこんなことになったんだろう? 

 自分は、これからどうするべきなのか?


 達也よりも森沢のほうが、より切実に相談相手を欲していた。だけども、森沢以上に息子の気持ちを知っていそうな(どうせ、ただの思い込みにすぎないだろうが)彼の父親の信孝は、昨日の夜から姿を見かけない。いつものことながら、森沢以上に勝手気ままな奴である。とはいえ、このまま信孝に勝手をさせておくわけにはいかなかった。 今日の信孝には、研究所の存続をかけて中村家で夕食を馳走になるという大事な予定が入っている。 

「とにかく、昼までには居場所を見つけて帰るように言わないと…… どこかの大学の研究室かな? それとも友達の研究所?」

 父親の潜伏先を考えながら森沢が歩いていると、後ろから女性に声を掛けられた。振り返ると、化粧の濃い若い女が、朝っぱらからシナを作って壁に寄りかかっていた。体つきや胸のボリュームに違いはあるものの、彼女の浮かべた艶かしい微笑みは、昨夜のパーティーで出会った《なんとか麻耶》のそれと酷似していた。

(こんなところにまで、なんなんだよ?)

 森沢の眉間の皺が深くなる。彼が用件をたずねると、女は、新しい彼の秘書だと名乗った。だが、森沢は秘書のことなど聞いてない。


 部屋の前でふたりが押し問答を続けていると、騒ぎに気が付いた伊織が女を追い払ってくれた。

「まったく、油断も隙もないな」

「あの人、本当に俺の秘書?」

 森沢がたずねると、「まさか」と言いながら、伊織が首を横に振った。

「おおかた、失脚寸前の達也を救うため、『女にだらしない』と噂される俊鷹が達也以上の不祥事を起こすことを期待して誰かが寄こしたんだろうよ。あるいは、おまえに取り入ろうとする誰かが寄こしたか」

「誰かって、誰?」

「さあな。達也が失脚したら困る誰かか、おまえが出世したら嬉しい誰かじゃないかな」

「六条に潰されるかもしれないっていうのに、まだ社内で権力闘争? 馬鹿じゃないの?」

「まったくだ」

 呆れる森沢を見て、伊織が苦笑する。

「事の深刻さが本当にわかっているなら、こんなことはしない。おそらく、昨日の親族会議のことを中途半端に小耳に挟んだ誰かの仕業だろう。とにかく、相手は、こんなところに人を入り込ませることができる人物だから気をつけなさい。万が一にも付け入られる隙を作るんじゃないぞ」

「は~い」

 森沢は気のない返事で応じた。どちらにせよ、今の森沢には綺麗なお姉さんとイチャイチャして楽しむ心の余裕はない。


「それより、叔父さん。うちの馬鹿知らない? 見当たらないんだけど」

「信孝義兄さん? 急ぎの用事ができたとかで、昨日のうちに長野に帰ったようだが」

「帰ったぁ?!」


 森沢の声が廊下に響き渡った。



-------------------------------------------------------------------


 同じ日の朝。 


 明子が目を覚ますと、丸くなって眠る彼女を、誰かの手が優しく撫でていた。薄目を開けると、枕元に足を崩して座る女性の膝が見えた。  


「なにも聞かないの?」

 枕に顔をつけたまま、明子は、紫乃にたずねた。 

 昨夜の、明子をこの家に連れてくるまでの紫乃の言動から察するに、彼女もまた達也の浮気に勘付いているはずである。けれども、紫乃は、何ひとつ明子に聞かないし、責めるようなことも言わない。中村家に滞在している間、明子が居心地よく過ごせるように。紫乃は、そのことだけに心を砕いてくれているように見えた。だが、姉が何も言わないからといって平然としていられるほど、明子の性格は大らかではなかった。


「お姉さまのことだもの。昨日の私たちの様子を見て、充分察しがついているのでしょう?」

 明子が重ねて問うと、紫乃の手が止まった。

「達也さんには他に好きな人がいる。それは、あなたも知っているのね?」

 それは、問いではなく、事実の確認だった。

「ええ。香坂唯さんというの」

「そこまで、知っているのね」

 どこから話を始めたらよいか紫乃も迷っていたのだろう。明子の頭上で、紫乃がホッとしたように息を吐く小さな音がした。


「あなたが知っているのならば、話は早いわね。率直に訊くわ。あなたは、その女の人から達也さんを取り返したいと思っているの? 彼が浮気をやめたら、元の夫婦に戻りたい?」

「初めから、違ったもの」

 明子は、薄く笑った。元に戻るもなにも、達也と彼女は、初めから夫婦と呼べるような関係にない。

「そのようね」

 紫乃が微笑む気配がした。

「昨日のパーティーでのあなたは、達也さんがなにをしようが全く関心がなさそうだったもの。もしも弘晃さんが浮気していて、妻の出席するパーティー会場に相手の女性を連れ込んだら、わたくしは、あんなふうには振舞えないわ。嫉妬に狂って、彼と彼女を八つ裂きにするかもしれない」

「弘晃お義兄さまは、浮気なんてなさらないわ。お姉さまのことが大好きですもの」

 紫乃の冗談のおかげで幾分元気を取り戻した明子は、その勢いを借りて起き上がった。 


 姉妹は、同じ目の高さで顔を見合わせた。

「もう終わりにしたいと思っている?」

 紫乃が、たずねた。

「うん。もう疲れちゃった」

 明子は、正直に答えた。 

「あ、でもね」

 達也と離婚するにあたって大事なことを思い出した明子は、掛け布団を胸の前に引き寄せると、姉に対して正座で向き合った。 

「お父さまには、もう少し黙っていてほしいの」

「黙ってろって、でも、あなた……」

「だって、お父さまに知られたら、大変なことになってしまうわ」

 姉が絶句している間に、明子は急いで言葉を重ねた。

「達也さんだって、個人的には腹は立つし性格的にも問題はあると思うけれども、根っからの悪い人ではないのよ。それに、喜多嶋のご両親からは、とても可愛がっていただいたし、森沢さんだって、喜多嶋紡績グループの再生に一生懸命取り組んでいるわ。皆、とても良い人たちなの。だから、私と達也さんが離婚したせいで、喜多嶋のお家にご迷惑をかけるようなことは絶対にしたくないの。だから、お願い! もう少しだけ、お父さまには内緒にしておいて! 達也さんとこれからのことを話し合ったら、ふたりで、お父さまに話しに行ってくるから!」

 明子は、これまで独りで計画し思いつめていたことを、ここぞとばかりに姉にぶつけた。


「要するに、達也さんとは離婚したい。喜多嶋の家や事業には極力迷惑をかけたくない。離婚への道筋をつけるまで、お父さまには知らせたくない。あなたの望みは、そういうことね?」

 明子が口を閉じてから数秒後、 紫乃が彼女の意向を確認しつつ難しい顔をする。

「でもね、明子。お父さまは、達也さんの浮気を、既に、ご存知なのではないかしら?」

「そうかもしれない」

 紫乃に指摘されるまでもなく、それは、明子が一番危惧していることである。

 明子の父源一郎は、結婚式での新郎の態度に不審を感じて以来、秘書の葛笠に命じて達也の監視をさせていたほど彼のことを信用していない。今でも源一郎が達也のことを疑っていることに変りはないだろう。 だが、明子が源一郎に頼んだので、今のところ達也への監視は外されているはずである。

「達也さんが唯さんの所に行ったのは、その後だもの。あれから、まだ2週間しかたっていないわ。第一、お父さまが達也さんの浮気に気が付いたとしたら、お父さまは怒って、すぐにでも喜多嶋を潰しにかかると思うの。でも、喜多嶋の両親は、今のところ達也さんの浮気をやめさせようと躍起になっているみたいだし、喜多嶋には、まだパーティーをやる余裕があるから……」

「だから、お父さまは、まだ喜多嶋には何もしかけていないだろうというわけね。なるほど、あなたの言うとおりかもしれない。だけど、明子。あなた、どうして、そんなに詳しいの?」

 紫乃が厳しい表情で、明子を見据えた。 


「……え?」

「達也さんが浮気してから2週間……とか? 喜多嶋の両親が達也さんの浮気を止めるのにやっきになっている……とか? あなたの言っていることが、変に具体的な気がするのだけど」

「だって、それは、私は、喜多嶋のお家にいるわけだし……」

 風向きがおかしくなったことを感じた明子の背中に、嫌な汗が伝う。

「でも、あなたが、お父さまの監視を止めさせたのは3週間前でしょう? その時のあなたは、達也さんの無実を信じていたから、監視を止めさせたのよね? 『達也さんは浮気なんかしていない。彼を疑うようなことはしないで』って、あなた、お父さまに言ったのでしょう?」

「お、お姉さま。なぜ、そんなことまで……」

「お父さまから聞いたから」

 紫乃の答えは明快だった。

「達也さんは忙しい人よ。 始めから浮気を疑っているのならばともかく、1週間顔を合わせないぐらいで浮気と決め付けるのは、普通だったら早計よね? いつから何週間浮気しているなんて、あなたには言えないはずだわ。喜多嶋のご両親だって、明子経由で達也さんの浮気がお父さまにバレたら困るから、あなたに知られないように動いていたはずだわ。うちの姉妹の中で誰よりも噂話に疎くて、立ち聞きなんかこれまで一度もしたことのないほど真面目で、しかも、おっとり気味なあなたが、今回に限って、どうしてそんなに、いろいろなことを正確に把握しているのかしら?」

「そ、それは、だって、自分のことだから……」

 紫乃の追求から身を守るべく、明子は手にしていた掛け布団を顔の前まで引き上げた。一瞬だけ紫乃の顔が明子の前からなくなったが、それもつかの間のことでしかなかった。紫乃は立ち上がると、明子から力ずくで掛け布団を取り上げて、手の届かないところに放り投げた。


「正直に言いなさい。あなたは、お父さまの監視がなくなれば達也さんが浮気するって、あらかじめわかっていたでしょう?」

「な、なにも」

「嘘つくならいいわよ。このまま、私の疑問をお父さまのところに持っていくわ。達也さんの浮気のことも含めてね」

「待って、お姉さま!」

 出入り口に向かいかけた紫乃に、明子の声が追いすがる。

「全部話すから、お願いだから、お父さまのところに行かないで。せっかく、ここまでは上手く事が運んだのに、そんなことをされたら全てが台無しになってしまう」

「『ここまでは上手く事が運んだ』ですって? まさか、あなた……」

 振り返った紫乃が、愕然とした表情を浮かべて、明子を凝視した。


  明子は観念すると、紫乃に全てを打ち明ける決心をした。




「達也さんに、浮気をするように仕向けたですってっ?!」

「はい。そうです。ごめんなさいっ!!」

 紫乃の前に正座した明子は、極力小さくなってうつむいた。

「なんだって、そんなことを?」

「だって、もう、本当に嫌だったのだもの」


 結婚して以来の達也の様子がおかしかったこと。明子に秘密で香坂唯に会いに行ったこと。香坂唯に想いを残していることを明子に悟られまいと、それを誤魔化すためだけに、達也が明子を抱こうとしたこと。それ以来、明子は達也本人に対してアレルギー反応を起こすようになり、彼と甘い関係になりそうになると、じんましんが出るようになったこと。だから、達也が浮気するようにしむけたこと。そのための事前準備として、父の達也への監視をはずしたこと。等々……

 最初は呆れ顔で明子の話を聞いていた紫乃だが、話が進むにつれ、彼女は明子に同情し、達也への怒りが湧いてきたらしい。

「じんましんが、達也さんのせいだったなんて……」

 いまや、紫乃は、明子以上に怒り狂っていた。「でも、やっぱりやりすぎだったかしら」と、今ごろになって反省の言葉を口にする明子に、「そんなこと、あるものですかっ!」と、紫乃が息巻く。

「数枚の紙切れを読んだだけで昔の女に走る達也さんのほうが悪いに決まっているじゃない。葛笠さんが作ってくれた報告書に嘘が書かれているわけではないのでしょう?」

「そんなことあるわけないわ」

 葛笠は調査書の内容を捏造するような人間ではない。調査書に書かれていたことは、全て事実か、事実に基づく推論であるはずだ。

「ならばよし。あなたが何もしなくても、遅かれ早かれ、達也さんは浮気したわよ」

 紫乃が、きっぱりと言い切った。


「それはさておき。お父さまは、達也さんの浮気に、すぐに気が付くと思うわよ。昨日の達也さんは頑なに無視していたけれども、相手の女の方は、そうではなかったもの。あれでは、自分は達也さんと深い仲だと 公言するようなもの。私以外にも、きっと多くの人が気が付いたと思うわ。そのうちのひとりでも、お父さまに言いつけたら、喜多嶋は破滅する」

 『そうなったら、あなたはどうするの?』と、問いかけるように紫乃が明子を見た。

「そ、その時には、私が…… 私が、なにがなんでも、お父さまを止めるわ!」

 明子は叫んだ。 

 父が、明子のことを愛してくれているのは知っている。だから、彼女を傷つけた者に対して報復してやろう……という気持ちだけは嬉しい。だけども、父が明子の幸せのためと称して、喜多嶋の家に関わるもの全てを不幸にしても、明子は幸せになどなれない。そんなことを、明子は望んでいない。

「私は、達也さんと離婚できればそれでいいの。 お父さまに余計な介入などしてほしくない。これは、あくまでも、私と達也さんの…… いいえ、私の問題なの!」

 明子は、紫乃の目を見て訴えた。


(そうよ。これは、私の問題なのだわ)

 今までの明子は、『こうしてほしくない』、『こうなってほしい』と願いながらも、正面切っては誰にも何も言えず、表面的には誰にでも良い顔をしながら裏でこそこそ陰謀を巡らし、全てがなんとなく自然に平和的に収まってくれるようにと願ってきた。 

 だけども、これからは、きっと、そんな虫の良いことはいってられない。この先の明子は、達也にも父にも、必要とあれば誰にでも、自分の思いを口に出して伝えなければならない。そうでなければ、この離婚話は、先には進まないだろう。それどころか、明子の望まぬ結末を迎えることになってしまう確立が高い。

(し、しっかりしなくちゃ)

 明子は、心の中で自分を叱咤した。


「わかったわ」

 ややあって、紫乃が微笑んだ。 

「あなたに、その覚悟があるのなら、わたくしは喜んで協力するわ。まずは、お父さまが喜多嶋に何か仕掛けるようなら、すぐに知らせてくれるように、弘晃さんにお願いしましょう。あの人、どんな手を使っているか知らないけれども、そういう情報は、誰よりも早く掴むことができるみたいだから」

「あ、ありがとう」

 これから、自分の考えの甘さを紫乃から次々に指摘され説教されると覚悟していた明子は、いささか拍子抜けしながら礼を言った。

「和臣と葛笠さんは、お父さまが本格的に動き出すとなったら信用しないほうがいいわね。となると、まずは達也さんとの話合いだけど…… ああ、ちょっと待って。達也さんは、お父さまが怖いから、香坂唯さんとこっそり付き合いつつ、あなたとの結婚生活を続けたいって思っているのよね? 明子が、どうしても別れたいのだったら、まずはこちらの主張を明確にしておかないと。そうでなければ、達也さんに丸め込まれることになりかねないわ」

 ボンヤリしている明子を尻目に、紫乃が次々に明子の粗雑な計画の穴を埋めていく。 


「それから…… ああ、そうだ。まずは、あれを、もらいに行かないこと?」

「あれって?」

「いやあね。 離婚するなら、どうしても必要なものがあるでしょう」

 キョトンとしている明子に、紫乃が笑いかけた。


「離婚届よ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ