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悪い女のつくりかた  作者: 風花てい(koharu)
悪い女のつくりかた
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A bride in the rain  2

 本日中に法律上の親となる喜多嶋夫妻の登場に、明子は慌てて椅子から立ち上がった。姉や兄、妹たちも、いっせいに夫妻のほうに顔を向けてかしこまる。


「ま、まあ。みなさん、お揃いでしたのね」


 勢ぞろいした六条源一郎の子供たちを目の当たりにした喜多嶋夫人が顔を引きつらせた。ここに勢揃いしている子供たちのうち、父源一郎の本妻が産んだ子供は兄の和臣のみだ。あとの娘たちは、すべて父が外で作った子供。しかも、全員母親が違う。どれほど兄弟仲が良くても、ごく普通の家庭で育った女性にとって、自分たちという存在はやはり受け入れがたいものがあるようだ。



 喜多嶋夫人が自分たち兄弟姉妹に対して軽いアレルギー反応を起こしていることに、紫乃と和臣は気がついているに違いなかった。だが、彼らは精神的に強いから、相手に怒りを覚えても愛想の良い笑顔を崩すようなことはない。人の良い橘乃は、気がついていたとしても、それを気に病んでいるかどうかまではわからない。下の妹たちも気がついているようである。紅子の顔が一瞬だけ悲しそうにゆがみ、夕紀が同い年の姉に助けを求めるように彼女に身を寄せる。夫人に敵意のある眼差しを向ける末の妹を隠すように、和臣がさりげなく移動した。



(お母さまたちまで全員集合していなくてよかったこと)

 

 明子は、つい意地の悪いことを考えた。


 本妻の死後、六条家の屋敷には、子供たちどころか明子の実母を含めた源一郎の愛人6人も一緒になって暮らしている。彼女たちまでこの場にいたら、喜多嶋夫人は卒倒していたかもしれない。なさぬ仲の親子が群居しているという六条家の家族のありかたを快く思っていないらしい喜多嶋家に気を使った結果、本日の式に出席しているのは、明子の生みの親の愛海まなみのみとなった。母親たちが全員出席することができた紫乃の結婚式と比べると、どうしても寂しさを感じてしまう明子である。


(比べては、ダメ)


 明子は自分を戒めた。自分が嫁ぐのは、姉が嫁いだ中村家ではない。人を羨んでばかりいても、自分が惨めになるだけだ。なるべく早く喜多嶋家のやり方や考え方に慣れなければいけない。それに、喜多嶋夫人のほうでも、偏見をもたずに妾の娘である明子を息子の嫁として受け入れようと、それなりに努力はしてくれているようなのである。


「まあまあ、綺麗にお支度ができたわね」

 喜多嶋夫人は、引きつった顔を無理矢理笑顔に変えると、明子に顔を向けた。

「ありがとうございます」

 明子は微笑んだ。彼女が着ているウェディングドレスは、見合い後の初デート兼結婚式の打ち合わせの時に、達也が見立ててくれたものであった。生成りのような色合いのジョーゼット生地で作られたドレスのスカートにはたっぷりとヒダが寄せられ、ところどころにブーケと同じ色合いの小花が飾られている。


「私には、ちょっと可愛らしいすぎるかな……とも思わないでもないんですけれど」

 明子は顔を赤らめた。背は高いこともあり、普段の彼女は、可愛らしいデザインの衣服を選ぶことがない。だから、愛らしいドレスを身につけている自分が、少しばかり気恥ずかしかった。


「あら、そんなことはないわ。とてもお似合いよ。確かに、どちらかといえば、小柄なお嬢さんが好まれるデザインだけど……」

 楽しそうに話していた夫人が、ふいに、凍りついたように話を止めた。たとえは悪いが、まるで幽霊にでも出くわしたような…… そんな顔をしている。


「お義母さま?」

「あ、いえ、その、なんでもないの」

 夫人は笑顔で首を振ると、思い出したように窓に目を向けた。「雨、止まないわねえ」

「そうですね」 と、明子も彼女に合わせるように窓のほうに顔を向けながら、姉と兄のほうにさり気なく視線を送った。彼らは、夫人の奇妙な表情をどのように思っただろう? だが、どうやら、ふたりとも喜多嶋氏の相手に忙しくて、こちらを見ていなかったようだ。


 特に紫乃は、喜多嶋氏の相手にうんざりしているようだった。


 達也の父親である喜多嶋紘一は、紫乃の夫である中村弘晃の姿がこの場にないことをしきりに残念がっていた。しかしながら、中村夫妻のうち妻だけが今日の式に参列することをは、あらかじめ喜多嶋の家に伝えらえてれいたことではある。


 ここに限らず、弘晃が表に顔を出すことは、めったにない。父親が代表をつとめている中村物産の役員名簿の端に小さく名前が乗せられているだけの弘晃だが、実は彼こそが中村物産の事実上の社長であるばかりか、それぞれが中村物産グループとほぼ同等の規模を誇る企業グループを統括する3家の分家を含めた、いわゆる『中村四家』を統べる中村本家の真の当主でもあるらしいという噂は、以前から一部の人々の間で囁かれていた。


 弘晃の父親が先代から事業を引き継いでから、つまり、弘晃が生来の学者肌で経営者の素質皆無の父親を助けて中村物産の経営に参加するようになってから、倒産間近と噂されていた中村物産は急速に息を吹き返した。それどころか、数年前の石油ショックの時の中村物産は、動揺する他の会社を尻目に、打つべき手を早め早めに打つことで、自社グループばかりか取引先の損害までも最小限にくい止めてみせた。


 おかげで、先代の時には『神頼み経営』と揶揄されていた中村物産の評価は鰻登り。それに伴って、弘晃が事実上の中村物産グループの最高意志決定者であることも、かなり広く世間に知れ渡ってしまったようである。しかも、姿を見せないことで神秘性が増すのか、最近の弘晃は伝説の人であるかのように思われ、中村の隠された御曹司と個人的な親交を持つことが、なにか特別なステイタスであるかのように思われているフシがある。そのため、紫乃がパーティーなどの席に姿を見せようものならば、まるでエサを投げ入れられた池のコイのように、各界の重鎮と呼ばれるような年配の男たちが彼女の周りに群れ集まってくる。おかげで、ほんの数年前まで『妾の娘』などと大っぴらに陰口を叩たかれていた紫乃は、いまや社交界の花形である。


 その弘晃にしても、紫乃と婚約した頃までさかのぼれば、一部の人々は高く評価していたものの、一般的には、おかしな宗教にうつつを抜かしているらしい引きこもりの中村家の長男坊と噂され、奇人変人の扱いを受けていた。姉が彼と結婚すると決まったときには、明子にお悔やみを言いにきた人もいたほどである。


 姉と義兄。そのどちらもが、付き合ってもロクなことがないと思われていた。紘一も、昔は同じように思っていたに違いないのだ。それにもかかわらず、今の紘一は、紫乃だけでなく弘晃と仲良くしているところを、世間に見せびらかしたがっている。現金なものだと、明子は思わずにはいられない。



「この機会に是非ともご主人とお話してみたいと思っておりましたが、残念ですな。いやはや、非常に残念だ」

 未練たらたら、紘一が繰り返す。

「申し訳ございません。主人は、あまり丈夫なほうではございませんので、こういったお席には……」

 言葉を濁しながら紫乃が夫の分まで頭を下げたが、喜多嶋夫妻は、そんな曖昧な言い訳を聞かされて納得する気はないようだった。


「それは、うかがっておりますわ」

 喜多嶋夫人が夫に加勢を始める。

「そりゃあ、普通のパーティであれば、お体のほうを大切になさって欠席なさるのもよろしいでしょう。パーティなんて、たいしておもしろいものでもございませんものね。でも、今日は、ご自分の奥さまの妹さんの結婚式ですよ。余命幾ばくもないとか、年がら年中寝込んでいるわけじゃあるまいし、これから親戚になろうという私たちに対して、たった2、3時間のお時間も割いていただけないなんて悲しゅうございますわ」

 夫人は、1ヶ月先の結婚式の招待状に対して、健康不良を理由に弘晃が出席を断ってきたことが不満であるようだった。確かに、普通に考えれば『1ヶ月後に風邪をひくでしょうから、欠席します』というのは変だろうと、明子も思う。


「それとも、由緒正しくお偉い中村の御曹司さまは、たかだか200年足らずの歴史しか持たない糸屋あがりの商家のパーティーなどには、出席する価値もないとお考えなのかしら?」

「いいえ、とんでもない。主人は、欠席しなければいけないことを、とても残念がっておりましたわ。今日のお式がどれほど素晴らしかったかを話して聞かせたら、きっと悔しがることでしょう」

 売られた喧嘩は適正な値で買うことを信条としている姉のこと。ここまで嫌みを浴びせられて、腹の中は煮えくり返っているに違いない。だが、彼女はひたすら愛想良く、適当な詫びの言葉を口にしながら、夫人の嫌みを受け流していた。


 そんな姉の姿を、下の3人の妹たちは同情を込めた眼差しで見つめていた。 

「でも、弘晃義兄さまは、本当に年がら年中……」

「だめよ、紅子」

 橘乃が、姉の代わりに小声で反論しかけた紅子の口を、背後から彼女の頭ごと包み込むようにしてふさいだ。


 そう。紫乃が言わない以上、それは言ってはいけないことなのだ。


 紫乃が語る夫の欠席理由には、少しばかりの嘘が含まれている。彼女の夫は、『あまり丈夫ではない』のではなく、『かなり』どころか『全然丈夫ではない』のである。はからずも夫人が言った通り、余命を宣告されるような病を抱えてはいないものの、弘晃は、年がら年中寝込んでいる人だった。そのため、1ヶ月先のパーティーだろうが、3日先のパーティーだろうが、彼が欠席する可能性は、出席する可能性よりも、常に非常に高い。また、たとえどんなに具合の良い日でも、半日程度の外出でさえ、彼にとっては相当な負担となる。特に、寒くて風邪が流行るこれからの季節に、雑多なウィルスが空中を漂っている人ごみに弘晃を連れ出すことは、極力避けるべきこと。心配性の社員たちから寄ってたかって叱られるので、冬場の弘晃は、自分の会社にさえ、めったに行かせてもらえないほどなのだ。


 紫乃が、そこまで詳しく夫の状態を説明すれば、喜多嶋夫妻も、これ以上の無理は言わないであろう。 だが、経営責任者の健康不安は、会社への信用不振に直結しかねない。本当は、『弘晃があまり丈夫ではない』ことだって、明子の親戚になるからこそ、特別に明かすことした秘密なのだ。中村物産の社員や中村の一族が躍起になって守ろうとしている秘密を、見栄っ張りな夫婦に嫌味を言われた程度のことで、自分たちが明かすわけにはいかない。


 そうは言っても、紫乃の我慢も、そろそろ限界のようだった。


「なあ、紫乃さん。ご主人に披露宴だけでも出席してくださるように、もう一度だけ、お願いしてみてはくださらんだろうか?」

「え? 今から……ですか?」

 紘一の余りのしつこさに、紫乃の声が、わずかに尖った。


 明子と兄の和臣は、さっと顔を見合わせた。

(このままでは、かなり、まずい)

 姉がぶち切れる前に、紘一の機嫌を損なわずに、彼の要求を退ける必要がある。

(でも、どうやって?)

 気持ちは焦るが、明子も兄も、良い手など、まったく思いつかない。


 その時である。


「伯父さま! こんなところにいらした! さっきからずっと探していましたのよ!」という声と共に、明子と同じ位の年ごろの女性が控え室に飛び込んできた。 

 続いて、もうひとり。その女性よりも幾つか年上に見える男性が、滑るように入ってきた。


                     



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