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現代物・和モノ置き場

ヒスイカズラ

作者: 鳴田るな

 久しぶりに遠出をした。

 階段で転んで骨折してから、一応リハビリまで終えたものの、すっかり出歩くのが億劫になっていた。それも可愛がっている孫のためというのなら、気力が湧いてくる。


 私がもう少し元気だった頃は、押し花で栞を作るなどを趣味にしていたせいだろうか。珍しい花がたくさんあるという温室に連れてきてくれた。読みにくい看板の文字から一生懸命解説をしてくれるが、こういうものは眺めているだけで十分楽しい。少し疲れるが、気分はとてもよかった。

 ふと、とある一角で目がとまった。今のシーズンが見頃なのだと、孫が言っている。実はこの花が見たくて、今日ここに誘って来たのだとも。

 けれど申し訳ないことに、それらの言葉は耳から流れていってしまう。


 ――どうして、忘れていたのだろう。

 私は急激に、もうずっと昔、自分の青春時代を思い出しつつあった。






 私が幼かった頃、近所の丘の上に立派で風変わりなお屋敷があった。いち早く文明開化の恩恵を受けた開放的な港町でも、その館にはなんとも言えない独特の雰囲気がただよっていて、門の先はどこか異界に通じているのではないかと錯覚させるようなところがあった。

 やんごとないお方の隠れ家なのだとか、危ない商人の別荘なのだとか、はたまた夜になると幽霊が出る呪われた館なのだとか――とにかく噂話には事欠かなかった。いつでも静かで、人の気配や生活臭があまりしなかったのもまた、でたらめを吹聴させるのに貢献していたのだろう。


 私の家もけして貧相なわけでなく、むしろ裕福だった。鎖国時代から続く呉服屋だったのだ。庶民にしてはかなり恵まれていた方だったと言えよう。

 私はそんな、大勢から羨まれるような家にあって大層やさぐれていた。物心ついた頃に実母を亡くしたせいか、元々の本人の性格だったのか。父が私に優しかったのは幸いだったが、後妻さんと彼女の生んだ腹違いの兄弟達と折り合いが悪かったせいもあって、なるべく家を出て遊ぶのが常だった。近所の悪ガキ共を連れ歩いた頃から、学校に行く年になっても、私は外歩きをやめなかった。はしたないことだと継母に叱られれば、当てつけもあったのだろう、余計に態度は悪化した。



 私と丘の上の屋敷とに縁が結ばれたのは、ちょうど後妻さんがやってきて弟が生まれた頃。珍しい話でもあるまい、十になったかならないかの悪たれどもが集まって、やあ今日こそ件の屋敷にて度胸試しをしようじゃないかと誰からともなく言い出した。どきどきしながら突撃した無謀な冒険者達は、侵入にこそ成功したが、手柄を持ち帰ろうとして庭をがさごそしているところを、見事に管理人らしい老爺に見つかり、首根っこをつかまれてしまった。


「これこれ、わっぱども。遊びに来るのはいいから、荒らすのはおよしなさい。悪さが過ぎるようなら、こちらにも考えがありますぞ」


 いかにも品よさそうで穏やかな洋装の人の言うことは、あくまで優しい口調であったが、奇妙な迫力があった。大体、屋敷に人がいただけでも我々には大層な衝撃だったのだ。老爺は木陰に立ち、影の中で生きているのか死んでいるのかどこか判然としなかった。顔に何やら古傷のようなものが見えていたのも、不気味な恐ろしさに拍車をかけていたのかもしれない。ごめんなさいを口々に言って、泣き出した弱虫の手を引いて一目散に退散した。初回の思い出は散々なものだった。


 そのことがあってから、すっかり怖じ気づいた他の子は屋敷には寄らなくなり、大げさな噂話に尾ひれをつけることに忙しくなった。

 しかし、生来のじゃじゃ馬であった私は、負けず嫌いも手伝ったのだろう、しつこくその後も屋敷に通い続け、堀の穴から侵入しては四季折々に変わっていく眺めを大いに楽しんだ。汚さず使っている分には、どうやら亡霊のような老爺も文句は言わなかった。


「おや、また来なさったか、お嬢さん」


 いつの間にか日除け帽を脱いで会釈さえされる仲になった。


「お庭は好きですか」

「綺麗だし、人がいないもの」

「人はお嫌いですか。前に来たときはお友達が大勢いらっしゃったようですが」

「話すのは好き。うるさいことを言われるのは嫌」


 自分で思い出していてもさぞ生意気で憎たらしい小娘だったろうに、老爺は目尻にくしゃくしゃのしわを増やし、時折声を上げてのびのび笑うだけで、追い出そうとすることは終ぞなかった。

 彼はたまに、庭で取れたらしい果物を持たせてくれた。誰にも見つからないように、途中でこっそり食べていた。ばれたら弟や妹に取られ、入り浸り先を特定されて禁じられてしまうとわかっていたので。



 女学生になっても私の悪癖は止まなかった。育つほどに母に似てきた私は、ますます継母の不興を買っていた。家に帰れば何かにつけていじめられ、弟や妹たちも母親の真似に忙しい。父だけは一応味方だが、どちらかと言えば大人しい人で、面と向かって継母達に刃向かうこともない。

 今思い出してみれば、継母のあれは真面目に花嫁修業をするでもなく、のびのび学校に行っていた私に対する純粋な親切心だったのかもしれない。当時は女の元気がよすぎるのは嫌われた。継母の言う通り、おしとやかに家庭的な女性であった方が、きっといいお婿さんを得ることができたのだろう。気に入らなければ誰が相手でもはっきり言った私は、生意気だとよくぶたれ、それでも懲りることもなく自己主張を繰り返し、大人達を大いに手こずらせていた。父だけは手を上げなかったし、そういうことを頑なに悪いと決めつけて言わなかったが、継母に睨まれれば渋々の顔で説教はしたし、やはり厄介な私の取り扱いに困っていたらしい部分は否めなかった。


 学校に行くと勉強は楽しかった。女学校で私は異国の言語に関する科目が得意で、将来はそちらの方に興味があったけれど、異国と我が家との相性は悪かった。裁縫が一向にうまくならないことばかり言われる家を一層嫌うようになったが、お転婆が過ぎるせいか女学校の同輩にも積極的な賛同者はいなかった。自然、私は一人の時間が増えた。関わり合わない。結局それがお互いにとって一番楽だと、気がついていったのだ。



 丘の上の屋敷には、特別なことがあると行くようにした。学校でよい成績を取れたとか、逆に家で継母に叱られたとか、理由はその時によっててんでバラバラだった。名前の知らない花々や木々の香りに包まれ、青草の上でうたた寝をすると、快い思い出はそのまま胸の中にしまわれ、不快な思い出は消えていく。本を持ち込んで読むのも好きだった。人の気配のあまりしない屋敷で過ごすのを、私だけの秘密、私だけの場所だと傲慢にも思い込んでいた。



 女学校に入ってもう少しした頃のことだったろうか。

 そのときの私は久しぶりに継母と大喧嘩を繰り広げた後で、頬を腫らし目を充血させたまま、一目散に落ち着ける場所へと走ってきた。いつも通りに忍び込み、袴の裾をはらって乱暴に顔をぬぐい、顔を上げた瞬間。見知った庭に、見たこともない人が、すうっとこう、まるでどこかから降り立ってきた一羽の鶴のように立っていたのだ。


 あんぐり口を開け、ついでに目も見開いた私は、たっぷり瞬きいくつ分もその人のことを凝視していた。

 私よりいくつか年上らしい、とてもお美しい方だった。お顔立ちの輪郭がはっきりしていて、鼻がまっすぐのびていた。髪こそつややかで濡れ羽色の色合いだったけれど、真っ白な肌に、翡翠色の目。体つきの華奢な輪郭は柳のごとし、されど身長は殿方のようにすっと高かった。紺色の洋装のドレスがよくお似合いで白いショールをまとっていらした。

 一目で、異国の血を引いているのだとわかった。

 お人形のように整ったその方は、瞬きをしてから、つと目を細めた。


「こんにちは、はいからさん」


 見た目と同じようにすうっと透き通る声で、その方はぼーっと突っ立ったままの私に朗らかに語りかけてきた。私がきょとんとしていると、無邪気に微笑みを深める。私はものも言えず赤くなった。


「あなたのようなお方をはいからさんとお呼びするのでしょう? 爺に聞きました。違っていて?」


 じい、という言葉が頭の中で一周して物静かな老人の姿を描き出す。けれどそれ以上頭が動かず、体も言うことをきかない。かちこちになって立ち尽くした私に向かって、一歩、二歩。


「いらっしゃいな。今日は気分がいいの。わたくしにお客様をおもてなしさせてちょうだい」


 おかしなことに、度胸試しで唯一残った図太さを持ち、がさつで気が利かずちっとも女らしいところがないと言われ続けてきた私だったはずが、その人を前にするとすっかりしおらしくなってしまっていた。返事もまるで蚊の鳴くような程、ようやく「はい」と言えたぐらい。借りてきた猫のようだった。

 勝手に人様の家に入っていたことを、自分の無様な顔を見られたか――いや、そんな些末なことを気にしていたのではない。私はただただ、その方の繊細でありながら凜としたたたずまいに、雰囲気に圧倒されつつ魅了され、骨抜きになっていたのだ。



 私がいつもさまよい混んでいた場所よりさらに奥に行くと、木漏れ日の中に白いテーブルと椅子が置かれていた。そこで手ずからいれてくだすったお茶をいただいた後、ひんやりした濡れ手ぬぐいを渡された。

 正直あの時はのぼせ上がっていて、自分が何をして何を話したのか判然としない。

 ただ、じっと美しいお顔を見つめているうちにあっという間に時が過ぎ、「またいらっしゃい」と優しく言われて屋敷の正門から見送られた。



 お姉様と私とは、そうして出会った。私はすっかり、その日から彼女に変えられてしまった。

 それまでほとんど見向きもしていなかった身なりに気をつかいだし、授業中にも上の空になってしまうことがあった。私の傍目にもわかる急激な変化に、周囲はいぶかしがった。継母や弟妹は相変わらずいい顔をしなかったけれど、同輩は恋する乙女の気配を敏感に察知したか、以前とは異なって寄ってくるようになった。私も前のように、彼らに棘を向けることなく話をすることができた。雑誌の情報など得ては、少々遅めの思春期に浸り、娘らしく振る舞おうと努めた。何しろ屋敷のお方は大層素敵な方だったので、また会いにいらっしゃいと言われた分、自分もちゃんとした見た目で会いに行くのだと妙に意気込んでいたのだ。

 少女達は私がぼかして話すものだから、すっかり身分違いの方にのぼせているのだと思っていて、楽しい勘違いで私を見守った。中には相手が女性であると気がついた勘の鋭い人もいたけれど、否定的な者はなかった。女の子同士が集まって隔離されれば、姉妹よりももっと濃い関係が結ばれることもある。お兄様にせよ、お姉様にせよ、彼らには些細な違いだった。本気で結婚を考えていたわけでもなし、ただ少女心のままに舞い上がってかしましくしている。青春とはそれだけで楽しかったのだ。


 お姉様に二度目に会いに行くのには勇気がいった。まず服が気に入らない。「はいからさん」と呼んでいただいたのだもの、本当は流行のおしゃれな洋装で、髪もモダンにしたかったのだけれど、家が家なので少々準備が難しかった。かわりに着物にさほど困ることがなかったので、今までは人に任せきりか適当だった組み合わせを熱心に研究するようになった。着付けなどを自分で工夫しだしたのもこの頃。とにかく毎日が忙しく、どのようにすればよりあの方の関心を引き出せるのか、ない知恵を絞って懸命に考えていた。

 文を書いて自分の文字の汚さや文才のなさを恥じたのも、これが初めての経験だった。手紙の文面は女学生達と相談した。一緒に気の利いた贈り物も持っていきたかったのだけれど、あのお屋敷に住んでいるようなお方なのだし、あまりこちらの方から押しかけすぎるのも失礼な気がして、結局はやめた。同輩達は好き勝手あれこれ用意しようとしたが、私は肝心な所で臆病だった。こっそり綺麗に包まれたカステラも、すべて娘達の腹の中に収まることになった。



 ようやくもう一度顔を見せられた時には、季節が一つ変わっていた。海老茶色の女袴は女学生として変えられないので、上の着物はどうしようか、リボンは、髪型は、さんざ小娘共の浅知恵を巡らし、額を付き合わせて悩んだものだった。休日に一日ゆったりするのが理想だったけれど、さすがに仰々しくおめかしして出かけたりなどしたら家の誰かに見とがめられて追求される恐れがあり、一番安全なのは女学校の帰りにささと寄ってくるプランだと思われた。


 すっかり暑い季節になっていたため、着物は清涼感を意識して海老茶と対照的な鮮やかな青系統のものを。リボンも合わせて青系統、束髪を崩して結った。

 そこまで用意して行って、けれどはたしてあの方はいらっしゃるかしらん、あんなに通い詰めていたときは一度も出会わなかったのだもの、あれは夢だったのでは、と不安は尽きず、足取りははやりながらも重たい。

 ようやっとおそるおそる塀をくぐってみれば、一度目に会った時同様その方はいらした。夏用の涼しげなドレスにショール、日傘をさしてくるりと振り返り、美しくよく通る声でおっしゃった。


「憎らしいあなたがすっかりお待たせするので、待ちぼうけになってしまったわ。でも来てくれたので許します。さ、お入りになって、わたくしの可愛いお客様」


 少し口を尖らせてふてくされた様子を見せた直後、ころりと一転してお笑いになる。

 私はそのときも、それ以降もずっと、お庭ではお姉様に言われるがまま、うなずき従う置物であり続けた。その日はお茶だけでなく、異国のお菓子もいただいた。たっぷりふりまぶされた白砂糖や乳製品の味に目を白黒させる私を、彼女は面白そうに目を細めて眺めていた。つい食い意地を見せてしまったが、怒るどころかさらに勧める有様だった。彼女は小食だったが、人の食べるところを見ているのは好きということだった。



 お姉様のことについて、私は多くを知っているようであり、何も知らないような気もした。逆にお姉様は私の事をよく知ってらっしゃるようだった。何年も庭に不法侵入をくりかえしていたのを、実は館から見ていたらしい。

 私は顔から火が出る思いだった。ではどんなに後から取り繕ったところで、私の醜い本性は既にわかってしまっているのだろう、絶望する気持ちだった。

 しかしお姉様は私の元気のいいことを特に評価なさり、駆け回ってはしたないとしか言われたことのない活動性を、大層うらやましがった。

 彼女は生来病弱で、つい最近まで館から外に出られなかったのだという。時折私と会うときに、洋装の寝間着のような格好で館の中から窓越しに呼びかけられることもあった。お姉様の繊細さを私は心配すると共にとても羨ましく思った。一方、彼女は私の健康な部分が羨ましかったらしかった。


 お姉様は私が走り回る姿が一番好きだとおっしゃったが、彼女の前で何もできずにいる様子をお責めになることはなかった。


「かわいらしいはいからさんだこと」


 私は彼女のことが大好きだった。彼女に言われる言葉ならなんでも、すっと胸の奥に入って納得できる感じがした。一方で、彼女に笑いかけられると真っ赤になってまごついた。彼女の機嫌をうかがってはびくびくと小動物のように怯えた。

 お姉様は私の幸福であり不幸だった。会わないでいる間は指折り数え、けれど実際にお会いすれば日頃以上になにもできない自分に幻滅する。お姉様の嗜んでいる本を読むために、より一層異国語に励んだ。教師に怒られてもなんとも思わないのに、お姉様をちょっと笑わせるためなら夜更かしもいとわなかった。

 私は年上の少女を崇拝していた。彼女は私の神だった。



 交流が重ねられても、私たちはお互いを、「お姉様」「はいからさん」と呼び合い、本名は知らないままだった。

 時折お姉様はご自分の事をお話しになるが、なんでもないことのようにほっと出してしまい、基本的に二度くりかえしてくださらなかったので、得られる情報は断片的だった。

 たとえば、自分は特殊な病気なので昔から館にて療養中で、最近は少しよくなってきたので外を出歩けるようになったとか。

 たとえば、老爺の名前が藤岡といい、彼女の爺やなのであるとか。

 たとえば、屋敷にはもう少しメイドがあって、世話をしてくれるのだとか。

 たとえば、彼女の母君は既に亡くなられていて、父君は異国の方なのだとか。


 あるいは私からしつこく聞き出せば教えてくださったのかもしれないが、大切な非日常の逢瀬の現場でそんな無粋な真似をすることははばかられた。

 私もまた、聞かれれば答えたが、自ら積極的に自分の事を話そうとはしなかった。


 一緒にいて、庭を眺めて、時折お茶をいただいて、日々あった今となってはどうでもいいあれこれを、けれどその当時はとても真剣に悩んでいたようなことを、お話しして。

 それだけでよかった。

 季節ごとに色を変えていく珍しい花々に囲まれながら、お姉様はお体の調子が続く限り、私の長話にいつまでも付き合ってくださった。


 幸せは三年ほど、私が十六になるまで続いた。もうすぐ卒業の年が近づき、お姉様を知って多少は女らしさに目覚めた私も、相変わらず負けん気の強さは治らなかった。むしろより一層、態度が大きいばかりでちっとも見た目もなりも所作も美しくない男達を嫌悪するようになってしまっていた。周囲の時代的優等生達は縁談が決まって中退したものも少なくなく、何の憂いもなく順調に卒業できそうな私はしばしそのことを揶揄された。結婚が決まらないのはこちらとしても望むところだったが、自分の進路については悩まれた。私自身は働きたかったが、適当な誰かに嫁いでもらってさっさと落ち着いてもらいたかったのだろう実家とは気が合わないままだった。



 その日、大変珍しいことにお姉様から呼び出された。人づてに手紙を渡されたときの衝撃と言ったらない。うれしさと、驚きと、何か漠然とした不安のようなものがあった。女学生達はちらりと私の受け取った手紙の文字の美麗さを見て騒いだ。

 教師に見つかって止められる前、いそいそと準備もそこそこに出かけていくと、彼女はなんと和装で私を出迎えてくださった。

 異国の情緒ただよういつものドレス姿も素敵だけれど、真白いお着物を紫紺の帯できりりとまとめたお姿は、上品に結い上げられた髪も相まって私に和を感じさせた。


「はいからさん、おいでなさい。今日はとっておきの場所を見せてあげる」


 お姉様は私を、お屋敷とお庭の中間のような、お茶会をしていた場所よりもさらに奥に誘った。

 ガラスで作られた不思議な建物は、内部に入ると湿度が高くとても温かかった。

 導かれるまま見たこともない緑の群れの中を進むと、お姉様が立ち止まり、私を彼女の横に呼んでから指さす。私はあっと口を開いた。


「お姉様、翡翠が咲いている!」


 たっぷりしばらく硬直した後、振り返って叫んだ私に彼女は破顔した。


「きっと気に入ってくれると思ったのよ。綺麗でしょう?」


 見たこともない色合いの植物だった。青い花ならばあじさいや朝顔など見たことがあるはずだが、もう少し緑がかった――こんな、お姉様の目と同じ翡翠色の花なぞ知らない。上から重たげに垂れ下がり、葉のような花びらのような翡翠をどっさりつけている。藤にも似ているだろうか、けれど藤よりはずっと一つの花の数が少なく、また花びらもしっかりと大きかった。

 私は幻のような花を前に呆けていた。するとぽつり、と横に立っていらしたお姉様が話し始める。


「わたくしね、遠くに行くことになりそうなの。前々から決まっていたのだけど、ついにそのときが来たみたい。だからもう、あなたとも会えなくなると思うの」


 お姉様は大事な事でも何気なくほろりとおっしゃる方だった。突然告げられたことに、私はとても混乱した。そのときはきちんと言葉の意味を理解できておらず、お姉様が普通のことを話しているような感覚にあった。

 彼女はじいっと花を見ていた。そのまま私に語りかけてきた。


「思い出を作りたかったの。はいからさんは、ここに来なくなっても、わたくしをずっと忘れないでいてくれる?」


 もちろん、私はすぐに返事をした。

 私があなたを忘れるはずがない。


「元気でね。あなたはどこまでも羽ばたいていってね」


 お姉様はそこでようやく私に顔を向け、微笑まれた。

 どこか、寂しさを残すような、悲しい笑顔だった。



 お別れを告げられた時、私はごねることもなかった。最初から、浮き世離れした方との儚い交流だったのだもの、どこかで覚悟ができていたのかもしれない。お姉様がついにお嫁入りするのだと楽天的に解釈したのだ。

 その勘違いがよかったことなのか、悪かったことなのか、わからない。



 もう会えないかもしれないと告げられて一月ほどした頃だったろうか。会ってはいけないと言われなかったので、私はまた丘の上のお屋敷にこっそり様子を見に行った。お姉様に直接会うつもりはなく、藤岡の老爺に彼女の事が聞けたらと思っていた。ところが彼の姿も見当たらない。いつも私がうろちょろしていたりすれば必ずどこからともなくやってくるのに、いっかな気配がない。


 屋敷はいつも通り静かだったが、なんだか様子が違っている気がした。

 首をかしげた私は、正門の前まで歩いて行ったところで、ようやく藤岡さんを見つける。


「やあ、どうも」


 彼は帽子を軽くあげて挨拶した。私の足は止まる。

 その服は、一面黒かった。



 導かれて庭に座り込む。

 彼からお姉様の事情を聞いた。

 リサ様は――そう、このとき初めて彼女の名前を知った――異国からやってきた人と、この国のさるご令嬢との間に生まれた方だったらしい。ご令嬢は元から体が弱く、娘を産んですぐ亡くなってしまった。リサ様の父親は、リサ様にこの広く美しい屋敷や世話をしてくれる人は残したものの、結局本国に帰り、間もなくあちらで別の家庭を築かれた。リサ様を忘れたわけではなく、定期的に手紙をくれていたけれど、自分からこちらの国に来ることはもうないようだった。お姉様も海は渡れない。彼女の体は長旅に耐えられるほど丈夫でなかった。第一無理をして渡ったところであちらにも彼女の居場所はない。こちらでは異人らしく見えるが、あちらに混ざればこちらの人らしさが際立つ。彼女は美しかったが、そういう見た目をしていた。


 館の中に引きこもりがちで、人見知りだった彼女がどうしてはいからさんと交流を持つつもりになったのか。はっきりしたことはわからない。

 ただ、はいからさんと一緒にいたときの彼女は本当に楽しそうだった。あんなリサは他には見られなかった。


 藤岡さんはそんな風に話してくれた。


 そして、私の様子をうかがいながらさらに続ける。

 お姉様が私と最後にあって三日後に発作を起こし、亡くなっていたこと。近くの墓地にもう埋葬され、お葬式が済んだこと。藤岡さんやメイドさん達は、遺品整理が終わったら、お屋敷を出て行くこと。間もなくここは売却され、次の人が入ってくるだろうこと――。


 私は泣かなかった。特に息を荒らげることもなく、そうですか、と呟いた。

 ハンケチを差し出され、初めて自分がなんてことはない顔のまま、大粒の涙を流していたことに気がついた。


 次の日、当世風に髪をばっさりと切った。私は失恋したのだと、誰にも明らかなようだった。継母は怒ったけれど、女学生達は同情的だった。

 私は成績優秀で、女学校を卒業した。青春時代は、そうして終わった。






 ――それから。

 家を出たり、働いたり、結婚したり、子どもが生まれたり、戦争が起きたり、終わったり――慌ただしく色々な事があって、時間が流れていった。

 日々生きていくだけでも、忙しくて。その合間に思い出とは、なんとあっさりしまわれしまうことか。



 長い間立ち尽くしていたせいだろうか、孫が私の手を引き、案ずる声をかけてきた。

 なんでもないとひとまず答えようとして、ふと思い直す。


(はいからさんは、わたくしをずっと忘れないでいてくれる?)


 いつかの日、彼女は私の目をのぞき込んでそう言った。死期を悟っていたお姉様。今の今までお姿を遠ざけてしまっていたことを悔いる。いや、あるいは彼女の事を思い出すのが辛くて、わざと忘れていたのだろうか。お姉様はあまりに綺麗だった。けれど生きるとは美しいだけでいられなかった。彼女の前ではせめてとあり続けようとした娘時代の私の記憶は、大人になった私には少々まぶしすぎたのかもしれない。

 ああ、だけど。すべて過去のこと。あの頃感じた喜びも苦しみも、ただただ懐かしく美しい。今なら、何の苦もなく思い出し、語ることができる。


「……あのね、聞いてくれる? 昔ね、おばあちゃんの家の近くにね、大きなお屋敷があって……」


 孫は少し驚いたようだが、大人しく頷いてくれた。

 そうして私は、少し長くなる、ほろ苦くも爽やかな昔話を始めた。

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