妙な疑惑・二
その日の夜。
仕事から帰ってきた私とシャノンさんは、すぐさまハーヴェイさんの部屋へと向かった。
「ハーヴェイ! いる!?」
シャノンさんは、ドンドンと、強い力で部屋のドアをノックする。
しばらくしてドアが開き、ハーヴェイさんが姿を見せた。
「シャノン? そんなに慌ててどうし……って、リオも一緒だったのか」
あれ? ハーヴェイさん、今シャノンさんの名前を呼び捨てにしたよね? いつも「シャノンさん」って呼ぶのに……。
けど、今のシャノンさんはそれどころではないようで、シャノンさんは両手でハーヴェイさんの胸ぐらを掴んだ。
「いっ!? シャノンさん、いきなり何を……」
「ハーヴェイ……あなた、官能小説なんて持ってないわよね……?」
「はっ!?」
ハーヴェイさんは、意味がわからない、といった様子で、目を白黒させている。
「シ、シャノンさん……き、急にどうしたんですか!? そんな事聞くなんて……」
「良いから、答えなさい!」
私はシャノンさんの後ろに立っているので、彼女の表情はわからないが、後ろにいても怖いと感じる程の、すごい気迫だった。
「も、持ってませんよ……!」
「……本当に?」
「本当に持ってません! 何なら、部屋を確認してもらっても構いません!」
「……」
シャノンさんは、しばらくハーヴェイさんの胸ぐらを掴み続けていたがーーやがて、手を離した。
「……嘘はついてないみたいね。ごめんなさい、疑ったりして」
「い、いえ……けど、急にそんな事言い出すなんて、どうしたんですか?」
シャノンさんはため息をつき、こう言った。
「はあ……ケントに言われたのよ。あなたとソールが官能小説を持ってるんじゃないかって」
「はあ!? な、何言ってるんだケントの奴……! って言うか、そういう物ならロドニーが一番持ってそうじゃないですか?」
「そ、それもそうね……」
ロドニーさん……一体何だと思われてるんだろう……。
と、不意にハーヴェイさんが私の方を見た。
「……ひょっとしてリオも、ソールが官能小説とか持ってるんじゃないかと疑ってるのか?」
「え、えーっと……あ、あはは……」
私は、笑ってごまかした。
そんな私を見て、ハーヴェイさんはため息をついた。
「はあ……それはケントの冗談だ。多分、ソールも官能小説なんて持ってないと思う。そこを疑われるのは地味にショックだから、ソールの前でこういう話は……」
「駄目よ!」
突然、シャノンさんが大声を上げた。
「これは、恋人がいる女性にとってはとても重要な事なの! 確認しない訳にはいかないわ!」
「……そ、そうですか……」
シャノンさんの気迫に、ハーヴェイさんは負けたようだ。
「明日になったら、リオのためにも、ソールに確認しないと。後、ついでにロドニーにも確認しておこうかしら」
「……どうするつもりですか?」
「ソールに明日の夜の予定を聞いて、空いてるようだったら家に確認しに行くの。ロドニーは……家の場所がわからないわね。どうしましょう」
「……ひょっとして、シャノンさんとリオの二人だけでロドニーのところに行くつもりですか?」
ハーヴェイさんが、不安げな表情でそう尋ねてくる。
「? ええ、そうだけど」
シャノンさんの返事を聞いて、ハーヴェイさんは腰に手を当て、こう言った。
「それは駄目です! だったら、俺も一緒に行きます。ソールの家はともかく、女性二人だけでロドニーのところには行かせられませんから」
「……ひょっとして、心配してくれてるの?」
「え? 当たり前じゃないですか」
「……あ、ありがとう」
シャノンさんは照れているのか、そっぽを向いてしまった。
二人のやり取りが微笑ましくて、私は思わず笑みがこぼれる。
「……? リオ、何で笑ってるんだ?」
「ううん、何でもない。ねえ、ハーヴェイさん」
「ん? 何だ?」
「ハーヴェイさんって、何か小説持ってる?」
私の問いに、ハーヴェイさんは困ったような顔をした。
「あー……ごめん。俺、小説は持ってないんだ」
「そっか、わかった。ごめんね、いきなり部屋を尋ねたりして」
「いや、良いよ」
「ほら、行こう? シャノンさん」
「え、ええ」
こうして私達は、ハーヴェイさんの部屋を後にした。