ソールの誕生日・二
七月二十日。
ラッピングしたパウンドケーキの入った袋を手に、私はソールくんの家の前で動けずにいた。
いきなり家を訪ねて迷惑がられたらどうしよう、とか、ソールくんが実は甘い物苦手だったらどうしよう、とか、色々考えてしまい、家のドアをノックする勇気を出せずにいたのだ。
かれこれ十分近く、ここに立っているような気がする。近くを通り過ぎる人達の視線が痛い。
ああ、もう! 考えるのはやめやめ! 思い切ってドアをノックするんだ、私!
意を決して、ドアをノックしようとすると――。
私がノックする前にいきなりドアが開き、ドアが私の顔面に直撃した。
「ぎゃっ!?」
思わず女らしからぬ奇怪な声を発する私。
痛む顔を押さえながらドアの方を見ると、ソールくんが驚いたような顔でこちらを見ていた。
「リオ!? どうして……」
「ソ、ソールくん……い、いきなりごめんね! 驚かせたよね!」
「いや、それは良いんだけど……それより、大丈夫? ごめん、急にドア開けたりして……」
「う、ううん! こんな所にずっと突っ立ってた私が悪いの! だから気にしないで!」
私の言葉に、ソールくんが目を丸くする。
「え……ずっと? ここにいたの?」
「え? あ、えーと……」
ど、どうしよう。これはもう正直に言った方がいいよね……。
「あ、あのね。実は私、ソールくんに誕生日プレゼントを渡したくて来たんだけど……その、色々考えちゃって、ドアをノックする勇気がなくて……」
「誕生日プレゼント……?」
ソールくんが、不思議そうに首を傾げる。
「う、うん。今日はソールくんの誕生日なんだって、シャノンさんに聞いたの」
「え……本当に、僕のために……?」
「うん!」
私が頷くと、何故かソールくんの顔が赤くなった。どうしたんだろう。
「……と、とりあえず家、入る?」
「いいの?」
「……うん」
「ありがとう。じゃあ、お邪魔します」
こうして私は、ソールくんの家にお邪魔する事になった。
* * *
「ソールくん、誕生日おめでとう! これ、パウンドケーキ。昨日、シャノンさんと一緒に作ったの」
「あ、ありがとう……」
ソールくんの部屋で、テーブルに彼と向かい合って座った私は、パウンドケーキの入った袋を差し出した。
しかし、ソールくんは顔を真っ赤にしたままで、袋を受け取ろうとしない。
不安になった私は、こう尋ねてみた。
「……ひょっとして、甘い物嫌いだった? それとも、突然押し掛けてきて迷惑だった、かな……?」
すると、ソールくんは首をぶんぶんと左右に大きく振った。
「ち、違うよ! ただ、その……」
ソールくんは、私が差し出した袋をおずおずと受け取りながら、こう口にした。
「……君に誕生日を祝ってもらえると思ってなかったから……その、嬉しくて……」
予想外の言葉に、私は思わず身を乗り出す。
「ほ、本当!?」
「……う、うん」
迷惑がられなくて良かった、という安心感と、ソールくんが喜んでくれた、という嬉しさから、私は思わず笑みがこぼれる。
「良かったぁ……! ねえ、隣に座ってもいい?」
「……うん、いいよ」
ソールくんに許可をもらい、私はソールくんの隣に座る。
すると、ソールくんが意外な行動を取った。
何と、私に身体を密着させ、私の手に自分の手を重ねてきたのだ。
その行動に、私の心臓は大きく跳ねた。
だが、嫌な気分ではない。むしろ、とても心地が良かった。
「……ふふっ」
「……どうしたの? リオ」
「ううん。何だか幸せだなぁって思ったの」
「……うん、そうだね」
私はゆるく目を閉じながら、彼の名前を呼んだ。
「ねえ、ソールくん」
「……何?」
そして、自分の気持ちを口にする。
「……好き」
「……うん、僕もだよ」
それから私達は、しばらくの間、身体を寄せ合っていた。
好きな人と、一緒にいられる。
それはとても幸せな事なのだと、私は改めて実感した――。
【ソールの誕生日 終】