海へ行こう・二
八月十七日。
私はケントさん達と一緒に、首都ベイルから最も近い海岸に来ていた。
水着へと着替えた私とシャノンさんは、ケントさん達の待つ海小屋の前へと向かう。
「ふふっ。シャノンさん、すごく似合ってるね」
「そう? ありがとう。リオもすごく似合ってて可愛いわよ」
「えっ!? あ、ありがとう……」
私の顔が熱を帯びた。
私は今、白をベースにしたルシアの花柄のビキニを身に付けている。
ビキニは恥ずかしいからワンピースがいいと主張したのだが、シャノンさんに「それは駄目! 普段と違ってセクシーなところをソールに見せたいでしょ!?」と強く言われてしまったのだ。
そんな訳でビキニを着る事になった私は、露出した自分の肌を隠すように、おどおどしながらシャノンさんの隣を歩いていた。
「もう、リオったら。そんなに挙動不審にならないで、もっと堂々としてればいいのよ」
「だ、だって……恥ずかしい……」
「リオは本当に照れ屋ね。まあ、そんなところも可愛いんだけど」
「えっ!?」
私達がそんなやりとりをしているとーー。
「おおっ! 可愛い女の子二人組を発見っ!」
「おっ、本当だ! マジ可愛いな」
「ねえねえ、そこの二人! 俺達と一緒に遊ばない?」
突然、私達の前に立ち塞がるように、三人の男性が現れた。
私は何が起こったのかわからず、足を止める。
すると、シャノンさんが私の手を強く引き、男性達の横を足早に通り過ぎようとした。
「おっと、待ちなよ。そんなに急いでどこに行くんだ?」
突然、男性の一人が私の手首を掴んだ。
歩みを止めたシャノンさんが、険しい顔で男性を睨み付ける。
「おおっ、怖っ。そんなに怖い顔しないでくれよ、お姉さん」
そこで私は、ようやく気が付いた。
私達……ひょっとして、ナンパされてる……!?
ど、どうしよう。何とかして逃げなきゃ!
しかし、周囲を見回すと、私とシャノンさんはすでに三人の男性に囲まれていた。
「あの。私達、彼を待たせてるの。通してくれない?」
シャノンさんが、強い口調でそう言う。
しかし、男性達は私達を通す気は微塵もなさそうだ。
「へえー、彼氏いるんだ。まあ、そりゃそうだよな。こんなに可愛いんだから」
「彼氏なんか放っといてさぁ、俺達と遊ぼうぜ。絶対、俺達と一緒の方が楽しいって!」
「そーそー。君達がお望みなら何でもしてあげちゃうよ?」
男性達は、下品な笑い声を上げる。
シャノンさんは頭に来たのか、片手で私の手を掴んだまま、もう片方の手を前に出すと、手先で小さな爆発を起こした。
男性達は驚いたのか、声を上げながら数歩後ずさった。
「うるさいわね! 通してって言ってるでしょ! 道を開けないと火傷するわよ!」
「……へえ、ずいぶんと威勢がいいじゃねぇか」
「三対二、しかも男相手に勝てると思ってんのか? こりゃおもしれぇ!」
「へへっ、楽しめそうじゃないか」
男性達が、じりじりと詰め寄ってくる。
……あんまり人を傷付けたくはないけど、こうなったらやるしかない!
私が片手に意識を集中させようとした、次の瞬間ーー。
「君達、何してるの?」
「俺達の彼女に手を出すなよな」
突然、聞き慣れた声が耳に飛び込んできた。
私とシャノンさん、そして男性達は、一斉に声のした方へと目を向ける。
ーーそこには、ソールくんとハーヴェイさんの姿があった。
さらに、右側からも馴染みのある声が聞こえてくる。
「全く、良い度胸してますよね。オレ達の可愛い天使ちゃんを口説くなんて」
ロドニーさんだ。
そしてさらに、左側からもよく知る人物の声が聞こえてきた。
「本当に。先程、三対二だと言っていましたが、これで六対三になりましたね」
ケントさんだ。
今度は、ナンパしてきた男性達の方が追い詰められる番だった。
圧倒的に不利な状況だと悟ったのか、私の手首を掴んでいた男性の手の力が弱まった。
「な、何で女二人に対して男が四人もいるんだよ……!?」
「チッ……おい、行くぞ!」
「覚えてろ、この尻軽女!」
捨て台詞を吐くと、ナンパしてきた男性達は足早に去っていった。
私は安堵の息を吐く。しかし、シャノンさんはーー。
「ちょっと! 誰が尻軽ですって!? そっちこそ覚えてなさいよ!」
「尻軽」という言葉が癇に障ったらしく、男性達に向かって叫んでいた。
「リオ……大丈夫? 何もされなかった?」
ソールくんは私に歩み寄ると、心配そうな顔で尋ねてくる。
「う、うん、大丈夫。みんなが助けてくれたから、何もされてないよ。ありがとう」
私は満面の笑みを浮かべ、そう返した。
すると不意に、ソールくんが頬を染め、視線をそらした。どうしたんだろう。
「あの、ソールくん? どうしたの?」
「あ、あの……えっと」
ソールくんは、何か言いたそうに私の目を見るけれど、すぐに視線をそらしてしまう。
やがて、ソールくんが意を決したように私の目をまっすぐに見ると、こう口にした。
「リオ……その水着、すごく似合ってるよ。……か、可愛い」
「えっ……」
そう言われて、私の顔は熱くなった。
そうだ、ナンパ騒動ですっかり忘れてた! 私、水着姿なんだ……!
恥ずかしさと嬉しさのあまり、顔から火が出そうだ。
「……あ、ありがとう……」
やっとの思いで、私はお礼の言葉を口にした。
と、そこに怒り心頭な様子のシャノンさんがやって来た。
「全くもう! 何なのよあいつら!」
「まあまあ、シャノンさん。落ち着いてください」
ふと、シャノンさんが何かを思い出したようにハーヴェイさんを見上げた。
「? どうしたんですか? シャノンさん」
シャノンさんは、何故か急に顔が真っ赤になる。
そして、そっぽを向きながらこんな事を言った。
「あ、あの……ハーヴェイ、助けてくれてありがとう。『俺達の彼女に手を出すな』って言ってくれたの、すごく嬉しかった……」
「え……」
ハーヴェイさんも、照れているのか顔が真っ赤だ。
「あ、えーと……その」
ハーヴェイさんは頬を掻くと、困ったような顔をしながら、こう言った。
「……シャノンさんは、俺の大事な彼女ですから。……それと、その水着、すごく似合ってますよ」
「……!」
シャノンさんは驚いたように目を見開き、ハーヴェイさんの顔を見た。
「……水着の方がついでみたいに言わないでよ。この馬鹿」
シャノンさんは、ハーヴェイさんのお腹に軽くパンチを食らわせた。
けど、その言動とは裏腹に、シャノンさんとハーヴェイさんの顔はとても嬉しそうだった。
と、その時、それまで無言だったケントさんとロドニーさんの会話が聞こえてきた。
「いやぁ、良いですねぇ。幸せそうで」
「ホントですねぇ。さて、オレ達は余り者同士、仲良くするとしますか」
「お断りします」
「ひどっ!」
「ではみなさん、せっかく海に来た訳ですし、楽しみましょうか」
私達は全員、大きく頷いた。
ーーその後、私達は海で泳いだり、海小屋で料理を堪能したりして、一日中遊んだ。
とても楽しくて、時間が過ぎるのがあっという間だった。
来年も、またみんなで海に来られたらいいな。私は、そう思った。
【海へ行こう 終】