海へ行こう・一
梨央視点のお話です。本編第三章読了後に読むことをおすすめします。
「明日、みんなで海に行きましょうか」
「……え?」
八月十六日。
お昼過ぎ、お客さんがまばらになってきた頃。突然、マスターがそんな事を言い出した。
今日は全員出勤の日だ。みんなが驚いたような顔でマスターを見る。
「マスター、どうしたんですか? 急に」
私がそう問いかけると、マスターは笑顔でこう返してきた。
「たまには気分転換も必要かなと思いまして」
その話題に真っ先に食い付いたのは、ロドニーさんだった。
「おっ、賛成ー! 夏と言えば海! 海と言えば水着の美女達ですよね!」
ロドニーさんの言葉に、ソールくんとハーヴェイさんが呆れたような顔をする。
「はあ……全く、お前は本当に女性好きだな」
「……変態」
「なっ!? ふ、二人とも、そんな変な目でオレを見ないでくださいよ!」
三人のやりとりを見て、マスターがこんな事を口にした。
「ふふっ、そんな事言って。本当はソールくんとハーヴェイくんも見たいんでしょう? リオさんとシャノンさんの水着姿」
「「えっ!?」」
ソールくんとハーヴェイさんが、ばつの悪そうな顔をする。……どうやら図星らしい。
すると突然、シャノンさんがハーヴェイさんに近寄り、ハーヴェイさんの両肩を思い切り掴んだ。
「ちょっとハーヴェイ! 本当なの!?」
「えっ!? い、いや、あ、あの……い、いたたたたっ!?」
挙動不審なハーヴェイさんにイラついたのか、シャノンさんはハーヴェイさんの肩を掴む手に力を込める。痛そう……。
私はソールくんの事が気になって、彼の方を見た。
すると、ソールくんと目が合った。何故かソールくんは頬を染め、そっぽを向いてしまう。
「それで、どうしますか?」
マスターはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべている。もう、この人は……。
うーん、どうしよう。楽しそうだけど、水着姿をソールくんに見られるのは恥ずかしいかも……。
そんな事を考えていると、シャノンさんが衝撃的な言葉を発する。
「もう、わかったわよ! 行けばいいんでしょ!? 私とリオがとびっきりセクシーな水着を着て、ハーヴェイとソールを悩殺させてあげるわよ!」
「えっ!? わ、私も!?」
「いいわよね!? リオ!」
「えっ!? は、はい……」
こちらを振り向いたシャノンさんの凄まじい気迫に押され、私は頷くしかなかった。
「だそうですよ? ソールくん、ハーヴェイくん……くっ、ふふっ」
マスターは、笑いをこらえきれない様子だ。やっぱり楽しんでる……。
ソールくんとハーヴェイさんの方に視線をやると、二人とも顔が真っ赤だった。
シャノンさんは、そんな二人を思い切り睨み付ける。
「いい!? 明日、絶対に来るのよ!? 覚悟しなさい!」
「「は、はい……」」
シャノンさんが妙な挑戦状を叩き付けた……。
「そうと決まったら、リオ! 今夜仕事が終わったら、水着を買いに行くわよ!」
「う、うん。わかった」
こうして、私達は明日、海に行く事になった。
* * *
「ねえねえ、リオ! これなんてどう?」
「えっ!? そ、それはちょっと……布面積が少なすぎるよ……」
仕事帰り。
私とシャノンさんは、屋敷の近くの洋服店に水着を買いに来ていた。
シャノンさんが見せてきたのは、何とティーバックの水着だった。見ているのも恥ずかしい。
「駄目よ! ハーヴェイとソールを悩殺させるには、これくらいセクシーじゃないと!」
「そ、そんな事言われても……!」
私は、自分の顔に熱が集まるのがわかった。
「わ、私はワンピースでいいよ。ビキニなんて恥ずかしくて着られないし……」
「もう、リオったら! もっと自分に自信を持って! あなたは可愛いんだから、何も恥ずかしがる事はないわ」
「えっ!?」
シャノンさんの口から飛び出した言葉に、私の顔はますます熱を帯びる。
「ワンピースなんて駄目よ。せめてビキニじゃないと」
「う、うーん……」
ど、どうしよう。このままじゃ私もシャノンさんも過激な水着を着る事になりそう……。何とかして、ティーバックだけは避けないと……!
と、その時、シャノンさんが一着の水着を手にした。
「わあ! これ、可愛い……!」
「え? わあ……本当だ!」
それは、赤をベースに、白いフリルやリボンをあしらった、可愛らしい水着だった。
ビキニではあるけれど、そこまで過激ではない。
普段、フリルやレース、リボンといった装飾の多い服を着ているシャノンさんにぴったりだと思った。
「ねえ、シャノンさん! この水着にしたら? 絶対シャノンさんに似合うよ!」
「うーん……すごく可愛いし、私の好みなんだけど……セクシーさが足りないと思わない?」
何でそんなにセクシーさにこだわるんだろう……。
「私はセクシーかどうかなんて気にしなくてもいいと思う。シャノンさんが一番気に入った水着を着ればいいんじゃないかな。その方がハーヴェイさんも喜んでくれるよ、きっと」
「……そ、そうかしら」
シャノンさんは頬を染め、目をそらしながら尋ねてくる。
「うん。私はそう思うよ」
「……うん、わかった。私、これにするわ!」
そう言って、シャノンさんは水着を大事そうに抱えた。
「ふふっ。さて、私はどれにしようかなぁ」
「リオ。さっきも言ったけど、ワンピースは駄目よ?」
「えっ!? そ、そんなぁ……」
こんな調子で、私とシャノンさんは水着を選び、購入した。