嵐の夜(シャノン編)・三
お酒を飲み終え、テーブルを片付けた後。
私は、ベッドに座るハーヴェイの腕に自分の腕を絡め、彼に密着する形で隣に座っていた。
何だか頭がふわふわして、気分が良い。怖いという気持ちも、いつの間にか消え去っていた。
しかし、ハーヴェイの顔を見ると、何故か彼は青ざめていた。加えて、小刻みに震えている。
「ハーヴェイ、どうしたの? 何だか顔色が悪いみたいだけど」
「シ、シャノン……酔ってるな?」
「あら、どうしてそう思うの?」
「い、いや……普段の君ならこんな事しないだろうな、と思って……」
「ふふっ、私は酔ってないわよ」
そう言って、私はハーヴェイの腕に先程よりも強い力でしがみ付いた。
「酔ってる人はみんなそう言うんだよ……」
「ふふっ。ねえ、それよりハーヴェイ」
「ん?」
「私の事、好き?」
「え? それはもちろん」
「ハーヴェイ……!」
ハーヴェイの言葉に、私の胸の鼓動が早くなる。
自分の気持ちを抑えきれなくなった私は、思い切りハーヴェイを押し倒し、彼の首に腕を回した。
そして、私は目を閉じると、自分の唇をハーヴェイの唇に押し付けた。
「……!?」
しばらくして唇を離し、目を開けると、ハーヴェイは頬を染め、困ったような顔をしていた。
「シ、シャノン……そ、そういう事されると、その……襲いたくなる」
「あら、私は良いわよ?」
私は満面の笑みを浮かべ、そう言った。
「……さっきは襲われたくない、みたいな事言ってたじゃないか」
「ええ、さっきはね。けど、今は襲われても良いと思ってるわ」
「シャノン……」
私達は、しばし無言で見つめ合う。
しばらくして――ハーヴェイが、私の身体を抱えながら、ゆっくりと起き上がった。
「……いや、やっぱり駄目だ」
「……どうして?」
私がそう尋ねると、ハーヴェイはこんな事を口にした。
「俺は君を大事にするって決めたんだ。自分の欲望のままに襲ったりするなんて、大事にしてるとは言えない。……愛情の表現の仕方は、それだけじゃないだろ?」
「! ハーヴェイ……」
彼の言葉に、私はハッとした。
そうか。ハーヴェイが私に何もしてこないのは……私を大事にしようとしてくれてるから、なんだ。ただ、不器用なだけで――。
そう思うと、何だか彼の事がより愛おしく思えてきて。
私は、彼をそっと抱きしめた。
「ありがとう、そんなに大事に思ってくれて。……でも、たまには愛情表現してくれないと寂しいわ」
「……そう、か。ごめん、うまくできなくて」
ハーヴェイは、優しく私を抱きしめ返した。
「……あの、さ。シャノン」
「ん? 何?」
彼は私の身体をそっと離し、私の目をまっすぐに見つめ、こう言った。
「今夜は、その……同じベッドで一緒に寝ないか? 本当は、俺は椅子で寝るつもりだったんだけど……」
「! ええ、もちろん良いわよ」
私は、自然と笑みがこぼれる。
――その晩、私とハーヴェイは同じベッドで眠りについた。
* * *
八月十五日。
朝、私は隣の人物が動く気配で目が覚めた。
「ん……」
「あ、起きちゃったか? ごめん」
隣には、上半身を起こしたハーヴェイの姿。
外からは、鳥のさえずりが聞こえる。どうやら、嵐は過ぎ去ったらしい。
私は、まぶたをこすりながら身を起こす。
そこで私は――昨夜の出来事を、全て思い出した。
「あ……ああああっ!?」
「うわっ!? ど、どうした? シャノン」
「わ、私……! き、昨日、ハーヴェイにキスしたり、襲われても良いとか言ったり……!」
「え? ああ、覚えてるのか。あれだけ酔ってたから、覚えてないものだと……」
「ぜ、全部覚えてるわよっ! ああ、もう……!」
恥ずかしさのあまり、私は両手で顔を覆った。
「ははっ。シャノンのそういうところ、可愛いな」
「えっ!?」
ハーヴェイの口から飛び出した思いがけない言葉に、私の顔はますます熱くなる。
思わず顔から手を離すと――私の額に、柔らかいものが触れた。
それがハーヴェイの唇だと気付くのに、少し時間がかかった。
きょとんとする私を尻目に、ハーヴェイはベッドから下りると、こう言った。
「今日は俺もシャノンも仕事だろ? 早くしないと遅刻するぞ」
「え、ええ……」
――その後、私達は屋敷を出たところでリオ達に遭遇して気まずくなったり、陽光でケントに何があったのか根掘り葉掘り聞かれたりしたけれど。
昨夜の出来事は、全て「ハーヴェイとの距離を縮める」という意味があったんだと思うと、悪い気はしなくて。
むしろ、嬉しいと思っている私がいるのだった。
【嵐の夜(シャノン編) 終】