第四話「One」
リンカーンが夢について、語ります。
これは最近、夢に見る話でね。
自分はベッドの上で寝ている。
辺りは真っ白な世界が広がっていて、仕切りも無ければカーテンさえも無い。
ただベッドの右隣にはメスシリンダー等の容器が乗っている机があって、
左隣には椅子に座った看護婦がいた。
ただおかしいんだ。
看護婦の顔が黒い砂嵐がかかっているみたいで、表情が見えないんだ。
その砂嵐の奥でどんな顔をしているのかが、気になった。
「あなたは笑っているのかい?」
そう聞くと、看護婦は、
「あなたが笑ってほしいなら、笑います。」
と言うんだ。俺が聞きたいのはそんな言葉じゃない。もう一度、
「あなたは泣いているのかい?」
と聞いた。返ってくる言葉は、
「あなたが泣いてほしいなら、泣きますよ。」
俺は頭にきて、こう言った。
「死ねと言ったら、死ぬのか?」
そしたら、看護婦は、
「どこかの漫画の受け売りみたい。あなたはどこへ行ったの?
あなたらしさは?あなたの生きている意味は?
私を死なせたいなら、その手にあるナイフで首を貫きなさい。」
何訳のわからないことを言ってるんだ、と思って、ふと左手を見た。
ナイフを握っている。握ってる感触はなかったが、確かにナイフを握っている。
「この世に生まれた限り、あなたは主人公の一人。
どんな生活をしようと、ロクな死に方をしないとしても、
貴方はこの人生を全うしなければならない。
私はあなたの言うとおりに動くことができる。
何故なら・・・」
看護婦は自分の米神に人差し指を指し、
「私はあなたの脳であり、体なのだから。」
黒い砂嵐が徐々に解けていき、その顔は自分自身の顔だった。
左手のナイフで白い世界を切り裂いた。
すると、見えてきたのは人生という地獄で悶え苦しむ人間の渦だ。
黒い海の中で、人々は必至で泳ぎ、荒波に押し流され、だが岸へ向かって泳ぎ続ける。
だが岸など無い。皆、目指すモノも無いのに生きようともがいている。
「こんな世界に意味などあるのだろうか?」
自分自身の内から飛び出た言葉だった。苦しむのをわかってて、生きるのは本当に素晴らしいことなのか。
すると、看護婦の顔が変わり、母性に満ち溢れた女性の顔になった。
耳元で囁く言葉は心臓を突き刺す。
「楽園で生きるより、自由に生きることを望んだ、あなた達の姿です。」
そう言えば、知恵の身を食べて、人間は楽園を追い出されたのか。
看護婦の背中から、翼が生え、目から血の涙を流す。泣いている意味は分からなかったが、この看護婦は神様か天使なのかはわかった。俺は聞いてみたんだ。
「あんたを神様だと思って聞いてみるが、こんなどうしようもない人間達でも生きている価値はあるのかい?」と。
そしたら、神様っぽい女はこう言った。
「何を仰いますか。あなた達は神のモノではございません。あなた達のモノです。
我々の手(楽園)から離れた時から、生きるも死ぬもあなた達のモノなのです。」
「じゃあ、どうする?現世の神様は信仰心も無い奴らを見殺しにするようなもんだ。
神様ってそういうものなのか?」
「我々がいつ助けるといったのですか?楽園を出た頃からあなた達は見捨てられているのです。」
神様も見放した人類に何が待っているのだろうか。
俺は目が覚めると、いつも考えている。