七話
カフェを出て、また車に乗った。
更に隣の町に移動して適当な駐車場に車を置き、街中をぶらぶらと歩きながらのウィンドウショッピング。
何を買うわけでなく歩きながら、あの服が似合いそうだ、あそこのカフェの新作スイーツが気になっている、そういえばもうすぐシャープペンの芯がなくなるから…
夏の厳しい日差しなど忘れたかのように歩き回り、気付いたころには夕方の時間になっていた。
「すごい歩いたね…大丈夫?疲れてない?」
「大丈夫です、昨日メールでもらった通り、疲れない服装で来ましたから」
手元にペットボトルのジュースを持ち、悠里とみなみは車に戻った。蓋を回し開けて一口飲み、ようやく体に水が染み渡るとほっと一息つけるような気分だ。
「今日はすごく楽しかったです、ありがとうございました」
「うん、俺も楽しかったよ。初めて見るみなみちゃんが沢山見れたから」
駐車場から車を発進させ、カーナビゲーションをつけないままで来た道とは別のルートを走る。もう帰り道に向かうのだろうと思っていたみなみはこれからどこへ行くのだろうかと窓から外を眺めた。
「喫茶店でさ、何か言いかけてなかった?」
不意に悠里が話しかける。バックミラー越しにみなみの表情をうかがいながら、問い方を間違えないような慎重な言葉。
「何か…
あ、その…悠里さんはどうしてあんなところにいたのかな、って…」
「あんなところ?」
「すごく頭がいいのに、どうして他の大学に行かなかったのかなって思って…
言い方は悪いけど、うちの大学って、そんなにいいところじゃないから…悠里さんみたいな頭のいい人がいたことにびっくりしちゃって」
みなみの方からの言葉も一つ一つ言葉を選んで並べていく。失礼なことを言ってしまってはいないだろうか。
「…ごめん、勘違いさせちゃってたよね」
車は次第に街を離れていく。そして会話をそこで途切れさせたまま、悠里とみなみは海岸へと到着した。
「夕方の海って好きなんだよね。夜の海はなんだか怖い気がしてさ」
車を停め、先に悠里がドアを開け外へ出る。同じように促してみなみも車の外へ出す。
砂浜へ入って行きながらゆっくりと歩き、悠里は海面を照らす夕日に向かって言った。
「俺さ、みなみちゃんの通ってる高校の卒業生なんだ」
「そうだったんですか…」
「それで、大学生になったんだ、みなみちゃんと同じように」
ゆっくりと進めていた足を止める。少し前を歩いていた悠里は振り返り、みなみの方をまっすぐに見つめた。
「俺も勉強ばっかりしてたな。他のことなんか何もしなくていい、って思って。
それで大学生になって、やっと今までとは違って遊びまくってやろう、そう思えたときにはさ、俺、遊び方とかわからなくなっちゃってたんだよね」
悠里の言葉がみなみの胸に突き刺さる。この人も自分と同じように生きてきたのだ。
さらに悠里が続ける。
「だからまた俺は大学でも勉強を続けた。大学ってさ、入るのが目的で勉強してたけど…結局、自分が何をやりたいか見つける場所でもあるんだよね。
一年経っても二年経っても、いろんな先生のいろんな授業、講義を聞いてても、俺は自分が何をやりたいかわからなかった」
「はい…」
「けど、大学ってところではある程度専攻学科について勉強を続けていけば詳しくなっていけるんだ。そういう風になってるから。
真面目だけが取り柄だったから、俺はそのまま大学院に進んだ」
「大学院まで!凄いじゃないですか」
「そう、すごいんだ。世間から見ればね。
けど俺は結局、これから何をやっていきたいかわからないままだった。仕事をする気にもなれないし、だからって無職のまま生きていけるような世の中じゃない。
大学生になれば自動的に就職できると思ってたんだ、馬鹿でしょ?」
悠里はくすくすと笑っていたが、みなみは同じようにすることはできなかった。
「そのときに教わってた教授にも相談したよ。俺はこれからどうすればいいんだ、ってね。
多分、普通の人だったら、そんなことは自分で決めろって言うと思うんだけど…大学の先生って変な人ばっかりでね。多分先生も気まぐれで言ったんだと思う」
『そのまま研究者になってみれば?』
みなみの中でいろいろなことが崩れていった。後ろからいきなり頭を殴られたような錯覚さえ起こした。
大学生だと思っていた悠里は、学生ではなかったのだ。
「だから俺はそのまま大学に残ることにした。今まではお金払って勉強してたのに、今度はお金をもらいながら勉強できるようになったんだ。ま、授業とかもしなきゃいけないから大変といえば大変だけど」
「でも、それってすごいですよ…誰でもできることじゃない」
「ありがとう。最初は大変だったけどやり甲斐だってあった。勉強することが本当に楽しいって思えたから。
二年目かな、今日みたいな暑い日だった。
大学のイベントで、みなみちゃんを見たんだ」