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三話

 予定通り、みなみは翌日も学校の図書館へ向かった。

 いつもの席に座り、昨日できなかった分の課題を少しでも進めようとテキストを開く。昨夜はあまり眠れないかと思ったが、昼間にあったことは何かの間違いなのだと思うことにした。

 今までクラスメイトの男子からもほとんど声をかけられたことのない私が、あんな人と会話をしたなんて何かの間違いだ。これからも起こることのない、ただの偶然だ。そう思えば不思議にすぐに眠りに落ちていけた。おかげで今日はすっきりとした朝を迎えることができたのだ。

 まずは数学から。朝の集中力のある時間に理数系の科目をやるのはみなみが高校生になったころから変わっていない。

 目標のページに折り目をつけ、そこまでは絶対に今日中に終わらせる。そう思って眼鏡をかけ直し、みなみはノートにペンを走らせた。


 ようやく目標のページを過ぎた頃には既に12時を過ぎていた。昨日とは違い集中していたためにあっという間に時間が経っていた。時間だけ確認してお昼休憩にすることにしたみなみは、不意に思い出したように昨日のベンチの方へ視線を向けた。今日は誰もいないようだ。図書館からも近く、一人でお昼を食べるにはちょうどいい場所だったと、今日もそこで昼食をとることにした。

 昨日に増して気温は高いものの、やはり日陰に入ると気持ちがいい。ベンチを軽く手で払ってからそこに腰を落とす。いつもと変わらず色とりどりのおかずが入ったランチボックスを開ける。

 そこに箸を下したとき。

「本当に今日も来てたんだ」

 昨日と同じ男の声が降ってきた。そしてすぐに悠里はみなみの隣に座る。

「こんにちは、みなみちゃん」

「こ、んにちは」

 昨日ほどではないが、一瞬ぴりりと緊張が走り、しかしすぐに返事をする。

 昨日よりもゆっくりではあるがとくん、とくんとまた心臓が鳴り始めた。

「隣、いい?」

「もう座られてますけど」

「そうだね」

 何が面白いのか、みなみにはわからなかったが悠里はにこにこと笑顔で、みなみの隣で昨日と同じくコンビニで購入したらしいサンドイッチを取り出した。

「お弁当、いいね。お母さんの手作り?」

「そう、です」

「俺も高校の頃は作ってもらってたな。みなみちゃんのみたいに可愛いのじゃなかったけど」

「男子のお弁当なら、そうだと、思います」

「そう、どうしても量がいるからさ、お袋も可愛い弁当がつくりたかった!ってよく言ってたよ」

 ははは、と声に出して悠里が笑う。それにつられたようにみなみも笑みを浮かべた。

「今から作ってもらったらいいじゃないですか」

「そうだなー…今度実家帰ったら頼んでみようかな」

「今は、北岡さんは一人暮らしですか?」

「悠里でいいよ。

そう、今は一人暮らし。だからこう」

 これ、とコンビニのサンドイッチを見せる。自分の弁当と見比べる。

「栄養とか、考えないと」

「そうだね、けどこうやって手軽に食べれるものを選んじゃう。男の一人暮らしなんてこんなもんだよ」

「彼女とか、いないんですか?」

「いたら飯作ってもらうんだけどね。生憎今はいないよ」

 ぱくりと最後の一口のサンドイッチを口の中に入れてから悠里はみなみの方へと体を向けた。

「みなみちゃんは?彼氏いないの?」

 みなみも最後の一口を食べ終え、ランチボックスを片付ける。男性から聞かれる初めての質問にむせてしまいそうになった。くすくすと笑いながら母親のお手製のパウンドケーキの入った容器を開ける。

「いませんよ、いるわけないでしょ…こんな、地味だし可愛くもない、」

「そんなことないよ」

 パウンドケーキを切りながら当たり前のことだと言うように言おうとした言葉は悠里の強い声によって遮られた。

「ごめん…けど、自分のこと、可愛くないなんて言っちゃだめだ」

「ありがとうございます、けどいいんです、慣れてるから」

 昨日よりもしっとりと馴染んだ生地にフォークを刺し、それを口に運ぶ。甘い味わいは疲れた脳に染み渡るようだ。

 ちらりと悠里の表情を見る。みなみの言葉に何か複雑そうな思いを抱いているような、何か言いたいような顔をしている。慌ててみなみは続けた。

「それに、今はいいんです、恋愛とか、彼氏とか、面倒な気がして。

受験が終わるまでは勉強に集中したいし」

「そっか…本当に、偉いね。

じゃあ受験が終わるまでは勉強漬けか」

「今はそのつもりです」

「一応年上だし、勉強見てあげようか?」

 人当たりのよさそうな悠里の笑顔に、みなみは少し戸惑ってしまった。

 おそらく悠里は付属大学の学生で、みなみが目指しているのは国立大学。レベルでいえば天と地ほどの差があり、そんなところの学生に教わることがあるのだろうか。

 大人を馬鹿にするわけではないが、自分で勉強した方がいくらも効率がいいのではないか。

 そういったことを考えていると途端に言葉に詰まってしまった。

「えっと…」

「いらないなら全然、いいんだけどね。

これでも一応センター試験8割超えてるし…」

「全教科ですか?」

「一応、ね」

 みなみの杞憂を察したらしく悠里が言う。みなみの当面の目標であるラインを超えている、と言われ、一気に目を輝かせてしまった。

「とは言っても俺の時とは難易度とかも変わってるかもしれないからアテにはならないかもしれないけど」

「そんなことないです、お願いします!」


 それから、みなみと悠里の勉強会が始まった。

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