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一話

地元で一番の進学校。

その中でも学年成績30人までしか入れないトップのクラス。

そんなA組で、私はずっとやってきた。

絶対に一桁の成績を取り続けて、県内トップの国立大学に行くために。



 相島みなみは学年、いやクラスでも目立たない存在だった。成績はクラスでもいい方ではあるが、見た目が地味。黒く長い髪をいつも一つに括り、眼鏡をかけ、アクセサリーなどつけたこともない。

 制服も規定通りにきっちりと着ているため教師に悪い目で見られることはない。

 勿論恋愛などにも興味はない。毎日が勉強ばかりで過ぎていく。

 クラスの中では誰と誰が付き合い始めた、という話がふわりふわりとした噂として飛び交うこともあるが、みなみはそれをぼんやりと聞き流すだけだ。

 友人の加藤さやかも同じく、勉強することが一番、というスタンスではあるが、みなみと比べてそのような色恋沙汰の噂をよく聞きつけてきてはみなみとの話題に挙げる。そのたびにみなみは

「もうそういう話はいいから」

と窘めるのだが、さやかはみなみとは違い、勉強よりも恋愛がしたいという様子だった。


 みなみの所属するA組は30人のクラスで比較的男女仲がよく、皆他人のことよりも自分の勉強。

 学校行事の際などは委員を中心にまとまって行動するものの、それ以外の時には高校生にありがちなクラス内派閥のようなものは存在しない。

 それぞれに仲のいい友人同士の組み合わせはあり、何をするにも当たり障りのないクラスだ。

 それは受験を控えているからに他ならない。

 成績順に並べられた上位30人が集められたA組は自然と教師たちの期待も集まり、クラス全員がそれぞれ別の志望校ではあるものの同じ『合格』という目標に向かっているのだから、互いに互いがライバルであり、よき理解者であり、ともに戦う仲間でもある。

 そのクラスで恋愛をしていることはみなみにとっては少々不愉快で、いつも内心では『そんなことは受験が終わってから好きなだけすればいいのに』と思っていた。


「明日から夏休みだね」

 終業式が終わり、通知表が配布された後、さやかがみなみに話しかけた。

 クラスメイト達は早々に帰る準備を済ませ、それぞれが夏休みの予定を話している。

「そうだね、さやかはどこかに行ったりするの?」

「今年はしない予定…やっぱ受験あるし、両親も言いづらいみたい」

「毎年旅行に行ってたのに、残念だね」

「みなみは?」

 ようやく鞄を閉め、みなみはさやかに苦い笑いを向けた。

「私もどこにも。大学生になったらいくらでも遊べるだろって言われて」

「どこも同じなんだねー」

 あーあ、とつまらなそうな声を出しながらさやかが立ち上がる。つられるようにみなみも立ち上がり、もう一度机の中に忘れ物がないかを確認する。

「帰ろっか」

 それでも夏休みが始まることが嬉しいらしいさやかはすぐに表情を明るくして言った。たとえ受験生でも夏休みは待ち遠しいものだ。

「私図書館寄って帰るから、先に帰ってて」

「オッケー。たまには一緒に勉強してよね」

「わかってるよ、また連絡して」

 じゃあね、とさやかがみなみに手を振る。どうせ帰り道の方向は別なのだ。いつも校門まで一緒に向かうだけ、それ以降は一人になって音楽を聴きながら帰る。それにみなみが図書館に寄ることも多く、さやかにとっては普通のことだった。


 みなみの通う高校には付属の大学がある。

 正しくは中学・高校・大学と同じ学校名がついた系列校があるのだが、中学と高校はそれなりとして、大学の方は地元ではあまり評判がよくないのだ。

 エスカレーター式なのは中学と高校まで、その高校から系列の大学へ進学するのはあまり勉強ができなかった人かもしくはスポーツが際立って得意な人、それ以外は全て外部からの学生で構成されている。

 高校の教師たちは皆口をそろえて

『勉強しなかったら付属の大学にしか行けなくなるぞ』

と生徒たちを脅した。

 みなみが行く図書館は共有の施設で、中学生がいることもあれば高校生、大学生まで利用することができる。エリア分けがされているために館内で鉢合わせになることは少ないが、稀に教育学部の大学生が高校生向けのエリアで教本を探していることもある。

 比較的静かな図書館で本を読んだり勉強したりすることがみなみは好きだった。

 自宅では娯楽があったり、テレビがついていたりと集中できないことも多く、また母親が手芸教室をやっていることもあり、人の出入りが多く、自室にこもっていても上手く切り替えができないことが多い。

 そんな自分を律するため、この夏休みはできる限り毎日図書館に通って勉強することに決めていた。

今日がその初日、まずは夏休みの提出課題から片付けていき、その後受験のための勉強に進んでいこう。

 そう思ったみなみは、いつもと同じ窓から外が見える席に荷物を置き、早速テキストを開いた。



 どのくらい経っただろう、と携帯の時計を見た。

 疲れよりも空腹感が先に来たのだ。教室を出たのは10時半ごろ、今はちょうど正午を少し過ぎたところだからまだ時間はそれほどすぎていない。

 まだまだやれそうではあるが一度休憩することにして、みなみは一度窓から外を見た。

 図書館のすぐ横のベンチに大学の学生らしい男が一人で座っているのが見えた。大学の方は高校よりも先に夏休みに入っているはずで、この時期に大学生がいることはとても珍しい。

 何をしているのだろう、とみなみはその男をまじまじと観察した。

 如何にも大学生らしい茶髪、Tシャツにジーンズ、足元はブランド物らしいスニーカー。

 文庫本を片手にサンドイッチを食べている。流石に本のタイトルまでは見えない。

 読書をしているためにうつむき気味になっているために顔はほとんど見えないがTシャツから伸びる腕は細くもがっしりしていて如何にも男らしそうだ。

 不意に男性がみなみの方を向いた。あまりに見過ぎていたために気付かれてしまったのだろうか。みなみも慌てて目を逸らす。

 開いていたテキストをまとめて鞄に入れ、立ち上がる。軽くご飯を食べてからまた勉強しよう。そう自分に言い聞かせながらもみなみの頭の中は窓の外の大学生のことでいっぱいだった。



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