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笑木屋の夜ご飯  作者: NiO
2/6

Soupe ~スープ~

ブックマーク&ポイント有難う御座います!

更新頻度は超遅いですが、完結は必ずしますのでお付き合いいただけると幸いです。

練習用小説です。

 王都カーニヴァルは食の都。


 中でも王都より南へ延びるボトムレスブラック通りの3マイル。

 ボトムレスブラック公爵の治める公爵領は、種々様々な食事所が玉や石やと押し比饅頭をしている、正に食の激戦区であった。


 そんな、ボトムレスブラック通りの奥の奥。

 スラム街の更に外れに、その店はあった。


 早朝7時。

 夜に閃く蝶の様な食事街は、すっかりその形をひそめ。

 代わりに吐瀉物と酔っ払いが累々と寝並ぶ汚らしい通りへと姿を変えていた。


 まるで魔法の解けたシンデレラであるが。

 仕事場へ向かうファイヤ・エクセレントキッチンは魔法の解けた彼女(・・)を愛していた。

 全てを飲み込む夜を終えたその通りは、今や辺り一面割れたガラスや夥しい出血の痕を地面にまき散らしている。

 ……いつもの(・・・・)朝だ(・・)


 ファイヤは心の中で苦笑する。

 彼は、魔法で着飾られたお姫様よりも、真実の姿を晒す灰被り姫に美を見出すタイプの人間であった。


 そして。

 彼にとって、その店(・・・)は、その美しさを汚す汚物であり。

 この街に巣食う、害虫でもあった。

 

 居酒屋・笑木屋。 


 ボトムレスブラック通りのどん詰まりに、朝の光を浴びながら空しく光るネオンサインの看板。

 ……ちなみに看板は、雷魔法を使う魔法使いが夜を徹して光らせているのであるが。

 ファイアはそれを、忌々し気に睨み付けると、ゆっくりとその居酒屋の扉を開けた。


「ファイヤ元料理長、おはようございます!」


 声を掛けてきたのは彼の後輩であった。

 ボサボサの髪の毛に恐ろしい程の隈を目の下に縁どらせて。

 それなのに信じられないほどに炯々とした、その瞳。



 ……一体、何時間、寝ていないんだ?



 どう見ても、死人が動いているようにしか見えない。

 ファイヤは自分の感想を辛うじて押しとどめると、後輩へ何とか言葉をつなげる。


「あ、ああ、おはよう。

 あの女は……ヴァルギリア・ボトムレスブラックは、いるか?」


「ええ、勿論。

 『ワラキアの巫女』様は、何時でもいますよ(・・・・・・・・)


 後輩はニコニコしながら、奥の扉を指さす。


 何時でもいる(・・・・・・)

 ファイヤはその言葉にうすら寒さを覚えながらも、ゆっくりとその扉を開けた。



 部屋の中には、机で書き物をしている少女がいた。


 年齢は14―15歳くらいであろうか。

 病的なまでに白い肌と、闇と見紛う程に黒々とした長髪と瞳。

 目の下には縁どりした様な隈が出来ている。

 まるでモノクロの世界から切り取られてきたような彼女は、ファイヤの存在に気付くと書類書きの手を止めて、椅子から立ち上がった。



「……やあ、ファイヤ・エクセレントキッチン君。

 『巫女の部屋』に顔を出すなんて珍しいね。


 どうしたの?

 やっと、パートタイムから正社員になる心が決まったのかな」


「パートタイム、だと?

 ……俺は今まで通りの条件で働いている。

 貴様らが、異常なのだ!」


 元々彼が働いていた居酒屋は午後12時から20時頃まで開店していた。(勿論、開店前の仕込みやら閉店後の片づけやらがあるため、実質の勤務時間は更に長いのではあるが)

 しかし突然やってきたこの少女、ヴァルギリア・ボトムレスブラックが居酒屋を買収すると、勤務状態は一変した。

 労働時間は午前5時から翌日の午前2時まで。

 実に、21時間労働である。

 しかも、自分を除く労働者は、みな現在の労働環境を受け入れているのだった。


「異常?

 何が?」


 少女がバカにするように笑いかける。


「ファイヤ・エクセレントキッチン君。

 君は朝から夕方まで働くことを、『異常』というつもり?」


「朝から、夕方だと!?」


「そうだよ。

 まず、朝っていうのは太陽が出てから昼になるまでを言うだろう?

 つまり、午前5時から12時くらいまでだ。

 そこから太陽が沈む頃、つまり午後7時くらいまでが昼。

 朝が7時間、昼が7時間。

 っていうことは、夕方も7時間と考えて、午後7時から午前2時までだ。

 あとの残りが夜でしょ。


 そう考えると、ほら、朝から夕方まで働いているだけなんだよ。 


 じゃあ、もう一度聞くけど。

 君は朝から夕方まで働くことを、『異常』というつもり?」


「異常だろう、どう考えても!」


 ファイヤは机を激しく叩く。


「……うーん、やりづらい。

 (モブ)の皆はこれで納得してくれたんだけど、流石は攻略キャラってところかな。

 僕の能力が、こうも効きにくいとは、ね」


「こ、こうりゃくきゃら?」


 ファイヤは少女が話す意味不明な単語に反応する。


「ん?

 ……そうだよ。

 君は攻略対象キャラなんだ。


 僕の前世に『ご馳走様が聞こえないっ!』っていう乙女ゲームがあってね。

 好きなキャラを攻略しながら、そのキャラの関連するレストランや料亭を世界一へと導いていくゲームなんだけど。

 君はそのゲームに登場する、ヒロインの幼馴染でお兄さん的存在だ。


 ゲームの進行として、通常は選ばれなかった攻略キャラと対決していく仕様なんだけど。

 君はヒロインが他キャラを攻略している時でもブツブツ言いながら味方になってくれる優しい奴だった。

 能力最弱・クリア激難なのに、『弱火』の愛称で多くのユーザーにも親しまれていた……確か人気投票でも1位か2位だったよ。


 さて、解説してあげたけど、理解できたかな?」


 少女は一息で前世のゲームの話をファイヤにぶちまける。

 もともと、相手に理解してもらおうとしての解説ではなかったのだろう。


「お、おとめげーむ? ひろいん?」


 当然、ファイヤには何を言っているのか理解出来なかった。

 しかし、それらの単語に少し聞き覚えがあった。



「なんのことなんだ?

 確か、同じ様なことをショコラも言っていたが……」


「……へえ。

 ヒロイン(ショコラ)も、同じ様なことを(・・・・・・・)、ねぇ」


 ぼそり、と呟いたファイヤに、少女の顔が僅かに歪む。


「……まあ良い。

 話を戻させてもらう。

 今日ここに来た理由だが」


「あ、待って。

 大事な話なんでしょ。

 仕事が終わってから聞くのでも、良いかな?」


 少女は、ぽんぽんと紙の束を叩いた。

 ファイアは考える。

 すぐに終わる用事ではあるが、アポイントも無しで突入した身としては、そういわれると待つしかない。


「こう見えても忙しい身でね。

 午前3時に厨房に来てもらえる?」


「午前3時!?」


「言ったじゃないか、仕事は午前2時までだって」


「……分かった、その時間に厨房で待っている」


 ファイヤは踵を返すと、のしのしと部屋を出て行った。



「……成程ね。

 この世界、真エンドの『魔王攻略ルート』に向かっていると思っていたけど、やっぱりか。


 『ごちない』ヒロインのショコラ・ホーリーシット。


 彼女も(・・・)転生者、だったんだ」


 少女は椅子に座ると、ぶつぶつと独り言を話し始める。


「……ということは、ファイヤ・エクセレントの『大事な話』っていうのは、この店を辞めることだろうね。

 『弱火』の兄ちゃんは僕も好きなキャラだったから、仲間に出来たら良かったんだけどなぁ。


 まあ、あちらの戦力になるくらいなら。


 料理人として(・・・・・・)殺しておこう(・・・・・・)


##################################


 午前3時。


 ファイヤは静まり返った厨房に向かう。

 がちゃり、と扉を開けると。



「!?!?」



 あたり一面に立ち込める、胸を焦がす香り。

 その匂いの先には、オルハリコン製大鍋をかき混ぜる、ヴァルギリアの姿があった。


「……あ、来たかな、ファイヤ・エクセレントキッチン君。


 今、君のための夜御飯を作っているんだ。

 食べてくれると、嬉しいんだけど」


「よ、夜ご飯、だと……?」


「今朝も少し話をしたけど、夜って言うのは、午前2時から午前5時まで。


 その時間は『笑木屋』はお休みだから、『笑木屋』には、夜御飯が存在しない(・・・・・・・・・)



 ……僕が作る(・・・・)以外はね(・・・・)」 


 大なべに少女が何かを投入する。


「お、お前、食事が作れたのか……?」


 少女が調理している所を見たことのなかったファイヤは、そんな見当はずれな質問をしていた。

 実際は、その料理を食べてみたいという抗い難い衝動を誤魔化すために口に出しただけに過ぎなかったのだが。


「……『ごちない』の主要キャラは、全員何かしらの能力がある。

 ファイヤ・エクセレントキッチン君。

 君の能力は『炎』。

 その力で、炎を使う料理をおいしく作ることが出来る。


 ん~。

 ステキな能力だとは思うけど、他キャラと比べると、やっぱりどうしても見劣りするんだよね」


「!?!?


 な、な、な」


 何故わかる、と続けようとするファイヤを遮って、少女は言葉を続けた。


「そして僕、ヒロイン以外で唯一の女性キャラであるヴァルギリア・ボトムレスブラック。

 主人公のショコラ・ホーリーシットの宿敵……ま、いわゆる悪役令嬢って言う奴だ。


 能力は『なんでも美味しく食べさせることが出来る』と言う物」


 少女はコンロの火を消した。

 料理が完成したのだろう、同じくオルハリコン製のお玉を使って、オルハリコン製の更に鍋の中の液体を移していく。


「まあ、この能力も他キャラと比べるとあまり強い物じゃないんだけどね。


 だけど、『なんでも美味しく食べさせることが出来る』ということは。



 こういうことも(・・・・・・・)出来る(・・・)」 



 コトリ、とファイヤの前に置かれた皿の中には、煮えたぎった赤い液体がボゴボゴと音を立てていた。



「な、な、な、なんだこれは!?」


「『濃硫酸とマグマの(・・・・・・・・)スープ(・・・)です(・・)


 (ほっぺた)が落っこちるくらい美味しいよ」



 濃硫酸と、マグマ?

 そんなものを飲んだら、どうなる?


 どう考えても(・・・・・・)命はない(・・・・)!!


 しかし。

 そんなことは頭では分かっているはずなのに。


 ファイヤの手には、オルハリコン製のスプーンが握られていた。


「マグマと濃硫酸なので、食器はすべてオルハリコン製を使用しているんだ。

 さあ。

 冷めないうちに(・・・・・・・)召し上がれ(・・・・・)


「ぐ、ぐ、ぐぐぐ」


 これを食べたら死ぬと、分かっているのに。


 ファイヤはスプーンで液体を掬うと。


 ゆっくりと口元へ持っていき。


 それを頬張った。

  

 口の中に広がる超高温の液体。

 舌を焼いているのは熱か、酸か。


 スープは口腔内を蹂躙しながら、食道も焼いていく。

 液体は胃の中に落ちると、急激に温度を落としながら岩石へ戻っていき、ずしりとお腹に溜まった。


「う、うあ、うわああああああああああああ!!」


「どう、美味しい?」


「美味ひいいいいいいいいいい!

 美味ひいのおおおおおおおお!!」



 ファイヤは口元をドロドロに溶かしながら、感激していた。

 自分はこれを食べるために生きていたかもしれない、とさえ思っていた。 


「気に入ってくれたみたいで、良かったよ。

 ほら、回復薬。

 一緒に飲んだら死ななくて済むと思う。


 まあ、これ以上食べるなら、舌がどうなるかは(・・・・・・・・)分からないけどね(・・・・・・・・)


 おそらくこれ以上同じことを繰り返せば、舌はケロイドの様に変形し、2度と物を味わうことが出来なくなる。

 それは料理人としては死んだも同然。

 しかし。

 頭ではすべてを理解しているファイヤであったが、その手を止めることは不可能であった。

 半ば自動的に口元へ運ばれるスープ。

 舌を焼き、溶かし、その度に回復薬で歪に戻す。

 繰り返すたびに口の中は不可逆的に爛れていった。


「らめええええええ!

 らめなのおおおお!!

 人生台無ひになっちゃううううううう!!!!」


 ファイヤの嬌声に、ヴァルギリアは満足そうに頷くと、そっと耳元に囁きかけた。


「ああ、言い忘れていたけど。

 お替りもあるから(・・・・・・・・)どんどん食べてね(・・・・・・・・)


「ひゅあああああああああああああ!?!?」



 笑木屋の夜は、更けていく。

 部屋から少女がいなくなると。

 後に残ったのは、空っぽになった鍋と。


 そしてもはや、料理人でなくなった人間だけ。

ファイヤ・エクセレントキッチン 17歳 男

居酒屋を経営する料理人で、ヒロイン ショコラ・ホーリーシットの幼馴染。

『炎』を使う能力を持ち、焼き鳥やチャーハンなど炎を使う居酒屋定番の料理が大得意。

お兄ちゃんキャラで、ヒロインには度々耳の痛い助言を行うが、ヒロインは聞いてくれない。

「ショコラは●●した方が良いよ」→「お兄ちゃんのバカ―!」→「お兄ちゃんの言うとおりになった。ゴメンお兄ちゃん!」は様式美。

また、通常は攻略しないキャラが敵にまわるこのゲームで唯一、最後の最後までヒロインのそばにいてくれるありがたい存在。

ゲーム上はレストラン乗っ取りゲームであるため、1店舗のコックの腕がいい程度は大したアドバンテージにはならない。

というわけで、腕はいいもののゲーム上は使えないキャラのため、『弱火』『お兄ちゃん(弱)』『空気のような存在』などと揶揄されている。

これだけ弱いにも関わらずストーリーで美味しいところを持っていくのでファンは多い。

激難ルートを何度も何度も繰り返しプレイ、発狂しながらクリアする動画なんかが大人気。


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