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よもやま話

作者: 泉 与祢路

これは実際に私が体験した出来事です。じゃあ小説じゃないじゃないかって?いいえ、まったくの実話をもとに、小説風に、叙情的に書いてみようと思うのです。

では書き進めます。あなたが、これだけは誰にも見せたくない、そう思うものは何ですか?私は運転免許証です。そう、またあの憂うつな免許更新の日がやってきたのです。私はこれまで、免許証の写真をできる限り写りの良いものにしよう、早起きしてむくみを取り、ベースメイクは丁寧に、己の持てるポテンシャルのすべてで臨むのだと。しかし実際その日がくるとギリギリまで寝てしまい、パンパンの顔に化粧を施し、着の身着のまま木の実ナナで転がるように家を出るのです。そうして時間ギリギリ役所に滑り込むと、受付係に叩きつけるように金を払い、心の中で呪いをかけ、視力検査と事務処理が済むころには、顔のむくみも引いていることを切に願いながら時間は過ぎていきます。そしていよいよ新しい写真撮影となり、撮影ブースの椅子に座り姿勢を正し、何気に小顔効果を狙い少しだけ、少しだけ髪の毛を、顔の輪郭を包むように沿わせます。たのむ!気づかないでくれ!鼓動が早まり、背にはじっとりと汗が・・・。カメラの準備を終え顔を上げた係員は私のポージングを見るや「はい、髪の毛後ろへやって(あぁ無念!)ほら、しっかり目開けてまっすぐ前見て(まぶたがむくんでこれ以上開かんとです!)はい、あご引いてー」( ゜Д゜)!これ以上引くと四重あごになるとです!どうかお慈悲を!係員は容赦なく撮影を敢行。一瞬で望みは消え、完全なる敗北にぼう然とする私のことなど目にも入らぬわと言わんばかりに、係員は足早に去って行きました。

こうして新たな免許証を交付された私は、出来上がりを確認する余裕も勇気も無く、抜け殻のようにふらふらと役所を出たのでした。私の惨めな気持ちとは対象に、秋の到来を告げる風とともに、空には太陽が輝いていました。またそれが私をいっそう打ちのめすのです!気持ちを落ち着けようと私は和歌を詠みました。

  『天高く、馬肥ゆる・・・秋』

車に乗り込んだ私はふと、いったいあれはどんな風に仕上がったのかしらと思いました。きっとおそろしく醜いに違いない。このまま見ずに次の更新まで知らん顔しているのが一番良いのはわかっているのです。ですが一度湧いた好奇心(この好奇心といういたずら者に、いったい私たちは人生で何度振り回されることでしょう!)それを無視するのは、容易なことではないのです。それに、日に日に進歩する撮影機器の性能を考えると、むしろ三年前よりきれいに撮れているやもしれない、自分で思うほどひどくはないかもしれないぞ、などという一縷の望みが生まれたのです。私は免許証を、表を伏せたまま手に取りました。そしてゆっくりと裏返して、自分の新しい写真を見たのです。そこに写っていたのは、ざんばら髪に目をギョロリと剥いた四重あごの女の顔でした。さらに、せめてもの思いで施した目もとの化粧が濃すぎたために、かえって目がしぼんで見えるというかの現象(知る人は知っている!)が起こり、この世のものとは思えない奇怪な姿を晒しているのです。それはもはや人ですらなく、年齢も性別も超えた、まさに妖怪でした。

去年の秋のお話です。







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