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プロローグ。物語の始まり、かといってまともに終わるとは限らない。

「―――って、感じ何ですけど、いくらぐらいになりますかね…?」


薄暗い部屋の中。壁にびっしりと並んだ本棚の数々、それに囲まれるように中央に位置する大きな黒い机を挟み、僕は彼女に問いかけた。


「――これは、酷い」

「ですよね僕もそう思います」


同情するような、哀れむような表情を浮かべる彼女に、僕はそう答えた。


「――これは酷い。酷すぎる。酷く――――――





































――――つまらない」



――は?と、思わず疑問の声を浮かべる僕。


「いやいやいや……貴方があんなに、『絶対に面白いです!いえ、面白くない筈がない!紆余曲折、山あり谷あり川あり野ありな僕の波乱万丈危機一髪奇々怪々な人生は!!』と熱弁されるので、折角の時間を削ってまで、話を聞かせて頂いたのですが……いえ、聞いてあげた、聞いてやったのですが……」

「どんどん僕に対する扱いが下がってますね」

「……こんな、こんなありふれた何の変哲も無い平々凡々ありきたりな人生を送ってきたなんて、とてもじゃないですが信じられないですね」

「えー……いや、自分としては姉に売られ裏切られた辺りとか、とても面白いと思ったんですがね」

「面白くないですつまらないです」

「さいですか」


はあ、とため息をつく。まあしょうがない、潔く諦めることも人生には大切だ。来世にでも期待しよう。


「……いや、でもこれからどうしようかなぁ――――」
























◇◆◇◆◇◆◇◆



――――遡ること五時間前。





「こら待て懐幾ィィィ!」

黒のスーツにサングラスというありふれたヤクザ風の男は走る。

「また逃げる気かァァァ!」

同じ格好の男も走る。

「さっさと借金返しやがれェェェ!」

そのまた同じ格好の男も走る。――僕に向かって、執念深く執念深く。親の仇か何かでも追うように。




「だ が 断 る !」


昼前にも関わらず薄暗い裏路地。そこでの追いかけっこは最早僕の日常だった。

ちなみに僕を追っているのは何処かの金融の人。無論十代でそんな大きな借金なんて作る筈もなく、借金を作った親が夜逃げしたから仕方なく(?)追われてあげてるだけだ。



「へっ、そこの路地は行き止まりだぜ!」

「年貢の納め時だな!」

「さあ、返して貰おうか!」


「……君達頭が悪いんだね、返せる金があれば逃げないし、こんな子供が大金を持ってると思うの?」


目の前の壁を越える方法を模索しながら問いかける。

このムキムキなおじさん達は脳もムキムキなようだ。


「ああ!」

「右に同じ!」

「左に同じ!」


「……無論、そんな金は無いけど?」


「ならば貴様の!」

「「体で返せェェェ!!」」


「うお危ない」


繰り出された右ストレートを間一髪でかわす。つーかこいつら三つ子か何かだろ息が合いすぎてて気持ち悪い。まあ多分そういう風に育てられた方々何だろうけどさ。


「ふっ、運が良いようだなぁ!」

「だが!お前の逃げ場は無い!」

「さあ!観念するんだな!」


「んー?それはどうかな?」


壁を越える方法は見つからなかったが、代わりに上空に面白いものを見つけた。多分あちらもそろそろこっちに気づくはずだ。

「お待たせー」


「「「!?」」」


声が響いてきたのは上空。見上げるとそこにいたのは箒に跨がり、風に靡く黒髪を弄りながらこちらを見下ろす女の子だった。



「遅いよ……華音」

「ごめんねー、色々忙しくってー」


呑気な魔法使い――華音はニコニコとしながら謝っていた。特に反省しているようには見えなかったけど、まあそういう奴だから特に気にはしない。そしておじさんたちは丁度良いことに上空の華音に気をとられているようだった。



「じゃ、行こっかー」

「ああ」

「ぁぁ゛ん?逃げられるとでも思ってんのかこの状況から?」

「おじさん達、なにか勘違いしてるみたいだねー?もうとっくに逃げ終わってるよー?」


「ハァ?だってこいつはここに…」

「……いねぇ!?」

「どこ行きやがった!?」


三人は先程まで僕を追い詰めていた袋小路でキョロキョロと走り回っていた。



「……じゃ、金が入ったら返しに行くから………うぇっ」


答えた僕は遥か上空、華音の背中にしがみついていた。



「「「ちょっと待てェェェ!!?」」」


「じゃーねー♪」

「さいならー……」

































「……あのー、華音さん。もうちょっとスピード落とせません?」

「えー」


あの三人が見えなくなるぐらい離れたころ、華音に質問した。

転移魔法の副作用で一時的に目眩や立ち眩みがしてすごく気持ち悪いので、少し速度を遅くしてほしいのだ。



「むー、どーしよーもないよー」

「治癒魔法とか無いのかよ……」

「そんな高度な魔法私は覚えられないよー」


お前はソレよりも明らかに高度な魔法を覚えているというのに何を言ってるんだ、と強く思うのだが。

――杠華音(ユズリハカノン)。腐れ縁というか幼馴染というかなんというか。まあ知り合い以上友達未満って感じだ。

そんな彼女は、見た目通り魔法使いである。さっき僕を助けたのは転移魔法。ただし、この転移魔法には条件があって、対象に意識が向いている者がいると、それごと転移してしまうのだ。だから一瞬奴らの気を逸らして、その隙に転移魔法を使った訳だ。


「で、想君はどうなの?借金返せそうなのー?」

「全然無理。1500万円ぐらい足りない」


闇金って恐ろしいね。たかが100万円借りただけなのになんでこんなに膨らむんだろう。それよりもだらしない親に文句を言いたいが。



「んー、じゃあやっぱり私が師匠のコネでなんか紹介しようかー?」

「…お前の師匠の手を、余り借りたくないんだけどなぁ……」


ちなみに華音の師匠は大魔法使いだが性格が悪い……もといすごく良い性格をしていらっしゃるので、なるべく関わりたくない。顔も見たくない。



「あー、じゃあやっぱりネットで調べたとこ、紹介しようか?」

「ネットか……あまり信用したくは無いんだけどな」


口ではそう言いつつも、流石に自分の為に色々調べて手を考えてくれている華音の気持ちを無下にする訳にもいかないので、一応見せて、というと、華音は懐からタッチパネル式の携帯端末――つまりスマートフォンを取り出し何やら操作を始めた。箒の運転はいいのかな、と思ったが、まあ華音ならなんとかするだろうと楽観して空を見上げた。






――魔女が科学に頼る時代か。なんかシュール。一昔前ならあり得なかっただろう。これも時代の進歩か――いや、"世界の進歩"か。



「おー、あったよー。これこれー」

「ん。なになに……」


手渡されたスマホの画面を見つめる。どうやら、様々なバイト(大体は闇系)のまとめサイトのようだった。


「『誰にでも出来る簡単なお仕事!白い粉を運ぶだけ!!』……うん、これはアウトだとして」

「えー、それオススメだったんだけどなー。お薬を運ぶってことは人が助かるんでしょ?それでお金が貰えるなんてサイコーじゃない?」

「それ色々違う。ある意味では人が助かってるけど」


ページの一番上からざっくり流し読みしていく。他にも新薬の実験台や開発途中の魔法の試し打ちの試験台、ちょっと頭のイってる闘技場で勝負に勝って賞金を稼ぎまくる、等々報酬は良くても危険な仕事ばかりだった。


「……ん?」

「お、面白そうなのあったー?」

「あー、まあ……」


気になった仕事の内容をじっくり読み返す。非合法とは言えないけど、これいいのか……?



「……『語り屋』?」

「あ、それ聞いたことあるよー」

「そりゃそうだろお前が薦めてきたページの仕事の一つなんだから」

「や、そうじゃなくてね」


華音はんー、と何かを思い出している様子。そこだけ見るととんがり帽子や服装も相まって知的な魔女らしく見える。らしく見えるだけだけどな!


「……あ、師匠が言ってた仕事だったかなぁ」

「よしこの仕事はやめよう別のを探そう」

「なんかねー、そこの主人さんが師匠と旧知の仲なんだってー」

「尚更モチベーションが削がれるんだけど」

「まあまあ、とりあえず読んでみてよ?」


再び画面に目を向けた。





――語り屋。



当店では、様々な人、物、神、悪魔……兎に角色んな方々の面白い"話"を集めております。


自分の人生に自信のある方、その話を聞かせて頂けませんか?


――尚、報酬は最低1500万円、最大一億円まで用意できます。








ーーーーーーーーーー





「……胡散臭いなぁ」


説明を読み終わった僕の第一声はそれだった。

こんなに旨い話がある訳ない。何かしらのデメリットがあることは確かだろう。少なくとも鵜呑みにするわけにはいかない。


「んー、そんなことないと思うけどなぁ。きっといい人だよ、そこの店主の人?」

「……どーだろうなぁ」


ふう、と一息吐いて下を見下ろした。そこに広がっていたのは都市では無く、手つかずの自然。見渡す限り森。振り返ってみても、森が広がっているだけだった。


「……あのー、華音さん?何処に向かっていらっしゃるんですか?」

「んー……ん?」

「何も考えてなかったんですね分かります」


と、ここで手に持っていた華音の携帯がぶるぶるっと震えた。


「あ、師匠からだー」

「え、バイブレータで分かるのかよ!?」


携帯は完全にマナーモード。振動音で分かるって何だよそれ。

改めて携帯の画面を見ると、そこには可愛らしいハートの絵文字とともに師匠という文字が浮かんでいた。


「想君出といてー」

「うん、じゃあ通話ボタンは押すから華音が喋ってよ?」

「えー、通話しながらの運転は危ないよー」

「お前さっき後ろ向いて運転してたよな」


そもそも箒の操作なのだから運転と言っていいのだろうか……なんて考えているといきなりピッという効果音が。


「もー、想君が出ないから師匠が繋げちゃったじゃん」

「えーナニソレ!?」


繋げるって何だよ!?携帯電話にそんな機能あったの!?自分の意思でオンオフ可能、みたいな!?僕も欲しいわそれ!


『あー、マイクテスマイクテス。繋がってるか?まあ、繋がってるに決まってるんだが』

「この電話番号は、この電話番号は、この電話番号は、この電話番号は、現在使われておりません」

『黙れお前の脳漿を炸裂させるぞ』

「すいません調子乗りました」


電話口から響く、キリッとしたこちらを威圧するような声。

その声の主こそ、華音の師匠、愛羅(メラ) 麗蘭(レイラ)様だった。


「で、うちの華音に何の御用で?」

『"うちの"じゃない"私の"だ。そこ間違えるな。あと、用があるのは華音じゃない。お前だ想夜』

「え?」


何だろう、見当がつかない。あれかな、麗蘭さんのお気に入りのティーカップを割っちゃったことかな。麗蘭さんが録画してた深夜アニメを勝手に見て間違えて消しちゃったことかな。


『ああ、その件ならとっくに華音から聞いてるから大丈夫だ。ていっ』

「ぐふぉっ!?」


いきなり華音の背中から手が飛び出し、お腹をどつかれた。丁度鳩尾に入ってしまい、少し気持ち悪くなる。というか色々と落ちそうになった。僅かな空間をも操るとは、恐るべし大魔法使い。


「……う、うえぇぇ………酷いです麗蘭さん……」

「私思うんだけどさー、想君は師匠のこと苦手って言ってるけど、師匠に嫌われる原因作ってるの想君だよねー?」

「…………」

『沈黙は肯定と受けとるぞ?ていうか図星だろ』

「弟子入りして一日目に冬の雪山の滝に突き落としたのは誰でしたっけ?」

「あれぐらいこなせないお前が悪い」

「確かに隣で気持ち良さそうに水浴びして遊んでましたけど!!」


水浴びというか寒中水泳。バタフライで冬の滝を流れ落ちる様は最早人外。あと色々と目の毒でした。


『話が逸れたな、本題に戻そう。改めて聞くが想夜。お前の借金踏み倒す気は無いんだな?』

「ええ、勿論」

『で、アテはあるのか?』

「ええ、勿論」

『……そうか、ならいいんだ。いやー、それは良かった。私の知り合いの"語り屋"って奴を紹介してやろうと思ったんだがそれなら問題無さそうだな。いやー良かった良かった。本当に良かったよ。それじゃ、暇な時とか困った時は顔見せに来いよ?じゃあな』


ピッ、という音が響き電話は切れた。


「……お見通しみたいだな」

「ねー」


相変わらず、華音は何を考えているのか何処へ向かっているのかのんびりとフラフラと広がる自然を眺めている様だった。



「……あ」

「どうした?」

「そうだ、私あそこ行かなきゃー」


そういった華音は、腰に下げたポーチから羽ペンを出し空中に魔方陣を描いた。


「ちょ……ちょっと待て華音!降ろして!い、いやせめて心の準備をさせて!!」

「えー、やだよ」


そう答えた華音は、魔方陣の中心を羽ペンでちょんとつついた。

すると、魔方陣は巨大化しそこに空間の裂け目のような物が広がった。丁度、人一人が通れるぐらいの。





「じゃ、いっくよー。しっかり掴まっててねー?」



「待っ」




て、と言う間も無く箒は空間に吸い込まれた。 瞬間的にかかる脳と体への強い負荷。重力に押し潰されそうな感覚を覚えた。こんな中鼻唄を歌っている華音も相当人外だ。いや魔法使いだけどさ。僕もなりたかったよなれるものなら。



「うぇぇぇ……吐きそう……」

「あははー、面白かったなー」


華音の表情は見えないが、恐らくすごくニコニコしているだろう。今の魔法は世界を越える為の物で、一瞬で移動できる反面、体にとてつもない負荷がかかる。例えるならジェットコースターの半端なく強化された版、みたいな?



「……で、ここは?」

「"イリュージョン"第四世界だよー」

「あー、そう………んで、何の用なの?」

「えーっと、何の用だったかなーあ、そうだ。魔術の素材を集めに来たんだー」

「新作?」

「うん、新作新作ー。えへへ、今度のはすごいよ?」


と、話している間にも箒は何処かへ向かう。下を見下ろすと、そこにあったのは十八世紀ぐらいの西洋の街並みだった。


「あ、ここら辺だー」


箒は急降下。噴水のある、広場のような所に降り立つ。


「んじゃ、私こっちだからー」

「待てよ、僕も行くぞ?」

「えー、想君はあっちだよー」


華音が指差したのは彼女が行こうとしている方向の反対側だった。


「……え、なんで?」

「だって向こうだよー?語り屋さん」

「……え?」

「え?」

「ドユコト?」

「私は魔術の素材を集めに来たんだけどさー、丁度近くに語り屋さんがあるみたいだったんだよねー。だから一緒に来たほうが早いかなー、って」

「お、おう。一応理解は出来た」

「んじゃ、そういうことでー」


街中にも関わらず、箒を飛ばして華音は何処かに消えていった。



「……あ。待ち合わせ、してないじゃん」


帰れない。マジ帰れない。 さてどうしようか、と街の中を散策し、語り屋を発見して今に至るのだった。




「――で、どうします?自信満々に来るから期待していたのに、ここまでつまらないとは。この罰は重いですよ?」

「ははは。罰、と言われましても払える金もあげられる物も無いんですがね」

「…はぁ、それなら………」


と言って、彼女は机の引き出しから一つの眼鏡を出した。



「……何ですか、それ?」

「過去を見透す眼鏡です」


眼鏡は眼鏡でもそれはモノクルだった。レンズ部分はクリスタル、魔力を受けるとそれを増大させることで有名な虹雷石で縁取られており、それだけでなかなかに高価なものだということがわかる。魔力というか霊力というか、そういったものが滲み出ているのを感じた。


「……あれぇ、僕の話した意味ってあります?」

「本人から直接聞いた方が面白いので」

「ああ成る程。で、どうするんですかそれで?」

「あなたの過去から面白そうな人物をピックアップして、その人の物語を読んでそれに応じた報酬を渡す、というのはどうでしょう?」

「まあそれならそれで大丈夫ですよ」


僕はただここにいるだけで済むしそれで報酬が貰えるなら十分だ。



「――ええ、成る程……中々興味深いですね」


彼女は一点に僕を見つめ、何やら満足そうな表情で頷いていた。


「……誰の人生を覗いてるんです?」

「さあ。誰でしょう?」


はぐらかされてしまった。しかし気になるなあ。麗蘭さんだろうか。華音だろうか。それとも――



「それはそうと。貴方、愛羅の友人だったんですね。言ってくれれば絶対に話なんて聞かなかったのに」

「その気持ちは痛い程分かりますがそれによって報酬が減った、なんてことは無いですよね?」

「…………」

「減ったんですか」

「そりゃあまあ」


マジかよ、と少し落胆。まあしかし少しでも貰えるのなら有難い限りだ。



「――じゃあ報酬を与えましょう」

「はい」


少しワクワク。最低1500万円、借金は返せる。





「1500万円、罰金です」

「……は?」

「え?」


どうしたんですか?とでも言いたげな声に流石に僕も反論する。


「……どういうことですか?」

「報酬が最低1500万円って言うことは知ってますよね?最低、つまり最も低い時」

「はい」

「最も低い、つまりマイナスです」

「……はいぃ!?」


詐欺だよねそれ!?と声を張り上げたがそんな切実な叫びも何処吹く風、彼女は悠々と紅茶を啜り辛辣な言葉を言い放った。


「ということで1500万円お願いします」

「借金が倍になった!?」


うわどうしよう洒落にならねぇ。流石にそれはどうしようもない。僕の人生終わったかなぁ……と薄暗いこの部屋の中よりも暗い気分になって頭を抱えていたが、それに見かねたのか語り屋は救いの手を差し伸べた。――いつ切れるかもわからない、蜘蛛の糸と言うべきかもしれないが。



「――時給千八十円一日九時間労働だとして、三食寝所込みなら一日9720円、一年で三百五十四万七千八百円。ざっくり5年で返せます」

「……どういうことですか?」


急な話に頭がまともに働かない。何だろう、僕が借金を返すまでの年月を計算してくれたのだろうか?


「違います。懐幾想夜。貴方にはこの語り屋で働いてもらいます。いや働きなさい。働け」

「強制労働!?」

「丁度良かったです。人手が欲しかったことですし、まあ人の一人や十人くらい物の数ではありませんよ」

「一桁違うんですけど何ですかそれは」

「で、どうです嫌ですか?嫌ならいいんですよ私は?」

「……ッ、それは…」


勿論、この状況で断るという選択肢もある。が今の地に足がつかない生活と比べるとどちらが良いかは一目瞭然だった。


「……僕をここで雇ってください、語り屋さん」

「確かに『語り屋』ではありますが、これからは貴方も語り屋になるんですよ?紛らわしいので名前で呼んでくださいな」

「いや名前聞いた覚えが無いんですけど」

「勿論ですよ、言ってないですもの。――――で、私の名前は何だと思います?」

「えええええええ!?」


ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる語り屋さん。もしかしてこれからこんな無茶ぶりを何度もされるのだろうか。とんだブラック企業に就職してしまったのかもしれない。

改めて彼女の容姿を確認する。腰までかかる長いブロンドの髪。整った端整な顔立ち。綺麗なシアンの瞳。座高だけだから何とも言えないが身長は160くらいだろうか。黒いドレスにブラウスを羽織り、右目に片眼鏡をつけている。


「――シアンさん、とか?」

「あら安直な名前ですね。70点」

「あれそれ案外高得点じゃないんですか!?」

「まあ正解なので」

「正解なんですか!?」


何か?と言いたげな表情のシアンさんだったが、何気に自分の名前に三十点減点してるのが気になった。――まあ、それはさておき。



「――これからよろしくお願いします、シアンさん」

「まあ、歓迎させて頂きましょう」



――まあ何はともあれ。ここから。ここから、僕の騒々しく慌ただしい、語り屋での日常が始まるのだった。

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