トリック
もしかして、私、騙されたの? 220万円持って行かれたの?
え? なんで? 絶対にお金の動きが分かるような人が220万程度のお金持って行く必要なんかないじゃん。
それとも、お金の動きが分かるなんて嘘なの? え、でも1/64だよ? しかもポンドの動きもひとつ当てたんだから1/128(1%以下)だよ……?
何がなんだか分からない。
私は会社に行き、話の経緯を玲菜に話した。
――私は200万円のことをまだ彼女に言っていない。物欲があり、お金の使い方も決してマメではない玲菜にそんなことを言うのは憚られたからだ。
前まではそんなことを思っていたけど、騙されたかもしれない立場でそんなことは構っていられなかった。
すると、
「あっ、それ知ってるよ。テレビで見たことある」
玲菜はそんなことを言った。
「え?」テレビ?
「佑奈。それ、完全に詐欺だよ」
そう言い切られても到底信じられない。「でも、1/128を当てたんだよ?」
「最後のポンドの部分は偶然ポンドが上がっていたから使っただけだよ。ポンドが下がってたら違う国のお金を言えばいいだけだし。ドルが上がってたならそのままドルでいいしね」
「あ、そうか」言われてみれば確かにそうだ。安藤さんを信じるあまり、そんなことにも気付かなかったのか……私は。
いや、
「それでも、1/64だよ? 1・5625%だよ?」
そんなの、ヤマ勘で当たるはずがない。
「簡単だよ」
「簡単?」
「64人以上に同じメール送ればいいの」
「……え?」
「明日上がるか下がるだけを変えてね」
そう言われても混乱している私には全く意味が分からなかった。「どういう意味? 詳しく説明して」
「そうだね。その安藤って人、多分64人か128人かあるいはそれ以上の人にメール送ったんだよ。とりあえず128人にしようか。その内64人には「明日上がる」って言って、もう64人には「明日下がる」って言うんだよ」
「……もしかして、それで当たった人にだけメールを送り続けて、下がった人は切り捨てるの?」
次に当たった人の半分には「明日上がる」って言って、もう半分には「明日下がる」って言う。それを繰り返すの?
「うん。佑奈は運悪く残っちゃったんだと思うよ。最後に残る二人に。でね、信じ込んで大金を渡したら翌日の為替の結果がどうなろうと逃げるって寸法じゃないかな」
そんな……。そんな簡単なことだったの?
なんで私はそのメールが自分にしか送られていないと思い込んだんだろう。一斉送信じゃなかったと言ってもそれくらい疑ってもいいはずなのに……。
――しかし、当銀行を利用してくださっている小畑様にはとある秘密を教えたいと思います。
そうか、小畑様って私の名前を出したからだ。
冷静に考えればこの物騒な世の中、銀行から出てきた人間の名前とメールアドレスくらい、できる人には簡単に手に入れられるだろうに。
それに今思えばあのメールの文面も、不特定多数の人間に対してではなく、ただひとりだけに対してのものだった気がする。
しかも私は二回、玲菜にメールのことを話そうと思った。もし、こんなバカなメールのこといちいち話す必要がないなんて思わずに話していたら……。
「テレビで紹介されてるってことは知ってる人も少なくはないんだよね。多分十人に一人くらいは知ってるんじゃないかな」
――こんなおいしい話を人に話してたまるものか。
もし、私が欲張らずに玲菜に、いや、誰でもいい。誰かに相談していたら……、
「あんまり責めるつもりはないけど、そういうことは誰かに話した方がいいかもしれないね」
「そんな……」
お母さんとお父さんの顔が脳裏に浮かぶ。
笑顔だった。
「お母さん……、お父さん……なさい……ごめんなさい……」
――タンスの奥に眠る札束を見る度に、私が家を出る少し前にかけてくれたお母さんの言葉が蘇る。その思い出はふんわりと温かく、まるで冷たい社会の風に打たれる私を毛布のように包んでくれるようだった。
――私がまだホームシックに陥ってないのは、このお金が両親代わりになって寂しさを紛らわせてくれているかもしれないからだ。
もう私には、何も残っていない。
「ごめんなさい……ごめんなさい……!」
私は、崩れた。デスクに頭から落ち、目から温かい涙が次々零れていく。まるで体温と思い出も一緒に奪っていくように。
――温泉旅行なんていいかもしれない。ちょっと高い旅館に止まって、おいしい料理を食べて。他にも色々してあげたいな。
「ごめんなさい……ごめんなさい……! お父さん……! お母さん……! ごめんなさい……!」
その時、背中に温かいものが当たった。
「佑奈……」
玲菜の声が聞こえた時、自分が心の中で発した汚い言葉が何度も頭の中で反芻した。
――こんなおいしい話を人に話してたまるものか。
「ごめんなさい……玲菜、ごめんなさい……」
「なんで私に謝るのよ」
「ごめんなさい……」
それしか言葉が出なかった。
すると、ポンッと玲菜が背中を叩いてくれた。
「……泣きなさい。人目なんか気にせず泣きなさい。きっとお母さんもお父さんも許してくれる。佑奈はひとりじゃない。お母さんだって、お父さんだって、私だっている。でしょ?」
私の背中を撫でる玲菜の温かさが心に染み渡る。まるで涙と一緒に漏れた温かいものが再び体の中に入っていくように。そして、今まで感じたことのないくらい心が温まった。全身を巡る血液さえも私を慰めてくれているようだった。
「これから一緒に、こつこつ頑張りましょう」
「……うん。ありがとう……」
時間と共に冷静さというものは戻ってくる。そして色々と気付かされる。
どうして銀行の隣の喫茶店が待ち合わせ場所だったのか。銀行員なら銀行内でいいじゃないか。もしかしたら隣だったのも、精神的に銀行からお金を引き出しやすくやすくなるからかもしれない。
更に私が家にお金を取りに戻った時、あの男は付いてこなかった。普通付いてくるんじゃないだろうか。そちらの方が私の手間が減るのは明らかなんだから。じゃあどうして喫茶店に残ったのか。それはあの男が詐欺師だからだ。あの時点では私が一人暮らしなのかどうかは分からない。近所の人と仲がいいかも分からない。もし私にそのような人がいたのなら、詐欺師にとってその人たちは敵になる。玲菜のようにこのトリックを知っている人だっているかもしれないから。それに、ずっと喫茶店にいれば町の監視カメラに映ることもない。
つまりあの男にとって私に付いていくことはそれなりに大きなリスクで、喫茶店で待っている方が圧倒的に安全だったんだ。
ちなみに○○銀行に安藤実という人物はいなかった。おそらく安藤実という名前も偽名だろう。
それにしても、と思う。あの男は卑劣で、抜かりないと。
あの男は私からお金を受け取ってからレバレッジの話をした。あの男が詐欺師ならそんなことをいちいち言う必要はなかったはずだ。
じゃあ、どうして言ったのか。おそらく、詐欺師ならやる必要のないことをあえてすることで、自分を本物だと信じ込ませようとしたからか、それとも私の心を徹底的にいたぶるためか。
あの誓約書だってそうだ。しかも完全な慈善事業じゃなくてその稼ぎを一部貰ったり、為替の操作も完全じゃなくてある程度だと言ったり。あれもあえて譲歩することによってより一層私を信じ込ませようとしたからだ。
もしかしたら安藤は今日も誰かから奪っているのかもしれない。お金と、かけがえのない思い出を。
最後まで読んでくださりありがとうございます。
僕にはあまり投資やFXの知識がないので、書いていることに多少の間違いがあるかもしれませんが、投資の内容は決してメインではないのである程度多めに見てもらえたらと思います。もし、間違いなどがあればご指摘ください。誤字の指摘も受け付けています。
人によって何を感じたかは様々だと思いますが、この小説から「こんなタイプの詐欺があるんだ」ということだけでなく、「時には俯瞰的に物事を見てみるといいかもしれない」など、色々学んでもらえると嬉しい限りです(偉そうに聞こえてしまったらごめんなさい)
評価・感想をしてもらえると飛び跳ねて喜びます。お願いしますm(__)m