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儲け×25

 

 家に速足で戻り、息を切らしながらタンスを開ける。


「ハア、ハア、」


 タンスの奥から二枚の封筒に入った200万円を取り出し、手に取った。

 重たい。一枚一枚は宙を舞うような紙切れなのに、200枚もあるとすごく重たい。

 でも、ただの200枚の紙よりも重いような気がする。


「お母さん、お父さん……」


 私はふたりに恩返しがしたい。今まで育ててくれたかけがえのないふたりに。

 そのためには、もっとお金がいるんだ。


「待っててね。お母さん、お父さん。すぐにでも温泉旅行に連れて行ってあげるから」






「お待たせしました」


 私が喫茶店に戻ると、安藤さんは何かの小説を読んでいた。


 私の声を聞き、顔を上げて彼はニコッと笑った。「いえいえ。思ったよりも早かったですね。もう少しで犯人が分かるところだったんですよ」


 彼はブックカバーの掛かった本を閉じ、鞄にしまった。


「あ、なんかすみません」


「いえいえ。ところでお金は持ってきてくれましたか?」


「はい」


 私は二つの封筒とさっき銀行から下ろしてきた20万円をテーブルに置き、安藤さんの方へ滑らせた。


 拝見します、と彼は一礼して中身を覗いた。「200と20、ですね」


「はい」


「では、責任を持って私、安藤が預からせていただきます」彼は二つの封筒を丁寧に鞄に入れた。


「これで利益は6~10数万円くらいですよね」


 さっきここに来る時にポンドと円の為替レートを調べてきた。そのレートでざっくり510円上がるとして計算してみると利益は6~10数万円くらいだった。


 もちろんだけど、安藤さんの言う通り昨日に比べて、今日は少し円に対するポンドの価値が上がっていた。


「ですね。計算したんですか?」


「はい。さっき」


「賢明な判断だと思います。しかし、さらにレバレッジを掛ければもっと大きく得することができます」


「レバレッジ?」

 聞いたことのない単語だった。「なんですか、それ」


「簡単に言うと資金の何倍もの金額で取引を行える制度です。もうご存じかとは思いますが、FXは大きく利益を得ることも大きく損をすることも少ないのです。しかし、レバレッジを使えばその利益や損失を増やすことができるんです。1万円の資金にレバレッジを十倍かければ資金が10万円として投資ができる、というふうに表現すれば分かりやすいでしょうか」


「……」そんな制度があるなんて思いもしなかった。でも言われてみれば、そのような制度がなければFXが人気のある投資法になるはずがない。


「日本では最大25倍までレバレッジを掛けられます」


「25倍!?」


「はい。私どもは気軽に、そして安全にFXをしてもらおうと思っているのであえてそれには触れてきませんでしたが、そのような制度があるのです」


 25倍。ということは私の220万円は5500万円になるということだ。6~10数万円の利益は150~300万円くらいになる。


 思わず息を飲んでしまう。同時に時間と共に少しずつ抑えられていた興奮も一気に蘇ってきた。


「ないとは思いますが、この制度を使ってもし負けてしまったら損失は責任を持って我々銀行が負担させていただきます。儲けた場合は、利益が100万単位になるので1万円単位まではこちらのものにさせていただきますが」


 安藤さんは鞄から何やら紙を取り出し、机の上に置いた。

『誓約書』と書いてある。


「小畑さん、どうしますか? レバレッジ使いますか?」小畑は胸ポケットから万年筆を取り出した。


 レバレッジ。危険なものではあるけど、絶対に勝てるんだったら使わないわけがない。


「はい。使います」


 お母さんとお父さんの顔が脳裏に浮かぶ。笑顔だった。

 恩返し、待っててね。


「分かりました」安藤さんは誓約書に「安藤実」とサインし、私に渡した。

 そこには「もしあなた様に損失を与えてしまったのなら私がその損失を負い、賭け金をあなた様に全額返金します」と書いてある。


 万が一外れたとしても、と思って私は安堵の息を吐いた。でも、興奮はまだ取れない。


「では、また連絡を入れさせていただきますね」


 安藤さんが立ち上がったのでつられて私も立ち上がり、頭を下げた。「はい。お願いします」


 顔を上げて私はにっこりと笑う。

 安藤さんもつられたように微笑んだ。






 その夜、寝る前にふと玲菜の顔が浮かんだ。


 お金を欲しがってる玲菜にこのこと話そうかな。いや、こんなおいしい話を人に話してたまるものか。


 翌日、何食わぬ顔で私は会社から帰ってきた。


 お金が手に入ることに浮かれて少しにやけていたのかもしれない。玲菜から「なんか楽しそうだね。何かあった?」と聞かれた。


 私は「何も」と答えた。玲菜に話そうとはこれっぽっちも思わなかった。

 一日の疲れと玲菜の疑いの目をシャワーで洗い流す。


 今日も一日頑張ったな。一週間後には大きなお金が手に入る。そう思うといつもより頑張りがいがあった。

 そんなことを考えていると、ふと思った。


 どれくらい円は上がったんだろう。


 お風呂から出て『ポンド 為替』で検索してみた。


 すると、


「あれ?」


 グラフは下降していた。つまり、ポンドは下がっていた。


「……え?」上がるんじゃなかったの?


 安藤さんにメールをする。『下がってるんですけど……、どういうことですか?』


 送信。すると、ほんの二、三秒でメールが返ってきた。


「え?」


 エラーメールだった。『ユーザーが見つかりません』


 え? どういうこと? 何これ?


 そうだ、名刺……!


 名刺入れから安藤さんの名刺を取り出し、そこに書いてある電話番号をスマホに打ち込む。

 息を切らせながら、鼓動を暴れさせながら、素早くスマホを耳に当てる。


『……お掛けになった電話番号は、現在使われておりません――』


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