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3/6

1/32=1?

 

 両親から貰った200万円はまだタンスの奥に眠っている。きっと使われる日が来るのを待っているのだろう。


 私はあまり物欲がなく、彼氏もいないし、特にこれといった趣味もないので200万円の使い道はまだ決まっていない。安い給料だけで「なんとか」といった感じではあるけど暮らせているし。預金は20万くらいしかないけど。


 でも最近になって「使わなくてもいいかも」と思い始めている。私がまだホームシックに陥ってないのは、このお金が両親代わり(って言ったらちょっと変かもしれないけど)になって寂しさを紛らわせてくれているのかもしれないからだ。現に私は毎朝これを見て両親との思い出に浸っている。


 会社に向かう電車の中、ふとあのメールのことが頭によぎった。

 まあ、お金に困ってない私には関係のない話だけど。


 あのメールについて同僚の玲菜に話そうかな。いや、あんなバカなメールのことなんていちいち話さなくてもいいか。「こんなつまらない詐欺メールもあるんだね」なんて笑い飛ばすことができればいいけど、心優しい玲菜の場合逆に傷付いてしまいかねない。


「ああ、お金が欲しい」


 会社に入り自分のデスクに着くと、隣の玲菜がそんなことをぼやいていた。

 お金の使い道に悩んでいる私とは正反対な悩みで、なんと声をかけていいか困る。とりあえず私は玲菜が次の言葉を発するのを待った。


「ああ、お金落ちてこないかな」


「……」


 私は200万円のことをまだ彼女に言っていない。物欲があり、お金の使い方も決してマメではない玲菜にそんなことを言うのは憚られたからだ。変に嫌みを言われたくはない。

 でも、玲菜はすごくいいやつだ。心優しくて、ある意味では純粋。だからこそお金に悩んでいるのかもしれない。


「ああ、無情」


「……さっきから何言ってるの?」


 私が呆れて訊くと、玲菜は溜息を吐きながら私の方を見た。「佑奈はいつになったら私に話しかけてくれるだろう、って」


「正解は『ああ、無情』でした」


「予想通りね」


 そんなつまらないことを言って私たちは笑い合う。まるで青春時代が逆流してきたような幸せな時間だ。


「でさ、玲菜はお金を何に使いたいの?」


「お母さんとお父さんを旅行に連れて行ってあげたいなあ」


「え?」


「嘘よ。私、そんなにいい人じゃないから」


「いい人だよ、玲菜は」


「そんなことないって。でもね、いつかはそうしたいって思ってるんだ」


「旅行?」


「うん」


 旅行か……。




 玲菜と晩御飯を食べて家に帰り、お風呂に入ると、ふと朝の会話が頭によぎった。


「旅行、か……」


 あの200万円はお母さんとお父さんのお金だけど、二人への恩返しに使うのもいいかもしれない。二人とも自分が100万円渡しただけだと思っているから、それ以上のお金を使ったらおそらく騙されて喜んでくれるだろう。


 よし、と私は湯船の中で掌をぎゅっと握った。


 温泉旅行なんていいかもしれない。ちょっと高い旅館に止まって、おいしい料理を食べて。他にも色々してあげたいな。旅行だって一回だけじゃなくて一年に一回くらいは連れて行ってあげたい。私にも何か趣味が見つかるかもしれない。


 そのためには少しでもお金は増やしておいた方がいい。

 せっせと稼ごうか。


 よし、と私は立ち上がって湯船を出る。

 体を拭き、ドライヤーで髪を乾かしながら脱衣所を出ると、スマホが青色にチカチカと光っているのが見えた。

 メールだ。


「ん?」誰だろう。


 開いてみると、電話帳には登録されていないアドレスだった。でもその文字列に見覚えはあった。


 あのFXメールだ。


『言った通り今日、ドルの価値は下がりました』


「そうなの?」当たったの?


『でも、まだ信じられませんよね。所詮は1/2ですから。


 明日は上がります。つまり「1ドル=100円」が「1ドル=101円」になるということです』



 でたらめを言っているだけかもしれないと思い、『ドル 為替』で検索してみると、グラフが出てきた。


 本当に下がってる。

 でも、1/2なんてまぐれでも当たるし。






 でも、その翌日も当たった。更に翌日も、その翌日も当たった。


 いや、でも、まだ……まぐれでもありえる、よね……。


 その翌日、当たる。これで1/32。


『明日は上がります。


 そろそろ信じてくれたでしょうか? もしよろしければ会ってお話しませんか? 予定などは小畑様に合わせます。返信待ってますね』

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