疑ってかかる人間ほど徐々に騙されていくもの
『FXって知ってますか?』
ある日の夜、突然そんなメールが届いた。
『初めまして。私は○○銀行の安藤実と言うものです』
○○銀行と言えば、私も利用している有名な銀行だ。
『FXとは外国の通貨を売買して利益を得る取引のことです。
例えば、現在「1ドル=100円」だとします。しかし、ご存知かもしれませんが為替レートは毎日変わります。つまり、明日には「1ドル=99円」や「1ドル=101円」に変わったりするということです。
これを利用して利益を得ようとする取引こそがFXです。
同じように「1ドル=100円」だとします。まず、100円を1ドルに両替えします。つまり、日本円にして100円だけあなたは失ったことになります。そして翌日、為替レートは変わり、「1ドル=101円」になったとします。そこであなたは昨日両替した一ドルを日本円に両替えします。すると、この時「1ドル=101円」なのであなたの手元には101円が入ります。
つまり、あなたは1円得したことになります』
なるほど。そういうシンプルな投資もあるんだ。
実は私、投資にはちょっとだけ興味がある。でも仕事で忙しく空いている時間が少なくて全く手を出せないでいた。
『FX取引はこのような実に簡単な取引で誰にでも手を付けやすいのですが、始めるには口座を作ったり毎日の世界情勢にしっかり目を通す必要があって面倒なので、仕事などでお時間が空いていらっしゃらない方にはできません。
しかし、その面倒を当社は受け付けます。あなたには私、安藤にお金を預けていただくだけで結構なのです。私の方で為替取引を請け負い、翌日に預けたお金をその日のレートでお返しします。これだけなら一日当たり十分もかかりません』
おっ、なんか楽で面白そう。やってみようかな。
『実際、FXでは様々な国の貨幣を用いて状況に合わせて売買を行うのですが、当社では円とドルのみで行わせていただきます。あなたは私に円を渡すか渡さないかだけを選べばよいのです。
もちろん、FXは投資ですから損をすることもございますが、現在円安が進んでいるので得をする確率の方が高いです。円安とは「1ドル=100円」が翌日「1ドル=101円」になる、ということです』
なるほど。やるなら今、ということかな。
『しかし、当銀行を利用してくださっている小畑様にはとある秘密を教えたいと思います』
小畑。それは私の名字だ。それを知っているということは、ただのいたずらメールじゃなくて本当に銀行からのメールなのかもしれない。
『実は、為替レートはアメリカのとある組織に操作されているのです。もちろんどの程度上がったりどの程度下がったりというところまでは完全に操作できないのですが、上がるか下がるかくらいは確実に操作されています』
そんなバカな、私は嘲笑いつつも読み続ける。
『そんなわけはない、とお思いになられたでしょう。しかし、真実なのです。そしてその組織と当社は繋がっており、その情報を特別に、当社をご利用いただいているあなたさまに提供したいと思っています。
つまり、あなたは絶対に勝てるのです』
こんなつまらない詐欺がまだあるんだなあ、と私はメールを閉じて削除しようとしたが、どうせなら最後までこんなバカな文章を読み届けてやろうと思い、読み続けた。
『とても信じられる話ではないと思います。なので、証拠に明日、1円に対するドルの価値が上がるか下がるかを当てて見せましょう。
明日は、下がります。つまり「1ドル=100円」が「1ドル=99円」になるということです』
そんなのただのヤマ勘で当てられるじゃんか。
バカにするなよ、と私はメールを閉じた。
でも、少し気になったので削除はしなかった。