第5話 イデア・タワー
異常は消さねばならない。
――全ての異常を排除・抹消し、人間を幸福にしろ。
それは“私”に与えられた、永久指令である。
私は、全ての異常を排除する。
それが、私の使命であり、存在理由である――
【イデア・タワー 234階】
僕とレスフェンさんはイデア政府総帥I=Pの官邸でもあるイデア・タワーへと入った。塔内は薄暗かった。不気味な藍色の空間。外とは打って変わって静寂の闇に包まれていた。
「I=Pってどこにいるんですか?」
「……I=Pはイデア・タワーの最上階にいる。250階に彼女はいるハズだ」
250階。まだまだ上にいるんだ…… 僕らが通ってきた市街地はサレパトリア上層の上部エリア。下層下部エリアじゃない。だから、ここはイデア・タワー1階じゃない。
レスフェンさんはやたら広い空間の奥へと進んでいく。僕は半ば駆け足で彼女を追う。ぐずぐずしてると本当に置いて行かれそうだ。
「…………」
「どうしました?」
レスフェンさんは部屋の奥の大きな扉の前で立ち止まる。しばらく近くのパネルに触れて色々操作していたが、ため息をついてしまう。
「セキュリティでエレベーターがロックされている」
「エレベーター、ですか?」
レスフェンさんは僕の言葉に答えずに歩き出す。そして、別の扉の前に立ち、同じように近くの操作パネルに触れる。今度は扉が開いた。
「この先もエレベーターですか?」
「まず、202階に下りてセキュリティシステムを解除する。お前はここにいろ」
そう言うと、彼女は扉の先へと進んでいく。こんなところに、僕1人で……? いやだっ! 僕も彼女についていく!
レスフェンさんは僕を気にも留めず、エレベーター内の操作パネルに触れ、扉を閉める。エレベーターはほとんど無音で下がっていく。
「あのっ」
「なんだ?」
「……なんでもないです……」
エレベーター内は円形の部屋になっていた。一般的な四角形をした部屋じゃない。しかも、けっこう広い。直径10メートルはある。
「…………」
「…………」
沈黙が続く。空気が重い。
「あ、あの、レスフェンさんって、何歳ですか?」
僕は無理やり話題をひねり出す。この空気、気まず過ぎる。空気が重いを通り越して、もはや痛かった。心が。
「女性に年齢を聞くのか? 失礼なヤツだな」
「えっ、あっ、ごめんなさい!」
「……21歳」
僕は変な汗をかく。心臓がドキドキしすぎて破裂しそうだった。いくら話題がないからってさすがにこの質問はマズかった。空気がますます重くなっていく。正直、逃げ出したくなってきた。そんな僕の思いが通じたのか、エレベーターの扉が開いた。
「着いたぞ」
「は、はい」
イデア・タワー205階に到着したらしい。レスフェンさんは無表情で出ていく。僕も後ろからついていく。
出た場所はさっきと似た空間だった。巨大な円形の床。周りに並ぶ扉。出入り口だけはなかった。イデア・タワーってどこの階もこんな感じなんだろうか?
やがて、僕らは1つの扉の前に立つ。レスフェンさんが操作パネルに触れ、扉を開け、中へと進んでいく。中は薄暗い緑の光。ここも不気味な部屋だ。
レスフェンさんは部屋の奥へ進み、奥のコンピューター・パネルを操作する。エレベーターのセキュリティシステムを解除したらしい。
「よし、戻るぞ」
「もう解除したんですか?」
「ああ、楽なものだ」
レスフェンさんと僕は部屋の出入り口に向かって歩いていく。だが、彼女が部屋を出ようとした時だった。
「…………!」
レスフェンさんが電撃をまとった槍で首筋を殴られる。彼女は一撃でその場に倒れる。ピクリとも動かないのを見ると、気絶したらしい。レスフェンさん……!
[排除セヨ!]
レスフェンさんを殴った犯人は機械だった。頭部に二本一対の長い角を生やした騎士のような機械。マントをまとったソイツは上級戦闘兵器エネミー=パラディン!
エネミー=パラディンは手に持った槍で気絶したレスフェンさんを刺し殺そうとする。僕は反射的にソイツに向かって飛び込む。やめろっ!
僕はエネミー=パラディンを突き飛ばす。機械の騎士は尻餅を付いて部屋の外に倒れ込む。その隙に僕は扉を閉める。
「よ、よし!」
僕はレスフェンさんの腕を引っ張って、部屋の隠れれそうなところにまで引きずっていく。そして、縦長のロッカーを開けると、彼女をそこに押し込め、僕も一緒に入る。扉を閉める。
部屋の扉が開けられ、エネミー=パラディンが入ってくる。ソイツは僕らを探し出そうと、部屋の机やイスを蹴り飛ばす。うわっ、意外と力あるんだ。
部屋で暴れるエネミー=パラディンの姿を、僕はロッカーの扉の空気口から見ていた。ど、どうしよう! どうしようっ!
「んっ……」
空気口に背を向け、狭いロッカーの中でレスフェンさんを抱きしめる。怖い! 怖い! あんな力を持つヤツに勝てない。レスフェンさんなら……!
その時、ロッカーの扉が勢いよく開かれる音がした。僕はびくっと体を反応させる。心臓が飛び出るかと思った。そして、ぎゅっと目をつむり、レスフェンさんを抱きしめる。殺されるッ!!
でも、しばらく立っても何も起きない。僕はそっと後ろを見る。ロッカーの扉は開いていなかった。よかった。開けられたのは隣のロッカー。
「っ、…………? う、うわっ、ファストっ! なに抱きついているんだっ!」
レスフェンさん!? やった! 意識を取り戻したんだ! 僕が喜んだのもつかの間だった。今度こそこのロッカーの扉が開かれる。
「ひぃっ!」
僕の背筋に冷たいモノが走る。全身の毛が逆立った……ような気がした。でも、レスフェンさんは冷静だった。素早くリボルバーを引き抜き、発砲した。僕の後ろで何かが砕け、重たく、固いものが倒れる音がした。
「……た、倒れました、かっ?」
「離れろ」
「エネミー=アルファは……」
「パラディンだ。あと、私に抱きつくのをやめてくれないか?」
「アイツ、意外と、力強くて……」
「私から離れろっ!」
「えっ? あっ、ご、ごめんなさいっ!」
レスフェンさんの怒声に僕は慌てて手を離した。この時のレスフェンさん、ちょっと冷静じゃなかったような気がする。
[排除セヨ!]
「う、うわっ、まだいますっ!」
「ど、どけ、邪魔だっ!」
レスフェンさんはリボルバー片手に勢いよく飛び出していく。彼女は部屋に入ってきた新手のパラディンを相手に発砲する。
僕は見逃さなかった。ロッカーから飛び出すレスフェンさんの顔が少しだけ赤かったことに。