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イデア=プログラム  作者: 葉都菜・創作クラブ
第1章 楽園の終焉 ――市街地――
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第1話 終焉の始まり

 僕はベンチに座り込み、ぼんやりと夜の空を眺めていた。冷たい風が僕の体に吹き付ける。今日も疲れたなぁ。正直、歴史学とか政治学の授業は好きじゃない。過去のこと振り返ってどうするんだろう、というのが僕の率直な思いだった。


 人類統治機関“イデア政府”が成立して600年。世界はずっと平和だった。それ以前は戦争と憎悪の歴史を繰り返していたらしい。原因はハッキリしてる。人類がバラバラだったから。誰も統治する存在がいなかったから、らしい。


「異常なーしっ」


 僕の目の前を綺麗なお姉さんが通り過ぎていく。服装からしてイデア政府軍人だろう。腰にアサルトライフルと呼ばれる大きめの銃を装備していた。

 異常という名のトラブルは絶えずに起き続ける。それは、歴史を見てもハッキリしている。喧嘩は小さなトラブル。戦争は大きなトラブル。戦争がひとたび起こると、大きな悲劇を引き起こす。

 それを起こさない為、昔の人間は女神を創造した。個人レベルから国家レベルの全てのトラブルを解決する人工知能。科学の集大成……


 僕はベンチから立ち上がってそっとフェンスに近寄る。何千メートルもある巨大な建物群が視界に入る。建物と建物の間の広い空間をエアカーやエアバス、スピーダーが飛び交う。また、空中に橋のような広い歩行用の通路が無数に整備されていた。

 聖都サレパトリア。Iシリーズ人工知能が置かれるイデア政府首都。600年もの幸せな年月は巨大な首都を形成した。

 今、僕がいるのはサレパトリア上層部。フェンスから下を除くと、底が見えない。飛び交うエアカーや入り組んだ歩行道路ばかりが見える。地面からこの上層まで8000メートル以上もあるらしい。そりゃ見えるハズもない。


 僕は薄いガラスのパネルで出来た長方形の小型携帯端末を操作する。ネットワークにアクセスし、明日の授業日程を確認する。

 明日も大変だなぁ。もうすぐ定期試験があるからそろそろ勉強しないとマズそうだな。一応、成績は平均並み。下回ったら親に怒られちゃう。

 僕はそう思いながら、歩き出す。その時、雨が降ってきた。ああ、シールド張らないと。僕はそう思いながら、さっきの携帯端末に触れようとした。――その時だった。


[緊急警告を発令! サレパトリア全エリアにて、“異常”を検出しまシタ。直ちに排除シマス]


 ――えっ?

 無機質な機械の声が伝える突然の警告宣言。辺り一帯の薄いガラスに表示されていたお店の広告が全て消え、赤色の文字やマークが出てくる。それらは全てイデア政府の発した緊急事態を伝えるものだった。


「え、な、なに?」

「なんだ?」


 周りの大人も困惑する。そりゃそうだろう。こんな現象は一度も出くわしたことがない。一体、なにが起きたのだろう……?

 その時、銃撃音と共に悲鳴が上がる。それと共に大勢の人々が我先に逃げ出す。僕はワケも分からず、そっちの方に目をやる。


[排除セヨ!]


 そこにあったのは想像を絶する光景だった。水色の人間型機械が人を襲っていた。あれは誰でも知ってる機械だ。イデア政府軍の所有する軍用兵器エネミー=アルファ。人々を守るハズの軍用兵器だ!

 僕も慌てて逃げ出す。アイツら、アサルトライフルを持っている。さっきの銃撃音、アレは誰かを撃った音だったんだ……!


「う、うわぁっ!」

「こっちにもいるぞ!」

「や、やだ、撃たないで!」


 騒ぎは至る所で起きているみたいだ。サレパトリア全域に配備されている“エネミーズ”が反乱を起こしたのか? 女神“I=P”は何をしているんだ……!?

 僕は震えながら走り続ける。エネミーズ、本気で僕たちを殺す気だ……! あんな光景、あり得ない! 人が撃たれて死んじゃうなんて、創作の世界じゃないか!


「いやぁっ!」

[排除セヨ!]

「殺さないで! 許して!」

[排除セヨ!]


 エネミー=アルファや両手をマシンガンとするエネミー=ベータは逃げ遅れた市民を何のためらいもなく殺していく。どうなってるんだ……?

 僕はさっきの端末でI=Pにアクセスしようとする。この端末があれば、どこからでも女神にアクセス出来た。喧嘩や辛い事があっても、すぐに女神に相談できた。

 だが、端末は……使えなかった。画面には赤い文字やマークが表示されているだけ。それだけで、何の反応もしない。


[サレパトリア全域に“異常”を感知。主なる神、I=Pは非常事態宣言を発令しまシタ]


 そんなことは分かっている! 誰がどう見てもこれは異常事態だ! みんなが機械の兵士に殺されていく!

 僕はいつの間にかどしゃ降りになった雨に打たれながら、赤と黄色の光で埋め尽くされた首都サレパトリアの空中道路を走り続ける。

 正直、怖かった。今までこんなこと、なかった! 習った事もない。周りでたくさんの人々が殺されていく。怖いよっ……!

 どんな不安なことがあっても、I=Pに相談すれば、落ち着けた。女神が僕の心を落ち着かせてくれた。なのに……!


「あぐっ!」

「ぐぇっ!」


 僕の目の前を走っていたお姉さんが頭から血を噴いて倒れる。僕は彼女の死体を突き飛ばしてしまう。だって……!

 これは悪夢なのか? だったら、すぐに覚めてっ! 助けてI=P! 怖い! 死にたくない! 死にたくないっ!


 僕は走りながら、昨日までの日常を思い出していた。なにがあっても、I=Pが側にいてくれた。画面に映るI=P。美しい女性の姿をした神。

 黄色い髪の毛にエメラルドグリーンの瞳をした彼女は、全てを優しく包み込み、解決してくれた。政治は全部やってくれるし、裁判もしてくれる。兄弟喧嘩や親子喧嘩も解決してくれた。

 しかも、I=Pは人工知能。人間じゃないから、一分に何千件ものトラブルを素早く解決できた。端末さえあれば、いつでもどこでも自由に彼女を利用できた。なのに今は……


 黒いコンクリートに転がった誰かの端末機。それは僕のと同じように赤い警告メッセージを表示しているだけだった。彼女のあの優しそうな笑顔は、どこにもなかった。

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