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2-1

 二度の跳躍後、落ち着いた中央指揮室(ブリッジ)を航海長に任せ、私とセシルは件の救命ポッドが収まる格納庫へと向かった。ちょうど、ジャックが開錠に成功したころあいだった。

 途中、船外映像を投影する壁面の画面が目に入った。深遠な闇に浮かぶ小さな脈動たち。

 大宇宙、といえども有限の広さしか持たない。さらに銀河はその一部である。必然宇宙なんかに比べればほんの一部にしか過ぎない。

 それでも人間の想像と知覚を追い付かせるにはまだまだ広い。惑星大気内でも余りある。私たちの感覚が追い付くのは宇宙船内でやっとだろう。

 あるいは、この猫の額ほどの格納庫ほどにも外宇宙同等の神秘が眠っているかもしれない。何せ目の前に鎮座する救命ポッドに人が入っていたことは、驚愕に値するのだから。

「まず、助けていただいたことお礼申し上げる」

 煤けた衣装に反し屹然とした佇まいは少年に高貴な生まれを予感させる。セシルは臆することなく返した。

「いえ、我が船は当然のことをしたまでです」

 少年は、操船指揮帽を頭に乗せて正対するセシルとあまり変わらない背丈だった。これでもセシルはネオヨーク大学の経営学部を次席で卒業しているが、少年は背丈相応のあどけなさを面影に刻んでいた。

「私は運送企業ユーレカの代表、セシル・スール―です。こちらは副長のジュリア。失礼ですがあなたは?」

 逡巡するような間があった。

「ぼくはエドワード・モーリーです。どうぞエドとお呼びください」

「それじゃあ遠慮なく」セシルはそこで初めて笑みをこぼす。「エド、まずどうしてあなたが救命ポッドで跳躍してきたのか、どうして跳躍でいたのか、救難信号はなんなのか、そこら辺を詳しく聞かせてくれないかしら」

「船長」

「なに、ジュリア」セシルは隣の私を見上げる。

「立ち話もなんですし、エドワード少年も疲れていることと思います」

「そうね、私としたことが失念してたわ」

 セシルはたまにこういうことがある。だからだろう、格納庫唯一の出入り口の影に乗組員の姿がチラホラと見える。

「船長室にお通しします」

「ありがとうございます」

 二人が出入り口に向かうと乗組員たちは三々五々に散った。

 通路に出ると、床に引き付けられる力を感じた。いまは被救助者がいるということで、人工重力が床にかかっているのだ。一時間当たり五クレジット也。

「ああ、もったいない」とセシルが小さな独白を洩らす。

「なんでしょうか?」

 少年が怪訝な顔を返せば「いえ、なんでもございませんよ」と笑顔を繕う。とてもじゃないが、私にはできない芸当だ。

 船長室の前に着く。閉じた扉の前でセシルがまた小さく、あ、と漏らした。

「どうなさいました」

「いや、あー、と。大変申し訳ないんだけど、エド」セシルは隣の少年を見る「いまこの部屋の中では社外秘の書類等々をね、整理中でとても人をお招きできるような状態でなかったのをいま思い出しましたわ」

 そうなのですか、と受け取るエドワードに私は頭痛を感じた。

 先ほどのいまじゃ、きっと中は脱ぎ散らかしたパジャマやぬいぐるみとかが雑然としていることだろう。

「それでは、こちらへ」

 替わって私は通路を二ブロック進んだ先の副長室にエドワード少年を案内する。

「失礼します」

 エドワード少年に続いて部屋に入ったセシルはぽつりとこぼす。

「ジュリアの部屋って、いつ来ても殺風景よね」

 いつもセシルが私の部屋にくるという言葉だった。

 いつだか、女の子なんだからもっとファンシーなものとかないとダメよ、とたしなめられたことがあった。歓待用ソファと執務机と本箱がいつくかの部屋は機能的でいいと思うのだが。

「どうぞ」と私はソファを勧める。中腰の姿勢のまま私は隣に腰を落ち着けるセシルを見た。

「さて、どこからお話をお伺いしましょうか」

 セシルの言葉の横に聞き、私は腰を下ろす。お茶がないことに気が付いたが、長らくこの部屋で茶を淹れた記憶もなかった。

 はい、とうなずくエドワード少年はなんだかとても静かだった。

「まずは援けていただいたことを重ねてお礼申し上げます」

「航宙法に則ったまでの事です。それよりもエド、一体どうしてあなたは救命ポッドでこんなところにいたの?」

 救命ポッドが救難信号を発信していたのは、発信モジュールがポッドに積み込まれていたからだった。

 もちろん、携帯用の救難信号発信機などは存在せず、必然的に救命ポッドがあった船舶の発信モジュールをとってきたということだ。と、救難ポッドを見たジャックが教えてくれた。

「逃げてきたのです」

「逃げてきた?」セシルは眉をひそめる。

「はい。ぼくたちの船が海賊に襲われ、命かながら救命ポッドで逃げてきたのです」

「失礼」私は片手を上げる。「救命ポッドでは本来跳躍はできません。シールド不足で超空間内で存在確率が霧散してしまうからです。どうしてあなたはそれができたのですか」

「ああ、ええと」

 エドワード少年は胸元から拳大のペンダントを取り出した。

「これです」

 これは、とセシルが訊く。

「はい、偏向機関です」

 私は目を剥いた。掌大の偏向機関の実物を見たのは初めてだった。掌の上で彫刻された金色の鷲が光った。

「話の腰を折ってしまった申し訳ない。セシル、続けてください」

 そうね、と偏向機関に目が釘付けになっていたセシルが面を上げる。エドワード少年はまた胸元にそれを丁寧に仕舞い込んで、言った。

「ジュリアさん、どうぞエドとお呼びください」

 まっすぐな瞳が私を捉えていた。着ているものこそ煤けているが、その瞳には決然とした意志の光が燦然と輝いているように見えて、なんだか私に違和感を持たせた。

「わかりました。けれど、エドワードと呼ばせてください」

「それなら、まあ」

「で、エド。海賊に襲われて、逃げてきたのはあなただけなの?」

「わかりません。真っ先にポッドに押し込められたので、そのあとセオドア号がどうなったかをぼくは知る由もないのです。ただ、救命ポッドが射出されると幾条ものビームが近くをかすめていたので、相当ひどいことになっていたのだと思います」

 少しおかしい。海賊はいくら無法者だといってもお馬鹿で無能な連中の集団ではない。むしろその逆で、海賊というのはひどく狡猾な存在だ。

「接舷して、ビーム兵器を乱射していたということですか?」

 わかりません、とエドワードは答えた。

 直近で四方八方にビームを乱射する海賊はいない。ではきっと海賊は救命ポッドを狙ったのだろうが、どうしてであろうか。

 そういえば、救難活動中に三隻の海賊船に遭遇した。いまさらながらに思い出したのだが、普通海賊は単船で行動するのが常だ。僚船がいないわけではないだろうが、その分略奪品の取り分が相対的に減ったり逃走や戦闘にリスクを負うことになる。単船であるのが海賊的には一番効率がいいのだ。

「とりあえず、同僚の方が心配でしょうけど、どうぞ休んでいってね」

 私の思考はセシルの言葉に中断された。

 セシルが立ち上がってエドワードを連れて私の部屋を出ていく。

 久方に感じる自分の重みに考え事を再開しようとした時、セシルが「そういえばうちの船って客室がなかったわ。ジュリア、ここを使わせてもらってもいいかしら」

「どうぞ」

 私はエドワードとすれ違いに自室を後にする。

 中央指揮室は無重力だろう。あそこなら寝るのにも最適だろう。

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