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船籍不明船が三隻、通常空間に復帰すると警告もなくいきなりビームが飛来した。
「なによ、もう!」
中央指揮室に戻るとセシルの悲鳴が出迎えてくれた。
「情報妨害、対情報妨害開始!」
「民間船です、さすがにジャマーは持ち合わせてません」
「ジュリア!」うるんだ瞳がこちらを振り向く。
そのまま丁重に船長席を替わる。セシルは背もたれに掴みかかったままその場にとどまった。
「サンダバ、転送魚雷に注意」
「イエス、マム」
「ブリッジよりジャック、進捗は?」
(いまケーブルを下ろしました。あと五分ください)
「不明船の船籍発信は?」
「反応ありません」とチャールズ。
「不明船の位置は?」
マイクはいつになく緊張を帯びた声で返す。
「方位270+60、距離三光秒、誤差±0.5。光速の1パーセントで接近」
「太陽方向か……」
太陽からは常に太陽風(荷電粒子やエネルギー波)が吹いている。太陽方向に対しての観測は、どうしてもその精度が一桁程度落ちてしまう。
観測誤差や不明船の加速性能にもよるが、普通に考えれば会敵予想時間はものの数分程度だろう。
「ジャック、急いでくれ」
(善処します)
防護力場を発生させているとはいえ、相手は海賊である。もし軍隊崩れの海賊であったとしたら、機関出力もさることながら民間船の防護力場など紙屑も同然であろう。
またビームが飛んできた。本船から百数キロ離れているところを光の奔流が通り過ぎて行った。さっきより近い。明らかに不明船は射撃精度が上がってきている。
「跳躍準備」
「目標点はどちらですか?」チャールズの腰が落ち着いた声がした。
「さて」私はブリッジを見渡す。「どこがいいと思う?」
サンダバが低い笑い声を洩らしながら「墓場宙域」と答えた。
墓場宙域は、ここから短距離跳躍で行ける位置に一つだけあった。
「正気を疑うな」チャールズが返す。「あそこはブラックホールやら時空震、この世の災厄の巣窟だぞ」
「だからさ」
サンダバは口角を吊り上げ、血走った目で航宙士を見返して言った。
「私も賛成だな」
「ジュリア!?」とセシル。
「あそこなら跳躍してもすぐに反応が撹拌する。ここから墓場宙域に跳躍後、連続して跳躍すれば海賊は撒けるだろう」
「そちらの目標は?」嘆息交じりにチャールズはコンソールを操作しながら尋ねた。
「確か近くに可住星系がなかったか?」
「あります。半世紀前発行の銀連星系白書には確かにいくつか記載があります」
「ランダムに一つを目標地点に」
「イエス、マム」
ビーム光。さらに近い。数学的衝撃波が減衰することなく到達し船体を揺する。竜骨の軋みがエスペランサ号の悲鳴に聞こえる。
「ジャック!」セシルが背後で声を上げる。
(積み込み完了)
「跳躍!」
私は半ば席を乗り出していた。電磁力アンカーが解除される。一条のビームがエスペランサ号の目と鼻の先を擦過したかと思うと、凄まじい衝撃が船体を揺する。警報の奔流にブリッジは飲み込まれた。
「損害報告!」
「ダメージ軽微!」マイクの叫び。
「跳躍開始」チャールズの声音。
防護力場を厚くしておかなければ、いまごろは宇宙の藻屑となっていただろうことを思うと、背筋に冷たいものが走る。
さらにビームが飛翔する。衝撃波に翻弄されつつ安定機構が最大に作動し、跳躍コンデンサにエネルギーがチャージさせる高周波が耳をつく。
次の瞬間、慣性制御でも殺しきれなかった加速が身を喰らい、気が飛びそうになる刹那、エスペランサ号は超空間に突入した。
強くひじ掛けを握りしめていたこぶしを解くと、私は大きく息を吐いて椅子にもたれる。
これで当面の危機が去ってくれてことを願うしかない。
「全員、無事か?」
私の問いかけに、セシルとピートを除く全員が答えた。
隣ではセシルの気絶した横顔が、つかんだ背もたれを基点に漂っていた。
「チャールズ」航宙士は心得たといわんばかりに、セシルを連れてブリッジを後にする。
静寂なブリッジで、私は再び、超空間の気持ち悪さに襲われる。吐き気と戦っている時だけは、救命ポッドとそれがもたらすであろう混沌を考えずに済んだ。
今思えば、この時が私の平穏の最後だったのかもしれない。




