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通常空間に復帰すると、まずセンサー系を用いて周辺状況を確かめなくてはいけない。
もちろん現出直後は自身の復帰で発生したエネルギーの本流で使い物になるセンサーは少ない。跳躍前に軌道計算や、各星系の交通省と広域管制局が発表しているデータに照らし合わせて、復帰直後にほかの船舶と衝突することがないように細心の注意が払われるが、宇宙空間ではどのようなアクシデントに見舞われるか、あらかじめわかるようなことはほとんどないのだ。
「周辺に船舶の反応なし。トランスポンダーも対物センサーも船のふの字も見つけてないね、こりゃ」
「救難信号は?」私はマイクに訊く。
「相変わらず受信中」
「その座標に反応は?」
「ないね。ん、ちょっと待って」マイクはそこでコンソールを忙しなく操作し始めた。「訂正するよ、生きた船の反応なない」
生きた船、つまり機関が運転している状態の船のことだ。
「間に合わなかった、てことですか……」
ピートは身を縮めて潤んだ声を上げたので、私は言った。
「生命維持系は機関の出力が無くても予備蓄積である程度は賄える」
そういえば、と私はピートが来てからエスペランサ号で救難活動をするのはこれが初めてだったことを思い出した。ピートとジャンがホッと胸をなでおろす後ろ姿が目に入る。
私もあまり惨状は目にしたくなかった。
立体星図が付近の仔細なものとなり、発信元は小惑星のひとつに不時着しているようだった。
「マーカ座標固定、相対速度合わせ」
力学制御系が稼働する微細な振動を感じた。慣性制御と重力制御が船殻の維持と運動ベクトルの変更に働いてのことだった。
ほどなくして件の小惑星についた。測距儀によると長径千メートル短径三百メートルの大きさをした芋のような形をした小惑星だった。可視光センサーで映し出した船外の映像では、小惑星表面の明暗が濃くて救難船を発見することができなかった。
「ちょっとまってくださいねー」
マイクがコンソールを操作すると、その他のセンサー系による観測結果が複合的にCG処理された映像が、メインディスプレイに映し出された。
処理された人工映像には、小惑星表面に小さな球形を見つけることができた。小さな球形は救難信号のパルスに合わせて全波長ビーコンを明滅させていた。それは川底の石に孵卵された命のように見えた。
「救命ポッド、ですか……」
ピートの言葉に私は一抹の不安を覚えた。何かがおかしい。
「生命反応は?」
「ないねぇ。あと、この救命ポッド、表面に少し焦げた跡が見えるよ。えーと、ん?」
「どうした、マイク」
「いや、これは対障物フェーザーを収束させたビームの擦過痕だ」
「擦過痕?」
「そう。それに微量ながら超空間で跳躍して来た痕跡も見受けられる」
セシルが驚いた声を上げる。「救命ポッドで跳躍したの?」
ジャックがセシルに説明する。
「理論的に不可能じゃない。一番簡単なのは超空間跳躍する船体にポッドをくくり付けることだ。GSO(銀河共用規格)では超空間航行中の船体から救命ポッドは射出できないようになっているから、これが一番手っ取り早い。ただ、十分なシールドが不可能であるためにポッドの中の人間は存在確率が発散して原型すらも留めていないだろう」
セシルが微かに柳眉を逆立てた。ピートに至っては手で口元を抑えている。
「それに、救難信号は普通宇宙船舶に装備されるものだ。救命ポッドというのは、大体が近くの可住惑星に避難降下する際に用いられるという運用上、救難信号を発信する機構を持ち合わせてはいない」
「船舶工学の講釈ありがとう、ジャック」
ジャックは物寂しそうな目を私に向けると、あきらめて機関系のコンソールに面を伏せる。
「つまり」ジャンが周囲に尋ねる。「どういうことなの?」
「わからない」ジャンはこちらを向く「脅威値もそれほど高くない。実際に降りてみる他にないだろうな。私とピートとジャックで調査チームを組む。残りのものは船に戻って周囲と状況の警戒を行なってくれ」
「ぼぼぼくですか!?」
ピンと立ち上がって直立不動の体制でピートは言った。
「私もいくわ、ジュリア」
セシルは力強く言った。
「船長」諭すように言う。「万が一の事態が起きた場合、操船指示を出せるのは、私のほかにライセンスを持つあなたしかいません」
私は操船指揮帽をそっとセシルの頭に載せる。
「よろしくお願いします」
セシルは操船指揮帽を目深にかぶる。「預かっとくわ」
こういう言い方を彼女にするのは私も卑怯だと思った。
「ピート、ジャック、行くぞ」
私は席を立つをブリッジを後にした。




