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1-2

 超空間はあまり居心地のいいところではない。私は超空間に入るといつも、何がここまで居心地の悪さを私に与えてるのかと思う。

「大丈夫?」

 いつの間にか背もたれから出てきたセシルが傍らで声をかける。

「いつも超空間に入ると、気分悪そうにしてるけど」

「大丈夫です。いつもこれといって何もじゃないですか」

「それじゃ答えになってないわよ」

「生憎と、私にはこれ以外の返答が思いつきません」

 セシルの瞳と目が合うと、彼女は「そうね」といってブリッジのドアに向かう。

「憎まれ口が叩けるんだから、大丈夫なんでしょう。まったく、人が心配してるのに――」圧搾空気の音が最後をかき消した。

「本当に大丈夫なんですか」チャールズが流し目で訊いてくる。

「なんだチャールズ、お前もか」

「ええ。超空間に入ると副長はいつもご気分が優れないような様子なので、艦橋要員の一人としては心配せずにはいられません。万が一にも副長になにかあったら、この船は空中分解してしまいますよ」

「大仰な言い方だな」私は肘掛に頬杖を付く。

「みんな君を心配しているのさ」とはマイク。

 息苦しさを感じる。私は肘掛に視線を落とし船の環境系が正常であることを確かめた。

 ジュリアさんって、とピートがおずおずと繰り出す。「あの事故の唯一の生存者、なんですよね……?」

「関係ない」私はいたって柔和な表情を浮かべる努力をしてピートに返す。「昔のことさ」

 この中では新参者になるジャンが事情を尋ねるように隣のマイクに聞く。

「あの事故って?」

「さてね。ぼくはレディの過去を無遠慮無節操に喧伝したりはしないのさ」

「立派な心情だな。でもな、そろそろ着替えてきたらどうだ」

 私はこの話題を打ち切ろうとマイクたちに提案する。

「そうだね」「そうですね」「うむ」と三者三様の答えを返して彼らはブリッジを後にする。

 すれ違いに着替えてきたセシルがブリッジに戻ってきた。

「あとどれくらいでつきそう?」

 背もたれを捕まってセシルは訊いた。

「あと五分程度です」

 頬杖をやめ、制服に着替えたセシルに視線を流す。

 零細運送会社とはいえ一端の制服は持っており、ライトグレーを基調としたパンツルックスで、全体として流星のような群青の縦線がアクセントとして入っている。フォーマルさのなかにカジュアルさを同居させた印象を観る者に与えた。

 もちろん船長兼社長であるセシルのデザインによるものだ。セシルは経済学を大学で専攻する傍ら、家に内緒で服飾系の専門学校にも通ったという。

「お似合いですね」

 私は決まってセシルの制服姿を見るといつだってこう言わざるを得ない。これは偽らざる本心だからだ。

「ありがとう」

 しかし、今回はセシルの横顔にその言葉の裏にあるものを思い出した。彼女はデザイナーとしての仕事をしたかったと言った。自然と右手首に目が行く。袖口で隠されたそこには、醜い古傷があるはずだった。

 マイケルたちが着替えてブリッジに帰ってきた。私は視線をCG合成された宇宙に戻し、気持ち悪さに耐える。

 超空間を出るまで、ブリッジは静寂に包まれていた。


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