そろそろ終わりが見えてきた
翌朝目が覚めると、いつもの起床時間を余裕で一時間もオーバーしていた。タイマーをセットし忘れていたみたいだ。
「…今日、何曜日だ?」
時計を見ると、日曜日。ありがたい事に学校も部活も無い。遅刻だと焦る必要性も無い。
「…はよーっす」
朝飯を食べに食堂へ行くと、全員既に集合していた。…俺なんかまだ寝起き頭だぞ。
「おはようございます。昨日はお疲れ様です。体調、大丈夫ですか?」
「大丈夫ー。そっちこそお疲れさん」
本日の朝飯当番は楢麓らしい。台所の奥で店長にあれこれ言われながらもチャッチャと作っている。一方の俺は、爺むさい湯呑でほうじ茶をチビチビと飲んでいた。
「おい、涼、もう頭起きただろ!朝飯の用意ぐらいしろ!」
「店長こそ、摘み食い禁止です!」
現場を見つけられた店長がコンロの前から追い出されてきた。その手にはちゃっかりとフレンチトーストが摘ままれていて、俺は思わず小さく吹き出してしまった。
「あ、今笑っただろ!」
たっぷりのメープルシロップをかけた、少し大きめサイズのフレンチトーストがとりあえず3~4個、各自の皿に取り分けられた。
「お代わり、まだあるんで置いておきますよー」
お代わりの入った大皿がテーブルの中央に置かれて、全員が席に着いた。
『いただきます』
その日の昼過ぎ。
「店長、ちょっといいですか?薬の事でお客様が質問に来られていますので」
図ったかの様なタイミングで入ってきた棕沙に呼ばれて、店長は店の方へと出ていった。俺はそれを見て、2階へと上がっていった。…早めに片を付けるかぁ。
大人二人が用事を下で用事をしているし、楢麓も勉強をしているのを確認して、俺は一人、こっそりと店を抜け出して神社へと行った。
『はい、笹田でございます』
「あ、俺、笹田君の同級生の龍川といいます。…彼、今いますか」
『はい、少々お待ち下さい』
境内の中にある純和風の家のインターホンに出たのは母親だろうか、声が綺麗に通った人だった。
「…龍川君?」
「よぅ、笹田」
目深にかぶっていた帽子のつばをちょいと上げてやると、相手も俺だと認識できたらしい。
「どうしたの?外、暑いでしょ。中入る?」
「そうだな…。ン、上がらせてもらう。お前に聞きてぇ話あるしな」
笹田の家は、見かけに反して中は今風。案内された2階の窓には、風鈴が付けてあった。
「で、話って何?僕でいいなら相談に乗るけど」
「話ってのは、お前にしか話せねぇ内容だよ。…ここの神社の由来、言えるか?」
言われた笹田は、訳が分からないという風に首を傾げていた。
「…この間からの怪異の糸口になっているんだよ」
「なるほど」
ポンッ、と手を打って納得した様子の笹田。…リアクションが古典的だよ。
「そりゃ僕でないと無理な話だね。その話だったらここよりも蔵に行った方がいい資料もあるし、そっちに行こ」
「助かるよ」
「こっちこそ。僕じゃ今起きている怪異に対処出来ないから。…僕ん家もこんな仕事をするぐらいだからある程度の力はあるらしいんだけど、今じゃ殆ど使える程の力と知識を持っている人はいないらしいんだ。僕はこれでも一族の中じゃ強い方らしいんだよ。でも使い方とか何も伝わってないに等しいから、正直言ってどんどん低下してきているんだけどね」
「…なぁ、お前ってそんなに喋る奴だったっけ」
「学校では、ね。皆に合わせようと思うとどうしてもさ。…ほら、僕一応見えるしさ」
「やっぱ苦労しているんだな」
「うん。すぐにあてられるからよく学校も休んじゃうし、親が何を考えているのか正直にそう言っちゃうし。それに、ここってこの辺でも結構な地位があるから、皆触らぬ神に祟り無しっていうのか、結構慣れない人は僕の事避けるからねー」
そう笑いながら言うが、本当は結構苦労しているのが分かる。うーん、立場が違うとこうなるのかぁ。
「龍川君も苦労してきたの?」
「とても、な。俺の場合、正直に言い過ぎたりして喧嘩ばっかしていたし、嘘つくのも苦手だったから、見えたもんを言って、しょっちゅうトラブルになっていたな。特に施設に入れられていた頃は短気だったし、…何よりも信じてもらいたがっていたな」
妙に静かなので隣を歩いている笹田を見ると、口が半開きのまま表情が固まっていた。
「…大丈夫か?」
声も無く首が縦に振られた。俺は小さく溜息をついて、頭の後ろで指を組んだ。
「別に憐れんで欲しいとか思ってないし、嫌な事を思い出した訳でもない。そりゃいい思いでは無いけれど、紛れも無く俺の過去だ。…俺はあの事実から逃げちゃいけねぇんだよ」
「…そ、そんな事よりも本題!龍川君はここの縁起のどういう事が知りたいの?」
いくら大丈夫だといっても、やっぱり避けてもらいたいし、相手もこういう話は避けたがる。当然っちゃ当然だけど、時々無神経な奴もいる。
…俺は、本当は親に捨てられたんだ。ある日突然車に乗せられて、勝手の分からない所まで連れて行かれてそこに放置された。元々俺の本当の親は、俺の事を心底嫌がっていて、マトモに世話されてこなかったから、放置されるのには慣れていた。で、今思っても恐ろしいぐらい理解力のある子供だった俺は、近くの物を頼りに民家のある所まで自力で歩いて、そこで保護された。別に一人きりだったがなぜか怖くはなかった。ぼんやりとだが、隣にいつも誰かがいたからだ。今となっちゃマトモに本当の親なんか覚えちゃいない。本当は何て名前だったのかすら分かんねぇ。どのみち名前で呼ばれた事もないしな。保護されて行った先の施設で生活していた頃は、あれが見える、こんなんがいるっつっては嘘つき呼ばわりされて、そのたびに腹立てて喧嘩ばっかしていた。学校では成績を盾に何とか切り抜けた。今の両親となっている夫婦に出会った頃には俺は分別のある奴だったから、言っていい事とマズい事は区別していたからトラブルも少なかった。それに、隣にいる気配もちっともしなくなっていた。ここへやって来てからは、今までとは正反対に楽しい生活だった。友人も多くなったし、何よりもここでは多少モノの話をしても気にされなかった。それが何よりもありがたかった…。
「…デカ」
「僕も普段は入らないんだけどねー」
家の裏庭にあたる所に一つ、デンと鎮座ましている白壁の蔵。とても頑丈そうだ。
「資料取ってくるから待っていて」
「おう、サンキュ」
笹田が蔵の中へ姿を消してから、周囲に人がいないのを確認して、式を一枚取り出した。力を込めてやると、そいつは雀サイズの小鳥の姿になった。勿論色付きなのでカモフラージュも完璧だ。
「…山姫、つまりここの祭神である姫神の依代がどっかにある筈だ。探してこい」
そう命令すると、式はどこへともなく飛んで行った。
それから更に待つ事約10分。蔵から埃まみれになった笹田が出てきた。
「あったよ、ここの縁起絵巻。祭神の由来も全部バッチリ」
「ありがとよ」
そのまま二人で縁側に座って、巻物を広げた。
「えーと、この割川神社は、元々はここにいた姫巫女のお勤めの場所だったんだって。祭神は勿論その姫巫女。彼女は山上からここにあった村を守る為に頑張っていたって。えーと、あ、この人だ」
笹田の指差した所には、首から勾玉を一つかけている、これが描かれた当時としては珍しいであろう、目鼻立ちのはっきりした美しい巫女さんが描かれていた。彼女の視線の先には、山の上に胡坐をかいて座る厳つい男神、つまり山神が。
「彼女の死後、抑えられていた山神の力がまた盛り返してきたんだけど、彼女の使っていた勾玉を祀ったところ、それが静まったんだって。それで当時この辺にあった村の村人達がここに神社を造ったって。大体縁起はそんなところ」
「…それっていつ頃だ?」
「姫巫女はいつからいたのかは不明だけど、江戸時代にこの巻物は描かれたって伝わっているよ。ここの創立もそれぐらい。どうかした?」
「いや…」
ちょっと待てよ。だとしたら姫神、人としてどれだけ生きているんだ?そんなの、戦国から江戸までって言っても、江戸も長いし…。絵にあるぐらい美人な時って30代前半ぐらいが限界だ。そんなの…年取らないなんて、人じゃないぞ。まさか彼女、モノだった、とか?でもおばば様、二人とも元は人だったって言っていたよな…。
「山神の方、何か分かるか?」
「ごめん、そっちは少しも…」
「そっか、ならいいや。…あのさ、神具ってどこに祀ってあるか、分かるか?」
「それは…。それだけは教えられないよ、やっぱ」
「だよな…。…姫巫女がどういう人だったのとか、能力とかの資料って残っているか?」
「少し。彼女ね、やっぱり力があるからか年取っても美人なままであんま見た目も変わらなかったって。で、力はねー、結界とかの方が得意だったって。あとは先見とか。でも殆ど人前に姿を見せなかったから謎なままで、ある日急にポックリ逝っちゃったって」
「…うーん…。原因、何かあったのかなぁ」
「さあー…」
こうなったら、もうこれ以上は引き出せないだろうな。仕方ない、ここらが潮時か。
「んじゃもういいや。悪かったな、急に頼んで」
「別に大丈夫だよ。…頑張ってね」
「おぅ」
さぁ、そろそろ式も探し物を見つけてくれた頃かな。
笹田の家を出てから、然程離れていない林の中で俺は式を呼び出した。
「見つけ出したか」
式でもこうやって探索に行かせる奴には、少しは意思表示が出来る様にしている。そうでもしなきゃ分からんからな。
返ってきた答えは肯定だった。
「じゃあ案内しろ」
そう俺が言うと、少し先を飛んで案内を始めた。
「この奥…か」
式に案内されたのは、神社の敷地でも最奥部にあたる所にある岩穴。式はその入口より中には入れないらしく、その場をグルグルと飛んでいた。俺は式をまた紙に戻して洞窟の中に入っていった。中には小さな祠が一つだけ、入ってすぐの所にあった。だが、どうもそこではなさそうだ。その祠から目を離し、洞窟の先を見つめると、暗闇の中に小さく光っている物があった。どうも目当ての物らしい。
近付いて手に取って見てみると、勾玉―神具は、紫の翡翠製。紫のが採れるのは大陸だった筈だから、舶来品だろう。上部の穴には、丁度首からかけておくのに十分な長さの組み紐が通してあった。素早く首からかけて、洞窟から飛び出した俺は、近くの藪へと入っていった。